第7節:逆鱗
「ユナが誘拐!?」
緊急警報が鳴って警備課本部に来たジンが、カオリの話を聞いて声を上げた。
「現在、コウとミツキが追っている。相手は、パイルだ」
「パイル……? 本人ですか?」
カオリが情報を整理しながら言う。
そこに、ジンに少し遅れて来たミカミが、さらに問いかけた。
「相手は装殻しておらず、コウがそう言ったらしい。パイルの奴は映像資料がそれなりに多いからな……。まぁ、見間違いではないだろう」
「……出ます」
「って、おい、ミカミ! こっちを手伝え!」
カオリの怒鳴り声を無視して、ミカミは出て行ってしまった。
「俺も出る」
ジンが言うのに、カオリは服を掴む。
「ッ、貴様に頼るのは非常に癪だが、私一人では統制に限度がある。手伝え。得意だろう、情報部長殿?」
「っクソ、ここじゃなくて真っ直ぐ向こうに向かうんだった!」
言いながらも、ジンはカオリの横に座って情報を共有し始める。
「奴らの向かう先は?」
「おそらく、ルートから見ると街の南西にある私設飛行場だろう。後ろにはコウたちがいる。周囲を囲い込むように、街の外周警備を向かわせている最中だ」
「空路を塞ぐことは?」
「無理だな。航空戦力はうちの研究所にはない。飛行場に着く前に確保しなければならない」
「先回りして相手の足を潰すのは?」
ジンの言葉に、カオリがため息を吐いた。
「お前な。相手はPL社だぞ。準備を行っていたのなら、アレが出てくるに決まってるだろうが」
「チッ……ガンベイルか」
「そういう事だ」
独立型拡能殻。
【黒殻】の所持すると巨殻とはまた別の、米国由来の強装殻機構だ。
特に空戦型は、攻撃ヘリの役割を完全に奪い去った兵器であり、《黒の装殻》以外装着出来ない巨殻と違って、操縦技術を習得すれば誰でも操作する事が可能な厄介な『兵器』である。
流動形状記憶媒体と通常兵器の合いの子である為、装殻具に収納出来ないが、ただの装殻者が対抗する事は非常に難しい。
そもそも、空戦能力を持つ装殻自体が稀な存在なのだ。
ドラクール系列と呼ばれる装殻や、司法局で特務課に採用されている執行者捌式等にも飛行能力はあるが、ごく低空を短時間飛行可能なだけである。
「だが、これだけの騒ぎを起こしながら、何故最初から使わないんだ?」
「私が知るか。大方、大っぴらに国家企業絡みだと知られたくないんだろうさ」
「権力があっても、市民感情を敵には回せないか。事は旧高知エリアだけの問題じゃなくなるしな」
納得し、情報統制に集中するジンに、ヤヨイからの連絡が入った。
『こっちは仕留めたよ。後はコウたち次第だ。それと……』
※※※
「パイルゥッ!」
ミツキの前に出たコウが限界機動を終えて叫ぶと、パイルは丁度、現れた二台の車の片方に乗り込むところだった。
「奴らを止めろ!」
パイルが怒鳴って車に乗り込むのと同時に、別の場所に止まっていたトラックから数人の装殻者が飛び出してくる。
タランテール00。
パイルの車が、耳障りなタイヤとアスファルトの摩擦音を立てて急発進した。
「タランテールは俺がやる! 追え、コウ!」
「分かった!」
ミツキの言葉に、コウは躊躇わなかった。
ヤヨイとケイカの話を聞いてから、コウの意識は随分変化しているように、ミツキには感じられた。
積極的になった。
そして、自分が戦う事の意味を、本当に考え始めているようだった。
元々、仲間の危機に躊躇わない彼は、今、雑念が入る余裕もないだろう。
頼もしい、とミツキは素直に思う。
コウは、手に持った銃剣を一発撃って前を塞ごうとしたタランテールに一撃を加えると、車を追ってあっという間に走り去っていく。
ミツキも、残りのタランテールに向き直った。
「おどれら、邪魔なんじゃ! 出力変更、女王蜂形態!」
『出力変更』
ミツキの言葉に応じて、彼の装殻が形状を変更した。
装殻一体型の兵装である《ハニー・コム》が視覚強化兵装を『青蜂』頭部に接続し、両肩と背部が展開する。
日輪のように広がった《ハニー・コム》は、十数の砲塔を持つ自由砲塔機関銃へとその形状を変えた。
ワイヤーのような細い出力線で繋がった砲塔は、一つ一つが蜂のように指定された空域に留まっている。
「複数目標照準!」
『命令実行』
ミツキの視界に、複数のターゲットポイントが現れ、ミツキの視線に合わせてタランテールたちをロックしていく。
「Fire!」
宙の蜂が、一斉に動き出して、タランテールたちに殻弾を斉射した。
統制の取れた動きでターゲットの足を止めるが、倒すには至らない。
「出力解放!」
蜂の間をすり抜けたタランテールの一人が、副腕を振るってミツキを刺突するが、ミツキは体を開いて前に出る事でそれを避ける。
「ナメんなや! キラービィは、元々近接型や!」
目の前のタランテールの顔面に拳を打つのと同時に、蜂に繋がった出力線が青い燐光を放つ。
『充填完了』
補助頭脳の声に、ミツキは『青蜂』の力を解き放った。
「〈青の猛攻〉ァ!」
ミツキの声に応えて。
宙の蜂が、一斉に細く青いエネルギー弾を連射する。
