第2節:今、出来ることを。
「つまり、リリスさんとミカミさんは、元《白の装殻》って事なんすね?」
ミツキが確認するように言うと、リリスはうなずいた。
「ルナと双子っちゅーのも……」
「事実。……彼女は嫌いだけど」
「なんで髪の色が違うんすか?」
「染めてる。……明るい色は嫌い」
「さ、さよですか」
重い話をしていても、リリスは普段と変わらなかった。
「何故こちらに付いたんですか?」
さっきの件以降、どこか冷たい表情のコウが尋ねると、リリスは淡々と言った。
「私は、総帥が間違っていたと、思わなかったから……彼は好き」
「間違っていた……何を?」
「手段を、だ」
再度、花立が口を挟んだ。
彼は明らかに明かす情報を選択していたが、ミツキはそれを仕方がないと思っている。
ミツキは、花立を信頼していた。
彼はミツキの父、カズキが信頼していた人物であり、彼の信念も間近で見たからだ。
人を守る。
その為に力を振るう。
彼のその信念は、シンプルにして強固なもので、ミツキの理想に近い。
その花立が隠す必要があると判断したなら、従うつもりだった。
「本条は、大阪隕石が落ちる前に襲来体が現れるのを予期して準備を行った。その準備による事故で《白の装殻》側に損害が出た。彼らと我々が敵対しているのは、そのせいだ」
「つまり、今回の件の原因はハジメさんにある、って事ですか? ユナの誘拐も?」
「そうとも言えるし、違うとも言える」
花立は首を横に振る。
「事故に関しては、俺も本条に責任はないと思っている。あれは、誰にも予測できない事故だった。だが報復を望んだのが奴等三人、それを良しとせずこちらに付いたのが、リリスだ」
花立に続いて、ジンが口を開く。
「ユナの誘拐に関しては、予測は出来ていた。ただ、こちらの予測が甘かった。まさか昼間に街中で襲うような強行手段に奴等が出るとは思っていなかったんだ」
「何か理由が?」
ジンが花立を見ると、彼はうなずいた。
それに関しては、言っても良いことらしい。
「奴等は、人体改造型というだけじゃなく、本来は俺らと同質の存在だ。だから……自分達から人を傷つけるような真似はしないと思っていた」
ジンが横目でリリスを見る。
「彼らは、こちらに居る人々を、もう守るべき人々と思っていないのかも知れない。もしくは、歪んでしまっているか。……私たちは〝ニヒル〟の元に集った。絶対的な正義への忠誠は、盲信に変わったのかも……一途過ぎるのは、問題」
リリスたちの話に、ミツキは顔を見比べながらおずおずと口を挟んだ。
「あの……話が全然見えへんのですけど」
「奴等こそが、ある意味では正当な人体改造型装殻者であり、それ故に柔軟ではなくなってしまった、という事だ。仮に例えるなら、本条……黒の一号ではなく、黒の0号の元に集った者達。それが《白の装殻》だ」
「0号の元に?」
コウが反応した。
花立が話の核心に入った事を察したのだろう。
対する花立も、銀縁眼鏡の奥の目を冷たく光らせている。
「そうだ。我々は、そもそも《黒の装殻》となる以前から、黒の0号を失っていた。彼の遺された力を人にも扱える者へと作り替え、高めたのは本条だ。故に、俺たちには序列はあっても、絶対的上位存在、という者はいない。だが、奴らには居た。居て、失ったからこそ、より強く執着しているのかもしれない」
元来、装殻者という存在は自然発生したものなのだと、ミツキは四国に来てから知った。
その自然発生した装殻者である黒の0号という存在については、世間には知られていない。
零号は死んだ時に、コアと装殻の欠片を残した。
残った欠片とコアを研究し、『飛来鉱石研究所』で、現在使用されている装殻の基礎を作り上げたのが。
総帥―――黒の一号であり、その目的に従う者達が《黒の装殻》だ。
「ユナには」
花立が続ける。
「0号と同じ自然発生した装殻者……『0式』の心核が宿っている」
それは。
ミツキにとって、それ以上にコウにとって衝撃的な事実だった。
「0号以外にも……そんな存在が?」
「あり得るんか、そんな事……」
「普通はあり得ない。始源の装殻者は、世界に一人……その筈だった事が、狂ったせいで今の状況がある」
花立は、熱を帯びた何かを秘めた口調で話し続けた。
