第8節:二人目
コウに追い付いたミツキは、目の前の光景に唖然とした。
「コウ……か?」
また新たな形態を得たのだろう。
装殻の形状は違うが、その色合いとシルエットからコウだと判断したミツキが問いかけると、彼はゆっくりと顔を上げてうなずいた。
「行こう、ミツキ。パイルは向こうに逃げた」
「……おう」
ミツキは釈然としないまま答えて、駆け出したコウに追従した。
改めてコウを見ると、その姿はパイルが、ミツキと知り合った時に纏っていた装殻……伍式に良く似ていた。
「なぁ」
「何?」
いつもと変わらない声で答えるコウに、ミツキは言う。
「あそこまでやる必要があったんか?」
敵を殺した事そのものを責めるつもりは、ミツキにはなかった。
もし仮に、タランテール00が遠隔操作型装殻でなかったとしても、ミツキも同じように始末しただろう。
しかし。
首以外の部分を残さず消し去るなど、明らかにやり過ぎなようにミツキには思えた。
コウは、ミツキの言葉に少しだけ視線をこちらに投げてから、不思議そうに首を傾げる。
「手っ取り早く始末したかっただけだよ。ユナを助けるんだ」
そう答えたコウは、ごく普通だった。
言っている事は間違っていない。
しかしその普通さが、ミツキにはどこか危うい事のように思える。
彼は不安を覚えていた。
コウは、どんどん強くなっていく。
頼もしい、と思ったつい先ほどの気持ちは、今は霧散していた。
―――こいつは、本当に俺の知っているコウなのか?
ミツキの一抹の疑念は、その答えを得られないままに中断される事になった。
「ッ、跳べ、ミツキ!」
コウの声に、この数ヶ月の間に体に叩き込まれた回避行動を取る。
外装の表面をかすめて、何かがミツキが直前までいた場所を突き抜けて行った。
宙を舞う、幾つもの飛来物が目に映る。
それが集束して、ある一点に吸い込まれるように戻っていった。
コウたちが向かった先、飛行場の手前の十字路にいる、本体へと。
キキキンッ! と硬質な音を立てて一体化したそれらは、ブレードだった。
滑らかな、反りのある刃で形成されたブレードが折り重なり、大きく平坦な翼となる。
携えているのは、細身の装殻者だった。
優美な曲線を描く、乳白色の外殻。
全身を走る出力供給線。
体のフォルムは、明らかに女性のそれだ。
頭部を覆うフルフェイスを見るに、情報統制型なのだろう。
顎部ホルダーから伸びる、長耳型聴覚強化システム。
前頭部に長板型の、後頭部には天蓋型の広域探知アンテナ。
視覚部には、顔の半分を覆うような大型のオーバーバイザーを備えている。
その翼を含めた特徴的なシルエットは、ミツキですら名前を知る有名な装殻だった。
「空戦型装殻……」
コウが、最大限の警戒を込めた声を上げた。
機械仕掛けの蝗虫。
二つの意味で世界に唯一、米国のみが独占的に所持しているとされる常時飛行可能な装殻。
それが〈ドラクール・ロッカス〉と呼ばれる装殻の名前だった。
慣性制御装置と直接推進機構の複合搭載により、極めて高速、かつ省エネルギーでの飛行を行うその装殻は、使用可能な装殻者が極端に少ない。
理由は、飛行制御にリソースを注ぎ込んでいる為、本体の運動性が極端に低い事。
さらに攻撃手段は一つだけ。
制御に適性が必要な、完全分離式の多連装機動制御機構のみ。
使いこなせば強力だが、極端過ぎる性能の装殻……それが〈ドラクール・ロッカス〉という装殻だった。
そして、この場面でその装殻の使い手が出てくる、という事は、間違いなく相手は、扱いに熟達した手練れだ。
「ロッカスなのは正解だけど、君たちの予想は間違いだと思うよ?」
「女の子……!?」
少し反響したような涼やかな声音で、相手は言った。
予想以上に若い、少女の声にミツキが驚くのをよそに彼女は続ける。
「……このコは〝Λ〟。ちょっと特別なコだからね!」
少女が、両腕を振り上げるのを合図に。
再び少女が解き放たれたブレードスラスターが、ミツキたちに襲い掛かった。
※※※
「確かに渡したぜ」
飛行場の滑走路に侵入して車を止めたパイルは。
人体に悪影響のない睡眠導入器を使って眠らせたユナを、優しい手つきでエータへと受け渡した。
幾ら必要な事だったとはいえ、混乱して泣き叫ぶ少女にそんなものを使った自分を、パイルは心の中で自嘲する。
「傷つけるなよ?」
「分かっている。ラムダを回収して、お前もすぐに離脱しろ」
「ああ……今回は使ってもいいんだろ?」
パイルが自分の胸元を指差すと、エータは無表情にうなずいた。
「ああ。全力でやっていい。相手は、例の黒い装殻者と向こうの開発した新型装備を使う装殻だ。油断はするな」
パイルがうなずいて離れると、エータは輸送ヘリに乗り込んだ。
離脱を最後まで見届ける事なく、パイルは輸送ヘリに背を向けて走り出す。
胸元に埋め込まれた装殻具を服の上から叩き、飛行場の入り口を駆け抜けて。
さらに両腕に埋め込まれた装殻具を交差して、跳んだ。
そのまま水平に両腕を払ったパイルは、全身で正十字を描き、言葉を発する。
「Set up!」
『Π!』
力強く、パイルの補助頭脳が答え。
彼の全身を、灰白色の外殻が包み込んだ。
現れたのは、海洋哺乳類を思わせる流線型の装殻者。
コウの侵撃形態に良く似たその装殻は、表向きには海軍用として採用されている軍事用装殻である。
両肩に長大なレールガンシステムを備えており、パイルはそこにマウントされている電磁突殻槍を一本引き抜いた。
そのまま、彼は軽く宙を滑るように戦場へと向かう。
彼は、バックパックからプロペラブレードを回転させて飛翔する幾つもの丸い球……マグネボールを射出した。
マグネボールは、彼の進路を導くように展開していく。
ドラクール・ロッカスがロッカス・ラムダを原型としているのと同様に。
米国海軍用のスライミー・パイルにも原型となった装殻が存在する。
〈パイル・イプシロン〉ーーーそれが、パイル本来の装殻だった。
電磁流外殻と呼ばれる水中での摩擦軽減を目的とした外殻をさらに改良した、フリード・ハイクラスと呼ばれる外殻。
フリード・ハイクラスは、電磁浮遊と磁力により変幻自在の高速移動を可能とした。
彼は戦地に着くと、静かに、目立たないように己の優位な戦場を作るために身を隠したまま、マグネボールを戦場の至る所に配置した。
準備を終えて、パイルは。
手に持ったグレイヴを、肩口で構える。
「出力解放」
『承認』
戦場を飛び回る、三人の装殻者。
その内、黒い装殻者に狙いを定めて。
彼は、必殺の槍を解き放った。
「〈迅雷貫渦〉……ッ!」
少尉が投げ撃った一槍が。
ドリルのように回転しながら、宙を駆けた。




