第12節:節操なし
「ジンさんてや」
「ん?」
解決の糸口が見えた日の夕方。
徒歩で帰る道すがら、ミツキが唐突に言った。
「めっちゃカッコええよなぁ。立ち振舞いもそうやけど、気さくやのになんかスマートっちゅーか」
「そうだね」
なんでいきなりそんな話をし始めたのか分からないが、コウはとりあえず同意した。
「コウもアヤも、他の皆も凄いし。なんか俺だけがえらい平凡な気がするわ」
「そうかな?」
コウは首を傾げる。
ミツキのコミュ力にはコウ自身散々助けられているし、知識はなくとも頭の回転は早い。
それに装殻戦闘のセンスについては、コウなど足元にも及ばないレベルだ。
特にここ最近は専門に訓練を積んでいるだけあって、警備課内での訓練戦闘勝率はカオリに次ぐ域に達している。
おそらく今のミツキと本気でやり合ったら、コウは勝てないだろう。
何よりミツキには、データには残らない長所……向上心がある。
ミツキの訓練映像を見れば、それは一目瞭然だ。
相手の挙動を見極めて良いところがあれば積極的に学ぼうと、自分が休憩中でも訓練者から目を離さずにじっと見つめているのだ。
「ミツキにも、良いところいっぱいあると思うけど」
思い浮かべた事は口にせず、コウはそれだけを告げた。
「なんかジンさんに勝ってるとこあるか?」
「……少なくとも、ジンさんより節操無しには見えない、と思うけど」
「なんやそれ」
ふてくされるミツキがおかしくて、コウは笑った。
「何で笑うねん」
「いやだって……そもそも、世界最強の一角に張り合おうと思えるのが、まず凄いと思うけど。俺、ジンさんに勝てるとこあるかな? とか、考えた事もないよ」
「そらお前には調整士の才能が……」
と、言いかけて、ミツキは押し黙った。
「どうしたの?」
「いやすまん。才能とかで片付けたらあかんな。お前、めっちゃ努力してるもんな。最近お前が凄すぎて忘れるとこやった。お前の芯は、努力して得たもんやから、俺も芯が欲しかったらもっと努力しなあかんねんよな」
コウは、また笑う。
こういう所が、ミツキの良いところなのだ。
彼が持っているのは人を押し退ける強さではなく、他人を素直に認めて自分を高めようとする強さだ。
それは貴重な才能だと、コウは思う。
「で、何でいきなりジンさんに張り合おうと思ったの?」
話を戻すと、ミツキは気まずそうに顔を背けた。
「ケイカさんに……」
「うん?」
「俺もケイカさんに、認めてほしいからや」
コウは、ミツキの言葉の意味がよく分からなかった。
「ケイカさんは十分ミツキを認めてると思うけど……」
何せ『青蜂』はミツキの為の装殻だ。
実力を認めていない相手を、あれほど情熱を込めた装殻の試験者には選ばないだろう。
そう伝えると、ミツキはもどかしそうに頭を掻いた。
「いや、そら嬉しいんやけど、俺が言うてんのはそーゆー意味ちゃうくてな……って、お前わざとやってんちゃうやろな?」
「? 何の話?」
「はぁ……もうえーわ」
鈍感野郎め、と謂れのない罵声を受けて、コウは釈然としなかったが、大人しく受け入れた。
※※※
「カオリ」
廊下を歩く訓練上がりと思しきカオリに、ジンは声を掛けた。
すると首からタオルを下げたカオリはあからさまに渋面を浮かべて、ジンを無視して行こうとする。
「おーい。シカトすんなよー」
「何の用だ、節操無し」
カオリの尖った声に、ジンはへらへらと笑いながら追いついて、答えを返した。
「俺、しばらく研究所にいるから。役職者には挨拶しとこうと思ってね」
「何!?」
「そんな嫌そうにすんなよ。ほら、最近色々騒がしいじゃん。ハジメさんが気にしてたから落ち着くまで色々動こうと思って」
「いらん。お前が動くと余計に事態がややこしくなる!」
「そんな事ねーって。俺ほら、身軽で権力もあるし。色々便利よ?」
ジンが堂々と言うと、カオリは立ち止まって睨みつけて来た。
「その何も考えてなさそうな仮面を、全部捨てて出直して来い。お前は油断ならない。いつの間にか誰とでも親しくなって、どこにお前のスパイが潜んでいるかも分からない。そんな奴がいると、動き辛いんだよ」
「おいおい。俺が【黒殻】の不利益になるような事を一度でもやった事あるか? 人と仲良くなるのも単なる趣味だよ。気にしすぎだ」
罵声を浴びせられるのはいい加減慣れっこのジンは特に表情も変えない。
そんなジンに対して、カオリは苛立たしげに舌打ちしてまた歩き出した。
「その仲良くなった奴の中に、お前が心の底から信頼している連中がどれだけ居るんだ? だから信用出来ないんだよ。八方美人のふりをして腹の底が読めないからな」
「ミステリアスは男の魅力の一つだろ? 惚れていーぜ?」
「調子に乗るな。誰が神秘的だ。不気味の間違いだろう」
「手厳しいな、おい。とりあえず、PL社のちょっかいは俺が対応する。何で奴らが派手に動き始めたのか、原因を突き止めない事には何も始まらないしな」
するとカオリは、不敵に笑みを浮かべてジンを爛々とねめつけた。
「美味しいところをさらうつもりか。手柄は渡さんぞ」
「そんなつもりは欠片もねーよ。気になるんだよ、何か。……動き始めたのが、今、この時期ってのがな」
「嗅覚だけは犬並みだな。獲物を追いすぎて罠に掛からんように気をつけろ」
カオリは目的の場所にたどり着いたようで、横にあった部屋のドアを開けた。
ついて来こうとするジンに振り返ると、威嚇するように歯を剥く。
「ここは男子禁制、女子用シャワールームだ」
「おっと。別に一緒に入っても良いぜ? 俺は」
「犬相手に盛る趣味はない。せいぜい外をかぎ回ってろ。お前の顔を見るのは不愉快だ」
鼻先で勢いよくドアを閉められ、ジンはため息を吐いた。
「態度は相変わらず、か。まぁ仕方ねーけどな……」
頭を掻きながら、ジンもその場を去った。




