第21節:分かたれた明暗。
「え……?」
状況がまるで理解できず、固まったコウの目の前で。
「げぼっ……!」
『青蜂』の薄い装甲が砕け散って、ミツキが血を吐いた。
胸元に生じた亀裂は頭部装殻にまで及び、ミツキの顔が半分覗いている。
ミツキは、自分に突き刺さったコウの腕を両手で握って倒れ込みそうになる体を支えた。
「コウ……」
大ケガを負っているにも関わらず。
鋭さを帯びたミツキの声が、コウの耳を打つ。
「お前が欲しかったんは、こんな力なんか……?」
「……ミツキ?」
「自分よりも弱い……人を、助けようとした人間を」
腕を握るミツキの指に力が籠り、コウを睨み付けた。
「ゴミみたいに叩き潰すような、力を。お前は求めとったんか?」
「……!」
コウは息を呑んだ。
怒りに、激情に支配されていた自分の意識が、冷や水を浴びせられたように冷たく鎮まっていく。
「それは……お前が何よりも嫌ってた、憎んでた、やり方ちゃうんか……!?」
―――俺は。
コウは、言葉が出なかった。
倒そうとしていたのだ。
憎むべき悪を。
ユナを殺そうとした、敵を。
―――俺は、何をしていた?
ラムダにこちらを傷つける力が残っていない事など一目で分かった。
だから。
簡単に、倒せる、と。
「お前は! 守るための力が、欲しかったんちゃうんか! 北野コウ!」
ミツキの叱咤が、心をえぐる。
守ろうとした、筈だった。
理解していた、つもりだった。
だが、それは〝つもり〟でしかなかった。
現に今、コウの拳は。
仲間であるミツキを……。
―――俺は、俺は、何だ?
力を失った少女と、それを守るミツキと。
そのミツキに拳をめり込ませる自分。
記憶が、走る。
かつて黒の一号に助けられた時。
倒れるアヤを庇った自分と。
装殻も纏えない自分ではどうしようもなかった――《寄生殻》。
その寄生殻と。
今の自分は、何が違う?
「目ぇ覚ませや、コウ……お前の憎んだ連中に、お前自身が染まって、どないすんねや……」
ミツキの指から力が失われ、ずるりと倒れ込んだ。
「……なぁ、お前は、そんな奴ちゃうかったやろ……」
「ミツキッ!」
ミツキを抱き止めたコウの後ろで。
全ての状況を黙って見守っていたシープが、ぽつりと漏らした言葉が聞こえた。
「さて……そろそろですか」
※※※
「花立さん! あれは……!」
「む……!」
マサトを、ジンを庇いながら抑え込んでいた参式が顔を上げる。
対峙するマサトも、同じように空を見上げていた。
※※※
「ケイカ……あれ」
「あれは……」
ミカミとリリスが、それぞれにつぶやく。
「来た……」
ケイカはユナを、リリスに預けると、立ち上がった。
「ユナを守って、撤退して。リリス。ミカミも装殻を解除して薬を……」
「あなたはどうするの?」
リリスの問いかけに、ケイカは厳しい視線を崖の上へ向けた。
「ミツキと、コウの元へ。私は行かなくちゃいけない」
ミツキとコウを預けられた時から、ケイカはずっと考えていた。
彼らが《黒の装殻》足りうる資質があるのかどうか。
自分と同じように未熟な二人。
彼らは、ケイカを超える力を手にして。
一人は《白の装殻》を圧倒し。
もう一人は、望む全てを守り切った。
ケイカは、保留していた問題に向き合うべき時だと感じている。
全てが定まるのは、今、この場なのだと。
「ここからは、私たちの問題……後は任せたわね」
言って、ケイカは走り出した。
※※※
彼は、じっと見ていた。
空から落ち来る、一条の赤い隕石。
それは、災厄の始まりを告げる不吉な色のままに、遠くへと過ぎ去っていった。
しばらくして、轟音が地を揺らす。
「《星喰使》……」
彼は一人、ついに始まる真の戦いへと思いを馳せる。
「決して、お前らの望み通りにはさせん……」
※※※
世界には、かつて幾つもの災厄があった。
悪の組織『飛来鉱石研究所』の猛威。
大阪隕石落下に始まった、《襲来体》の襲来。
世に装殻を送り出そうとした事に端を発する『日米装殻紛争』。
その矢面に、常に立ち続けた男たち―――《黒の装殻》。
しかし実は、その前にも一つ、災厄が存在していた。
それは、あくまでも闇に潜み続けた脅威と、世に出る事なく戦い続けた一人の男との闘争。
人類の災厄の円環を自らの犠牲をもって閉じようとした男。
名は―――黒の0号。
大阪に落下した《襲来体》の先駆者たる存在。
奴等の名は《星喰使》。
真なる襲来体の新たな出現は、起こるべくして起こった……とは、決して言えないが、確実に起こると予見されていた。
それが今、この時。
後に『愛媛隕石』と呼ばれるそれが落下した時に。
《黒の装殻》たちの最後の闘争が、始まったのだ。
黒の零号、前編終了です。
明日一日空けて、後編は明後日から開始します。




