第18節:青い蜂
肆号が両手を広げ、天を仰いで咆哮した。
本来の彼女とは似ても似つかない、獅子のような獣の声が、大気を震わせる。
そして彼女はゆっくりと腕を前に垂らしながら指が地面につくほどの前傾姿勢を取り。
いきなり、跳ねた。
肆号が狙いを定めたのは、ミカミ。
あまりに早さに回避が間に合わず、代わりにグレイヴを構える彼女を。
肆号は、自分に向けて構えられたグレイヴを破壊した勢いのまま、地面に叩き伏せた。
「ミカミさんっ!」
「だ……大丈夫……!」
声を上げるミツキに、寸前で液化していたミカミが答える。
ミカミに追撃を放とうとする肆号の背中を、リリスのブレードスラスターが襲う。
ブレードスラスターはざっくりと幾筋も肆号に傷を走らせるが、その全てが浅い。
「グルゥゥ……」
肆号が呻き声を立てるだけで、その傷を瞬く間に再生すると、リリスに目を向けて無造作に腕を振るった。
背中の片方の触手が、長く伸びて宙に在るリリスを貫こうと伸びる。
それを回避し、リリスはミツキの脇に降り立った。
「ミツキ。メインで抑えて。……私には出来ない」
「いやでも、あの速さやで……!?」
「Ψは、迎撃仕様の装殻。本来は攻撃仕様のルナとの連携で最大の力を発揮する。……私のブレードスラスターでは、あの肆号の外殻を抜けない」
触手が外れた事が不思議なのか、首を傾げて動きを止めている肆号。
その禍々しい力に反比例するように、知性はカケラも感じられなかった。
本当に暴走しているのだ、とミツキは悟る。
「貴方ならやれる。……ヤヨイの息子で『青蜂』を持つ貴方なら」
「『青蜂』はぁ~、肆号と同等のスペックを目指して生まれた装殻ですから〜」
真摯な声のリリスに、液化状態のまま移動してミツキの側に来たミカミが付け加える。
「それは〜、ケイカが一番力を発揮出来る、ヤヨイさんの地撃形態を再現したものなんですよぉ〜」
「おかんと、ケイカさんの……?」
ミツキが自身の装殻を見下ろす間に、肆号がふと、パイルらに目を向けた。
動けるまでに回復したラムダを下ろし、パイルがグレイヴを構える。
その戦意に反応したのか、肆号がぴくり、と肩を震わせた。
ミツキは拳を握りこみ、決意と共に顔を上げる。
「やるわ。ケイカさんは、俺に、ユナを助けて生き残れ、とゆーたんや。ケイカさんかて、まだ中で戦っとる」
パイルに飛びかかろうとした肆号の体が、ぐにゃりと脈打ち、元に戻った。
まるで、本体であるユナから剥がれようとするのを無理やり押さえつけたかのような挙動を見て、ミツキは自分の言葉に確信を得る。
肆号が再び跳ぶのと同時に、ミツキも地面を蹴った。
「おおおおおおッ!」
ミツキは全力機動して。
肆号よりも先に、パイルの前に入り込む事に成功した。
「反応装甲!」
わざと肩から肆号に体当たりして、指向性爆発装甲を起動させる。
凄まじい爆発に肆号の突進が止まるが、ダメージはない。
「はよ逃げろ!」
「何……?」
パイルの訝しげな声に、ミツキはさらに怒鳴る。
「ユナに、誰も殺させる訳にはいかんのじゃ! えーから行け!」
それだけ言うのが、限界だった。
ミカミが投げ放ったグレイヴは肆号に弾かれ、リリスのブレードスラスターの幾つかが触手によって撃墜される。
「女王蜂形態ィィィッ!!」
『変更』
有線式蜂型砲塔を展開したミツキが、出力を解放する。
「〈青の猛攻……!!」
蜂がざわめく様な銃撃の嵐。
傷つけることは出来なかったが、ミカミらに意識を向けようとしていた肆号をこちらに振り向かせる事に成功する。
「おどれの相手は俺じゃ、肆号!」
ギチギチ、とファングを鳴らした肆号が、今度はミツキを襲うために膝をたわめた。
「大雀蜂形態ッ!!」
『変更』
高速機動形態へと瞬時に移行し、ミツキは超速度で迫り来る肆号に逆に足を踏み出した。
「限界機動!」
『命令実行』
肆号の動きが、ミツキの視界の中で僅かに緩む。
生身で限界機動に近い速度を出せているのは、肉体的なリミットが解除された上で人間以上の知覚を有しているからだろう。
改めて、《黒の装殻》の桁外れぶりに気を引き締めながら、ミツキはカズキより体に叩き込まれた基本に忠実に、動く。
『怖がんなよ!』
ーーー分かっとるわい!
耳元に蘇るカズキの、父の声に心の中で言い返しながら。
怯みそうになる気持ちを押さえつけて、まずは足を踏み出す。
同時に、上体を半身に。
肩口ギリギリを掠める肆号の鋭い爪を躱しながら懐に潜り込み。
伸びた腕を取って、逆の腕を肆号の胸に添えて。
ミツキは、投げを打った。
捻りこむように体を回転させて、相手の力を利用して。
無理やり抑え込むのではなく、動きの方向を変えるように、地面へと叩きつける。
そのミツキの首に、触手が巻きついて来るのが見えた。
/出力解放!