「0式が失われた事は分かっていた。そして我々と奴等は、お互いに0式の存在を捜索し、我々がユナを見つけて保護した。コアだけでは、0式は復活しない。コウが本条の所持していたオリジナルの外殻を得て初めて零号となったように、0式の復活にも『器』が必要だった」
誰も口を挟まなかった。
「我々は、ジンの言うとおり甘く見ていた。奴等の〝信仰心〟と、悲願に対する執念を。……そして俺もつい先ほど知った事だが、マサトがその『器』……即ち〝ニヒル〟だった」
花立の言葉を聞きながら俯いていたケイカが、ぽつりと言う。
「……『器』を得たから、《白の装殻》は強行手段に出た。敵以外の他人すら傷つけて構わないと思うほど、その思いは強かった」
「アイリが」
ジンも、やりきれない口調で独白する。
「実験の影響で体を蝕まれている事は、俺たちも知っていた。ミカミと同じような状況にあると。インナーベイル人格である相マサトは、アイリを救うために、奴らに協力しているんだろう」
「そこまで分かっていて、重要な存在であるユナを野放しにしていたんですか? 希望的観測だけで?」
コウの言葉に、空気が張り付いたように強張った。
「おい、コウ」
ミツキが思わず声を掛けるが、コウは冷たい表情のまま告げる。
「甘すぎるんじゃないんですか?」
「そうは言うがな」
コウを睨むジンの目は真剣だった。
「あの家の周辺は、かなり厳戒な警備体制を敷いていたんだ。それこそ装技研以上の、PL社に狙われても返り討ちに出来るレベルで、だ」
「でも結局は拐われた。それとも、正戸アイリを救う為ならユナを危険に晒しても良いとでも、思っていたんですか?」
悪辣な言葉を投げられたジンは、驚いたように顔を上げる。
「……なら、あなたはどうするべきだったと思うの?」
ケイカはコウの発言に、怒りに顔を染めた。
リリスも、いつもなら楽しむはずの状況に、いつも以上に無表情だった。
「ユナを監禁でもしておけば良かったというの!?」
「それこそ、モルモットのように。あの子を閉じ込めておくべきだったという事? ……悪くはないけど」
「それが必要な事なら、そうするべきだった。危険に晒していた事に変わりはない。違いますか?」
「……ッ!」
「俺たちは、あの子がただ生きるだけで、自由もない生活を送らせるような事は出来なかった」
花立だけは、激していなかった。
ただ、後悔していない訳でも、事実を受け入れていない訳でもない事は、体の脇で白くなるほど握られた拳が、物語っていた。
「守りきれなかったのは、俺たちの落ち度だ。だが、あの子の為に、それが間違っていたとは思わない」
コウは、ギリ、と歯を噛み締めて、初めて吼えた。
「それをアヤの前で言えるのか、お前らは!」
全員が。
一斉に、息を呑んだ。
ミツキたちは、彼女の事を完全に失念していた。
そして、コウの怒りの理由を、ようやく察した。
「自分等の都合で、アヤに……俺の妹にあの子の面倒を見させたんだろうが! それを、自分達は間違っていないだと? ふざけるのも大概にしろよ。ならなんで、姉を失ったあの子に親しくさせたんだ!? アヤの心の傷が癒えてないのは、俺がよく知ってる。なのに今度また、同じような想いをさせる可能性があって、何で二人を引き合わせた!」
誰も、何も言わなかった。
ケイカが青ざめてよろめき、花立がその体を支える。
その花立の顔も、歪んでいた。
ジンは目を閉じて眉根を寄せ、リリスは、じっとコウの顔を見つめていた。
「コウ……」
ミツキが声を掛けると、コウは俯いて肩を震わせた。
「……守りきれない可能性が少しでもあったのなら、出来る限りの手を打つべきだったと。俺は、そう思います」
そこで不意に、救護室のドアが開いた。
顔を見せたのはヤヨイだ。
「病人がいるのに、騒がしいねぇ、あんたたちは。他所行きな」
素っ気なく言って、ヤヨイはコウの顔を見る。
「ま、今度の事に関しては、私はコウが正しいと思うけどね。……あんたがアヤちゃんに伝えな、コウ。そんで、私が『守りきれなくてすまなかった』と言ってたって、伝えておくれ」
ヤヨイは、鋭く目を細める。
「ついでに『必ず無事に取り戻す』、とも」
「……はい」
コウの返事にヤヨイは笑みを見せてドアを閉めた。
踵を返したコウが、ふと気付いたように告げる。
「ミカミさんの装殻データ、見せてもらいますから」
「……どないするんや?」
「さっき言っただろ、ミツキ。救う為に、出来る限りの手を打ちに行くんだよ」




