第1節:絶望の足音
ケイカが崖下にたどり着くと、ジンを肩に担ぎ上げた参式が目の前に降り立った。
「花立さん!」
「あぁ、跳ぶぞ!」
参式は呼び掛けただけでケイカの意図を理解し、崖の上へと移動する。
その参式に、マサトが崖に沿って飛行しながら追従した。
崖の上へ行くと、そこには惨状が広がっていた。
無傷のシープが崖に背を向けて立ち、彼の左手側には、先行したパイルが立っている。
そして彼のすぐ側にはボロボロになって倒れ伏すエータ。
パイルの右手側にはケイカらが居て、崖の外には滞空するマサト。
ケイカらの背後には、倒れたラムダとミツキ、そして呆然と立ち尽くすコウ。
「ミツキくん!」
参式から離れたケイカが走り寄るが、ミツキには反応がなかった。
そこで、笑い声が響き渡った。
「くく……くくく……ひゃは、げひゃひゃ……ひゃぁはははは!」
昂っていく笑い声は、顔を醜悪な笑みに歪めたシープから放たれていた。
「滑稽ですねぇ、装殻者ども! ひゃははは!」
道化のように芝居がかった仕草で両手を広げ、シープが言葉を吐き出す。
「いやぁ、実に面白いっっ! 貴様らは実に滑稽でしたぁあああははっはァ! 憎むべき仇敵に、仲間が成り代わっているとも知らずに踊らされェ!」
シープの言葉に応えて、エータがむくりと体を起こした。
明らかに生命の危機とも思えるほどの損傷にも関わらず、まるでダメージを受けていないかのような動きだ。
「やっぱりか……! テメェ、エータじゃねぇな……!?」
パイルがグレイヴを構えるのも意に介さず、エータが無言で正十字を切ると。
『認証』
補助頭脳のそれに似た歪んだ音声が響き、エータの損傷箇所からボコボコと鉱物のような岩が湧き出し、損傷を埋めて無傷の状態へと戻る。
「げひ、まんまとハメられ、お互いに争いあってネェ! へひゃ、実に実に実にいい気味だァ! 特に北野コウォ、そして黒の伍号ォ!」
コウは反応せず、ジンは参式に抱えられたまま頭だけをシープに向けた。
「ニヒルの洗脳は、じぃつぅにぃ楽でしたよかひゃひゃ! 無防備にその体を晒して眠ってましたからねェ! お仲間を奪われて、そいつに痛めつけられるのはどうでしたかぁ、伍号ォ! そしてぇ!」
シープは、動かないコウに指を突き付けた。
「0号同士のコア共鳴でェエ! 敵に踊らされて暴れまわったあげくにぃ、ひゃは、仲間を手に掛けた気持ちはどんなものですかァ、北野コウォ!」
「何ですって……!?」
コウの暴走を仕組まれたものだと言うシープに、ケイカは怒りを覚えた。
ミツキを、傷つけさせた黒幕が自身だと告白したシープは、天を振り仰いで愉快でたまらない様子で叫び続ける。
「がひゃひゃ、私を殺してくれたお前らの無様な喜劇はぁ! あひゃ、最高の見世物でしたよぉ! 笑いを堪えるのにどれほど苦労した事かぁひゃーっひゃっひゃ!」
狂気。
ケイカは、シープから感じる圧倒的な狂気の気配に、嫌悪感を覚えた。
完全に壊れている。
何故、こんな奴が世の中に存在するのか。
―――捨て置くわけにはいかない。
でも。
ケイカは状況を見る。
こちらで戦えるのは、参式だけ。
ジンとミツキは怪我で。
コウは、心が折れたように立ち尽くしている。
自分を纏える者がいないケイカは、この場では役に立たない。
パイルがどう出るかは分からないが……。
相手には〝ニヒル〟である操られたマサトと。
無傷のエータ、それに未だ装殻すら纏っていないシープ。
「……さすがに、分が悪いな」
そう、ぽつりと聞こえた参式の厳しい声音が、現状を物語っていた。
しかも。
「げひひ、分が悪い!? そもそもお前らに勝ち目なんか最初からないんだよォ! げひゃ、母なる者は遂にこの地に至ったァああ!! 絶望を知れェ!! ゴミクズ共ォ!」
天から。
赤い塊が、轟音を立てて崖の上に一列に落下した。
丁度、ケイカたちが立つ場所を、シープを中心とした半円で囲むような布陣。
大きさは、人一人分程度の隕石の欠片が、十個。
「……まさか」
その鉱物に、ケイカは忌まわしい記憶を甦らせる。
血管が浮き出たような脈が走る、その隕石は―――!
「さぁ……真の宴の始まりだァ!!」
ぎゅるり、と捻れるように全ての鉱物が粘土の如く形を変えて。
瞬きする程の間に、人に似た姿を形作る。
「……母体複製体が10体、か。《星喰使》とやらは、襲来体よりも骨がある相手のようだな」
花立と違い、ケイカには言葉を発する事すら出来なかった。
本来なら、三体以上は同時に出現しない筈の母体複製体。
しかも現れたそれらの姿は、さらに衝撃的だった。
「あれは……俺たちの……!」
パイルが見ているのは、隕石が変質したのっぺりとしたシルエットの青い装殻。
〝神威の槍〟パイル・イプシロン。
「そんな……何で」
座り込んだまま、震える声で言ったのは、ラムダ。
ライムとグリーンの外殻を持つ瓜二つの装殻は。
〝神威の両翼〟ロッカス・ラムダ、そしてプサイ。
「俺の、装殻まで……!?」
参式から地面に降ろされて膝を付いたジンの近くには、黄色の外殻を持つ一本角の装殻……〝憤怒の雷神〟黒の伍号が。
「ケイカと、俺も、か」
赤、青、黒、緑。
その四種の色合いを持つ四体は。
炎撃、水撃、地撃、風撃の纏殻形態。
〝偽る魔性〟―――黒の肆号。
横には、マッシブな深紅の外殻を持つ装殻者。
〝王鬼〟たる参式。
「何で……『対抗者』であるあの人は、襲来体には模倣出来ないって……」
喘ぐように言うケイカの視線の先。
左右に立ち並ぶ赤い参式の横に立つのは、艶のない黒の外殻を持つ装殻者。
ケイカらの総帥にして最初の人体改造型装殻。
〝正義を騙る修羅〟―――黒の一号。
ただでさえ絶望的な状況の中。
抗いがたい脅威が、ケイカらの目の前に広がっていた。