『命令実行』
息が詰まる直前に、高速音声による二度目の命令。
腕のバンカースティングに、エネルギーを込めて。
『良いかい、大事なのは思い切りだ。躊躇うから失敗するんだよ』
ーーー女は度胸、男も度胸、やろ!?
体の中心は、傷つけてはいけない。
だが、手足の先と触手は、体格の小さいユナではなくケイカの、装殻そのものの肉体で形成されている筈だ。
ーーー我慢してや!
心の中で謝りながら、ミツキは首に巻きついた触手の中ほどにスティングを突き立てた。
「ぎゃゥルッ!」
バツンッ! と弾けるような音を立てて触手が千切れ、肆号がさすがに声を上げる。
『限界機動解除』
超加速領域からの離脱と同時に、首に巻きついたままビチビチのたうつ触手を引き剥がして捨て、ミツキは大きく息を吸い込んでから宣言する。
「蜜蜂球形態ッ!」
『変更』
三度目の出力変更。
コアのエネルギー残量はみるみる内に減っていくが、手加減など出来ない状況だった。
それに、とミツキは思う。
ーーー装殻エネルギーの精密操作は……俺の十八番や!
肩の《ハニー・コム》が弾け散るのと同時に。
「出力解放あああああッ!!」
『命令実行』
スウェアの、もう一つの出力解放を行う。
「〈青の、熱殺〉ッ!」
ミツキの、渾身の個人連携は。
まごうことなく、地面に仰向けに倒れた肆号へと炸裂した。
宙の《ハニー・コム》が凝縮するように肆号の周囲に結界を敷き、中に《紅の爆撃》に似た極大熱量を発生させる。
「ーーーッ!」
エネルギー残量が、遂にレッドラインを割る。
表層を焼かれる肆号が声なき苦鳴を上げるのを、ミツキは必死に凝視した。
その熱が、肆号の体内に到達する前に。
「〈青の分封〉!」
針の穴を通すよりもさらに精密に、繊細に。
エネルギー解放経路を流れるように移行させ。
ミツキは出力解放の顕現現象を、防御結界に移行する。
「ア……」
見守っていたリリスとミカミが、呆然とつぶやく。
「出力解放を……」
「途中で……?」
パイルも驚いたような声を漏らす。
「ミツキ……お前」
そのパイルが突然、ミツキに突撃して来た。
「なっ……!」
「「パイルッ!」」
しかし、ミツキたちの予測は外れていた。
パイルは、彼の体を突き飛ばすと。
背後からミツキを襲った、引き千切られた触手をグレイヴで薙ぎ払う。
最後の力だったのか、触手は一度痙攣してから動きを止めて、どろりと溶けた。
「少尉……」
「……肆号を止めて貰った借りを返しただけだ。ラムダを抱えたままじゃ、厳しかったからな」
ラムダは、一度この場から離れたようだ。
硬い声で言う少尉に、ミツキはフルフェイスの下で笑みを浮かべる。
しかし何かを言う前に、肆号に変化があった。
焼け爛れた全身が蠢いたかと思うと、ゆっくりとユナの体から離れ。
黒く焦げた水溜りのようになり、そこからケイカの姿に変わる。
「止めてくれて、助かったけど……もう少し、手加減してくれても良かったんじゃない?」
ススだらけの顔で荒く息を吐きながら、焦げた外装を剥がれるように落としたケイカは。
一度咳き込んでから、ミツキに文句を言った。
「いや、無理やろ……」
思わずつぶやいたら、むぅ、とケイカに睨まれる。
ミツキが狼狽えて眼を泳がせていると、ケイカは堪え切れないように口元を緩めた。
「ごめん。冗談よ。ユナも、無事みたいだし」
「あの、ケイカさんの怪我は……?」
「大丈夫。触手とか外殻は、強襲形態になる時に周りから取り込んだ分で賄ったから」
優しくユナを抱き上げて頭を撫でるケイカに、ミツキが問いかけると、彼女は小首を傾げて答えた。
その直後。
「エータッ!!」
ラムダの悲鳴に、四人が一斉に崖の方へ眼を向けると。
そこに、エータを踏みつけて、ラムダの残ったブレードスラスターの攻撃を弾く、コウの姿があった。
コウは、攻撃を受けると躊躇う事なく銃剣を抜き放ち、ラムダに肉薄して地面に叩き落とす。
「ルナ……!」
たった十数分、喋っただけの少女。
次に現れた時は敵として。
そして、今回の邂逅では、自らの運命を呪って悲痛に叫んでいた少女。
「コウ、お前は……!」
今、仲間を、傷ついた体で救おうとして。
そんな彼女にトドメを刺そうとエネルギーを拳に込めているのは。
大切な誰かを守りたい、と、そう言っていた戦友。
「お前は、何を……!」
「ミツキくん?」
エネルギー残量は、後、限界機動一回分。
「届け、『青蜂』………!」
大雀蜂形態に変化した『青蜂』を駆り。
ミツキは、躊躇う事なく限界機動を使用すると。
一閃の光条となって、彼らの元へ飛んだ。




