第7節:目覚めよ、その魂。
天から降る母体だった欠片が、黒の一号の外殻を叩き、細かい音を立てた。
ゆっくりと立ち上がる黒の一号に、エータ・マザーが感嘆の声を漏らした。
「凄まじいな……その複製体は、オリジナルと同等の能力と知性を持っていたのだが」
「状況が違えば戦況も変わる。いかに襲来体母体であろうと、我ら全員を一人で相手にして、そう易々と勝利を得られるとは思わないことだ」
「そうだな、見くびっていたのは認めよう」
しかし、エータ・マザーは少しも焦った様子は見せない。
「だが、貴様にはこいつらを殺すことは出来まい。ここから先はどうするのかな?」
最早完全に意識を奪われている様子のマサトと、体を乗っ取られているエータ。
「試してみるか?」
黒の一号が問うのに、戦況を見定めていたパイルは言った。
「殺せないと思うのか? マザー……お前はこちらにいるという事は、向こう側は安全だという事だ。ーーーここで、お前諸共ニヒルとエータを殺したところで……」
「ほう、何故安全と言い切れるのかな?」
笑みを含んで、エータはパイルに顔を向けた。
「ここにいる私は、マザーのカケラだ。エータについてこちらに来て力を蓄えはしたが、私の本体は依然として向こう側にあるとは思わないのか? ここでニヒルを殺せば、輪廻の円環は閉じる事出来なくなる。つまり、こちらの私が仮に負けても、向こう側の私は勝利を手に出来る訳だ」
「っ……戯言を」
「そう思うなら、やればいい」
パイルは、エータ・マザーの言葉を内心で否定仕切れなかった。
向こう側の状況を知る術は、パイルにはない。
本当にそうである可能性もあるのだ。
手詰まり。
そんな言葉がパイルの頭を過る。
反論を口に出来ないパイルを置いて、エータ・マザーは黒の一号に問い掛けた。
「貴様はどうする、黒の一号。私を呼び寄せた修羅よ。他の世界を見捨ててでも、私を滅してみるかね?」
黒の一号は。
まるで迷いのない様子で、両拳を握り込んだ。
「言っただろう。ーーー邪悪は、滅ぼす」
ゆら、と黒の一号の姿が揺らいだかと思うと、赤い双眼を輝かせて、エータ・マザーに肉薄した。
「その為に、いかなる犠牲を払おうとも、だ」
「っやめろ!」
パイルの叫びを無視してエータ・マザーに殴りかかった黒の一号だが、エータ・マザーはあっさりと一撃を躱す。
その背中を急降下したマサトが襲うが、即座のフォローするように回り込んだ参式がナイフで刃を受けた。
「ははは! 言葉の力強さの割には動きにキレがないな!」
エータ・マザーが両手に構えた二門の殻弾機関銃で無造作に弾丸をばら撒くと、黒の一号と参式が散開した。
後退した参式を、マサトが追おうとする。
が、そこで。
びくん、とマサトの動きが止まった。
「? どうした?」
エータ・マザーの問いかけに答えず、マサトは崖の上に視線を動かした。
つられて全員がそちらに目を向けると。
そこに、コウが立っていた。
彼は。
今まで見せたことがないような、自信に満ち溢れた傲慢な笑みを口元に浮かべて。
「よう、見てらんねぇな、お前ら。揃いも揃ってカスばっかか?」
耳を疑う暴言を、吐き捨てた。
※※※
コウは。
移り変わる状況を、呆然と見ていた。
襲来体の増援と。
ミツキの決意、ケイカの想い。
現れた黒の一号と、力を取り戻したジン、花立。
ーーー俺は。
自らの行いを振り返り、コウは自失状態だった。
守るべき力で。
仲間を傷つけた。
ケイカに、言われたのではなかったか。
力を、制御出来なければ。
いずれ、その力は大切な人を傷付けると。
何故忘れてしまっていた。
過ぎた力を得て、傲慢になり過ぎていた自分に。
コウは。
かつての自分同様、仲間を、身内を守ろうとした少女を、殺そうとした自分に。
コウは……絶望していた。
ーーーヤレヤレ。
耳に、囁きが聞こえる。
それはコウを掻き立てていた、零号装殻の声によく似ていたが。
本能だけではない意志を、感じさせる声音だった。
ーーーズット寝テルツモリダッタノニヨォ。オ前チョット、俺ト代ワレ。
不意に。
コウの体が、硬直する。
感覚をすべて失った、その感じは。
一度ケイカに体を貸した時と、同じ感覚。
自らを自由に出来ない状態であるにも関わらず。
コウの体は、勝手に立ち上がった。
「エータ……」
崖下を見下ろし、戦場を見るラムダの横に立ち。
驚いたようにこちらを見上げる彼女に、笑みを見せてから。
コウを操る誰かが、口を開いた。
※※※
「よう、もう一人の〝俺〟。ちょっと無様過ぎねぇか?」
『コウ』は、自分を見上げるマサトに問い掛ける。
「ゴミに良いように扱われて、情けねぇ。それでも装殻者か」
嘲る言葉ような、その言葉に。
無表情に黙ったままのマサトが、ぴくり、と眉を動かした。
「コウ……?」
ミツキは、彼の様子に違和感を覚えて問い掛ける。
その疑問を肯定するように、『コウ』は首に手を当てて、ごきりと鳴らしてから答えた。
「コウじゃねぇよ。俺は」
彼が続けた言葉は。
ひどく禍々しく、ざらつくような響きをもって、ミツキの耳に届いた。
「俺は、南原ゴウキ、だ」
聞き覚えのないその名前に。
「何……!?」
ただ一人、黒の一号だけが反応した。
『コウ』……ゴウキと名乗った男は。
右の親指で、腹を捌くように横に一線を描き。
次いで地獄の底まで叩き落とすように、顔の前からまっすぐに親指を振り落とした。
「ひゃはは。―――纏身」
親指の軌跡で描かれた逆十字に反応し。
零号装殻が、ゴウキの手足のみを装殻化した。
「さぁ、行くぜ?」
瞬間。
ゴウキの姿が掻き消えたかと思うと、全く別の場所―――エータ・マザーの立っている位置で打撃音が響いた。
ミツキが視線を移すと、そこには反応すら出来ないまま顎を蹴り上げられて吹き飛ぶエータ・マザーと。
軽く足を振り上げた姿勢から、ゆっくりと足を下ろすゴウキの姿があった。




