第8節:無双
「限界機動……?」
『に、見えたけど……コア反応がまるで変わってないわ』
ミツキの独り言に、ケイカが戸惑ったように答える。
「おいおい、ちょっと速く動いただけじゃねぇか。この程度の事でいちいち装殻の力に頼らなきゃなんねーから、お前らカスなんだよ」
「なっ……」
『何ですってぇ!?」
どうでも良さそうに首を回すゴウキに、ケイカが噛みつく。
「何の手品か知らないが、ふざけた真似を……!」
跳ね起きたエータ・マザーがそのまま放った拳を、ゴウキは見もしないまま受けた。
「限界機動!」
エータ・マザーが宣言し、ミツキらの視界から掻き消える。
しかし、ゴウキはつまらなそうに両手だけを目にも止まらない早さで動かした。
幾重にも重なる打撃音の後に、ズザッ! と砂埃を上げながらエータ・マザーが着地して驚きの声を上げる。
「っ馬鹿な……」
「終わりか?」
ゴウキが再び嘲るような笑みを浮かべる。
「見せてやるよ。本当に速ぇってのは……こういう事を言うんだよ」
ゴウキは、静かに呟いた。
「―――時空改変」
瞬きする合間―――いや、それよりも速く。
まるで、映像のコマが飛んだように。
気付いた時には、ゴウキがエータ・マザーの背を踏みつけていた。
「見えたかァ?」
完全に舐めきった態度で、ゴウキがエータ・マザーに顔を寄せて囁く。
「貴様、何者だ。北野コウではないな……!?」
「さっきからそう言ってるだろうが。俺は、南原ゴウキだよ、石コロ。そろそろコイツから剥がれて、本体にでも帰るんだな」
ゴウキは、軽くエータの装殻の隙間に指を当てると。
そのまま、指を突き込んだ。
「ぐ……あぁぁあああアアアッ!」
「「エータ!」」
エータの悶絶に、パイルとラムダの声が重なる。
「騒ぐな、ガキども。別に殺しゃしねーよ」
ゴウキが指を引き抜くと同時に、がっくりと項垂れるエータを放って、ゴウキの姿が再び消える。
「がっ……!」
「次はお前だ」
少し離れた場所に留まったままだったマサトの首を掴み上げて、ゴウキは。
ぱしん、と軽く、その頭を平手ではたいた。
それだけで、マサトの手足から力が抜ける。
マサトを下ろして、足と片手を使って地面に横たえたゴウキは、欠伸をしてからミツキらを見た。
思わず身構える参式、肆号、伍号、そしてパイル。
ゴウキは苦笑して、ただ一人動かずに彼を見つめる黒の一号に言う。
「こいつら、ちょっとビビり過ぎじゃねぇか? なんとか言ってやれよ、ハジメちゃん」
「ハジメ―――」
『―――ちゃん!?』
ミツキとケイカが声をハモらせ。
「知り合いか? 本条」
「誰なんすか、アイツは……」
参式と伍号が目線を外さないまま。黒の一号に問い掛けた。
「……彼が、あの人が名乗った名前が本当ならば」
黒の一号がゆっくりと、面白がるように腰に手を当てて立つ相手の正体を明かす。
「ゴウキさんは―――黒の0号、だ」
誰も、何も言わなかった。
徐々に驚きが広がり、最初に口火を切ったのは参式。
「0号、だと? 死んだはずの人間だ」
「正確には、生まれ変わった、だよ。坊主。南原ゴウキは死んで、北野コウになった。が、魂と装殻に刻まれた人格の消しカスは残った。そういうこった」
ニヒル同様の〝真の装殻者〟。
最初に襲来体と戦い、相討ちになって死んだ男。
それが。
「何で、今更になって出てきたんや?」
ミツキの疑問に。
「お前らがカスだからだっつってんだろ。ちまちみうだうだ、見てらんねーんだよ」
ゴウキは、足元のマサトを爪先でつついた。
「そろそろ起きてんだろ。お前も俺と同類なんだから説明しろよ」
言われて、マサトが体を起こした。
ゴウキを警戒するように、膝立ちまで体を起こしたマサトが、彼を睨み付ける。
「同類? お前も生体移植型補助頭脳なのか?」
マサトは、アイリに施された実験により人格を得た補助頭脳……ミツキはそう聞いていた。
彼の返答に、ゴウキが妙なものを見る顔をする。
「は? 何の寝言をほざいてんだよ。お前は、あっちの〝俺〟だろ? お前も後任の魂乗っ取ってんじゃねぇか。ちゃんと視えてんだよ、こっちは」
「……何の話か、ちっとも分からない」
ゴウキは、少し考え込んでから、不意に納得したように、ああ、と呟いた。
「お前、もしかして記憶がねーのか」
「記憶……?」
「だからそんなほいほい表に……ったく、手間掛かんなぁ。ほれ、〝共鳴〟」
ゴウキはマサトの肩に手を置いた。
びくん、とマサトが体を震わせる。
同時に、マサトは目尻が裂けそうなくらい、目を見開いた。
「―――そんな」
「思い出したかよ?」
マサトは。
何がそんなに衝撃だったのか、自分のブレードと一体化した手を見下ろして震えている。
「……アイリが」
「さっさとしろよ、気付いたなら」
マサトは、いきなりスラスターを最大限に吹かして飛び上がると、一瞬で何処かへと消えた。
「って、おい!? 逃げんなよ!」
「「アイリ……!」」
爆圧で髪と服を揺らしながら、ゴウキが怒鳴るのと、参式、伍号が声を上げるのは同時だった。
「かっー、面倒くせぇなぁもう!」
ゴウキががしがしと頭を掻きむしるのに。
「くっ……」
誰かが、笑いをこらえたような声を漏らした。
『……ハジメさん?』
「いや、すまない」
あり得ないと思いながら、ケイカが言うと。
ハジメが謝罪しながら解殻した。
「皆、もういい」
現れたのは、若い男の顔。
精悍で、非常に大人びているようにも、まだ少年のようにも見える不思議な雰囲気を持っている。
どこにでもいそうな黒の服に身を包み、口の端しにまだ笑みを残したその男が、黒の一号の正体。
本条ハジメだった。
「あの人は、理由は分からないが……間違いなくゴウキさんだ」
懐から取り出したサングラスを掛けて、ハジメが言うと、パイル以外の全員が解殻した。
しかしその顔は、誰も彼も納得がいっていなさそうで。
ミツキも同じ気持ちだった。
「笑ってんじゃねーよ、ハジメ! お陰で俺が全部説明しねーといけなくなっただろうが!」
「今まで寝てたんですから、良いじゃないですか、それくらい」
「良くねーよボケが! 手伝えよ、ハジメちゃんよぉ!」
「喜んで。でも相変わらず、口が悪いですね。俺たちが困ってるのを見かねて、出てきてくれたんでしょう?」
「都合の良いように人の行動を解釈するんじゃねぇよ! ザコ!」
「返す言葉もないですね」
親しげな二人のやり取りに、ミツキとケイカが顔を見合わせる。
「本当に、0号?」
「想像してたイメージと全然違う……」
「聞こえてんぞ貧乳! すり潰すぞコラ!」
「誰が貧乳ですって!? セクハラよ!?」
「ちょ、ケイカ!」
いきなり沸騰するケイカに、ミツキは慌てた。
「気にしてるからな……ケイカさん」
「黙秘する。……だが、同じような奴ばっかりだな」
ジンが口汚く喧嘩口調で吠える二人に、呆れたように首を横に振り。
花立が、頭が痛むのかこめかみに手を当てた。