キュキュキュキュ、と何かが擦れるような音が辺りに響いた。
それは、タランテールの外殻がエネルギー弾に貫かれ、溶ける音。
幾つもの破壊音が重なってまるで何かの音楽であるかのように、周囲に響き渡り。
『目標制圧』
補助頭脳の無機質な音声が全滅を告げると同時に。
タランテールたちは、一斉にその場に倒れ、溶け落ちた。
ミツキは装殻状態を変更しつつ、カオリに連絡を入れる。
「こちらミツキ、タランテールを撃破! これからコウを追う!」
※※※
限界機動を二度繰り返し、コウは前を走る車に追いついた。
「止まれ!」
地面を蹴ってボンネットに飛び乗ったコウに、運転手が驚いた顔をする。
中を見て、コウはそちらにパイルが乗っていない事に気付いた。
「っハズレか!」
コウはボンネットに銃剣を突き立てて銃弾を撃つと、飛び離れる。
もう一台の車は角を曲がって走り去ろうとしていた。
追いかけようとしたコウに、爆発炎上する車から飛び出して来た男たちが襲いかかる。
全員が、装殻を纏っていた。
「鍬形虫型装殻、だと……!?」
それは、日本政府公式採用装殻である、執行者捌式のベースになった装殻だった。
米国に引き抜かれた日本の装殻開発者が作り出したそれは、日本での拘束機能を備えたスタッグバイトではなく、攻撃特化の大型スラスターを備えた巨大な超振動ブレードを装備している。
スタッガー……パイルにエージェントと呼ばれた装殻者たちは、見事な連携でコウを包囲した。
「ぐっ……邪魔を……」
包囲を崩せず、浅く幾度も斬りつけられたコウの脳裏に、ちり、とわずかな焦燥が走る。
このままでは、ユナが。
あの、無邪気で、人の気持ちを慮る優しい少女が。
パイルに、連れ去られてしまう。
頭の中に弾けたその小さな燠火は、一気にコウの怒りに火を付けた。
ーーー許シ難イ外道ドモガ……ッ!
怒りに灼けるその想いは、コウだけのものなのか。
幾度か感じた幻識のものも、混じっているのか。
どちらとも分からないが、それでも一つ言えることがあるとするならば。
コウは今。
真の意味で全身全霊をもって、怒り狂っていた。
「邪魔を……するなァアアアアアアッ!」
コウは、彼の怒りに反応して猛る装殻細胞群に命じる。
「出力変更ァ!ーーーこいつらを殺し尽くす〝力〟と成れ、零号装殻ッ!」
全てを薙ぎ払い、喰らい尽くす為に。
そんなコウの心に反応を示した零号装殻は。
補助頭脳の中に蓄えられたありとあらゆる戦闘データより、コウの求める最適解を導き出す。
『出力変更、装殻状態:侵撃形態』
補助頭脳が宣言した、次の瞬間。
スタッガーの一人が、動きを止めたコウの背中を深々と斬り裂き。
一人が、コウの腹を貫いた。
だが。
「好都合だ……」
「「ーーー!?」」
全くダメージを受けた様子のないコウに、スタッガーたちは危険を感じて飛び退る。
しかし、既に遅かった。
宣言と同時に全身を液化していたコウが、刃の跡を跡形もなく接合してから、その姿を変える。
全てのスラスターが、溶け流れるように消えて滑らかな体表となり。
ごつごつとした鎧のような全身が蠢いて、同様にのっぺりと撫でつけたような表層を形成される。
首筋から肩に掛けてのラインが盛り上がって流線型となり、海洋性哺乳類のような印象へと変わった。
手に持っていた銃剣すら肉体に取り込んだコウは、両腕を触手のように伸ばしてそれぞれにスタッガーたちに巻きつけた。
「「ッ!」」
驚くスタッガーたちに、コウは牙を剥くように告げた。
「調子に乗るなよ……」
両眼を緋く輝かせて、漆黒の装殻者は。
聞いただけで慄くような、憎悪に満ちた言葉を吐き出した。
「お前らは、してはいけない事をした。決して、許さない……出力解放」
『要請実行』
拘束から逃れられないスタッガーたちへと。
コウは、抗い難き絶命をもたらす呼び声を、上げた。
「ーーー〈黒の腐食〉」
それは奇しくも。
ヤヨイの放った〈紫の地拳〉と表裏を成すような、必殺の業だった。
目標のみを消滅させる、波動の一撃。
ヤヨイの放つそれが、清らかなエネルギーで安らぎへと誘う慈悲の攻撃であったのに対し。
コウの放ったそれは、細胞の一つ一つを噛み千切るような、苦痛に満ちた処刑の執行だった。
コウの体が弾け、周囲にいるスタッガー全員を、貫く針山と化して磔にする。
そこから、スタッガーたちの全身に侵食が広がって行き。
あまりの苦痛に、スタッガーたちが一斉に亡者の如き雄叫びを上げた。
正気を奪うほどの激痛は、コウの彼らへの怒りをもって、更なる絶望へと誘う。
『限界機動、知覚』
補助頭脳の音声と共に、限界機動を侵食した対象へと適用し。
超知覚領域が、スタッガーたちの一瞬の死を、文字通り限界まで引き延ばして。
地獄の責め苦にも等しい、懲罰へと変えた。
やがて、絶叫が収まった後には。
人知を超えた苦痛によって、髪色を真っ白に染めた男たちの頭部が、元の姿に戻った足元に転がっている。
スタッガーたちの肉体は、コウの装殻細胞に食い尽くされて、跡形もなく消滅していた。




