第11節:解決策
コウがまたしても疲労で一日くたばっていたせいで、ジンが来訪して二日後の事。
ケイカ、ミカミ、リリス、アヤ、ミツキ、ジンにコウを加えた七人は、開発室に集まってミーティングを行った。
「ジン。分散型を実用化出来るって話は本当なんでしょうね?」
コンソールの前に立つケイカがジンに訊くと、ブリーフィング用の椅子に腰かけて足を組んだジンがうなずいた。
「おう。きっちりハジメさんに確認したからな。この手を使えば、ばっちり解決だ」
軽すぎて胡散臭いジンだが、総帥であり装殻開発の第一人者であるハジメの名前には説得力がある。
「ただ、それについて一個だけ条件が出てる」
「どんな?」
ジンは、一息溜めてから答えた。
「分散型『青蜂』の一般販売を禁止する、とさ」
その言葉を、一瞬全員が理解できなかった。
「……情報部長。それでは本末転倒では? コストを回収できないのなら、開発そのものが組織にとって無意味になります。経営陣が許すとは思えませんが……」
ケイカの横に立つミカミ(仕事モード/眼鏡着用)の鋭い言葉を、ジンは軽く手を上げて制した。
彼も普段と態度は変わらないものの、目付きは真剣そのものだ。
「勿論『青蜂』自体の販売を禁止する訳じゃない。分散型システムを採用したものを販売する事は禁止する、って事だよ」
「同じ事です。現状は分散型でなければ予定の水準に到達出来ないと判断したからこそ、分散型システム開発にgoサインを出したのですよ?」
「基本コンセプトの水準のみを考えるなら、既に問題は解決してるんじゃないのか? コウ」
ジンに水を向けられ、彼と同じく椅子に腰掛けたコウは肯定した。
「『青蜂』開発時の基本コンセプトは『高性能、出力解放及び出力変更の実装を両立する装殻
』です。それだけであれば、中枢型のシステムでも実用の目処は立ってます。《コム》を諦めれば、ですか」
「それは、私に対して悪意的……好きだけど、美しくない」
コウの言い方に、《ハニー・コム》の担当者であるリリスが静かに抗議する。
「別に、全部が全部無理だって言ってる訳じゃない。3種あるフォルムの1種類だけを実装する形を取れば、改案次第では《コム》も製品化は出来るよ」
「製品化のみの話なら、私が《ハニー・コム》を弱くする理由にならない。最後まで粘る」
「《コム》の性能を突き詰めるのは、分散型の方でやればいい。製品化されるものは結局、廉価版になる。コスト面を考えたらグレードダウンはどちらにしたって避けられない。なら、本来の『青蜂』……フルスペックver.はオリジナルの一機だけあればいい。そうでしょう? ケイカさん」
「……気付いていたの?」
コウの質問に、ケイカは主語のない問いかけを返した。
「気付いたのは、つい最近ですけどね」
薄々、考えてはいたのだ。
しかし確信を持ったのはたった今、ハジメの条件を聞いたからだ。
考えてみれば、ケイカの態度はおかしい。
コウを導き、ユナやアヤのような少女たちに接する様を見れば、彼女が弱者を切り捨てるような人柄ではない事は一目瞭然だ。
にも関わらず、こと装殻開発に関しては頑ななまでに性能の向上のみを目指す。
何かがあるのだろう、と思って当然ではあった。
そして、改めてコウが開発に参画してからの改案の可否を見れば、意図は読めた。
どれほどピーキーになろうと、現状より良い性能になるなら可、扱いやすさを重視して性能が落ちるなら否。
さらにもう1つ、可否の条件に加味されているものがあった。
「コウは何に気付いたん?」
装殻整備に関する専門知識などはこの場にいる面々に比べればかなり劣るが、装殻の扱いに関する感覚自体は優れた男、井塚ミツキ。
彼が鍵だった。
どれ程良く見える、あるいは悪く見える改案であっても、ミツキが試着しての感想を述べればその意見が優先されていたのだ。
ここまで来れば、コウにだって分かる。
『青蜂』は、根本からミツキに合わせて作られている装殻なのだ。
理由までは分からないが、そういう視点で見れば全てに納得がいった。
ラストプランに食い込むこの時期に、これほど装殻に手を入れる……それも制御系まで作り直す提案を受け入れるなどというのは、通常ならあり得ない。
「ミツキはまぁ……知らなくても問題ないんじゃないかな……」
「なんやそれ」
口をへの字に曲げるミツキだが、それ以上しつこく聞いてくる事はなかった。
「それで」
ケイカが、今度はコウに問い掛ける。
「改案次第、という事は、もう一つの問題点である重量に関して、改善のアイデアがあるの?」
「あります。って言っても、偶然なんですけどね。昨日一日、寝転がってるだけもなんなんで、こういうのを作ってみました」
と、コウが取り出したのは、ミツキから預かった彼の私物であるキラービィ3030と、簡易調整機。
「比率をいじっただけの素案ですが、まずこれを……ちょっと展開してみて」
と、コウはミツキにピアス型装殻具を渡した。
「おう」
あっさり了承して、ミツキが装殻を展開する。
その姿を見て、場にいる面々が唖然とした。
「お兄ちゃん……これって、お兄ちゃんが改造した私の装殻?」
「いや、キラービィだよ。アヤの装殻情報を流用はしたけどね」
フルフェイスは変わっていないが、他の部分の変更が激しいのは一目瞭然だった。
肩部分の外殻は必要最低限まで薄くし、筋力補助のみ行うように。
重要臓器を守る以外の部分は他も同様で、両手足に至ってはスリットを入れて生身が露出している部分まである。
耐熱処理などはフィルター状の内膜を残して行っているが、物理的な防御は皆無だ。
「これはまた、とんでもなく尖った方向性ですね」
「狂ってるけど、綺麗……私は好き」
呆れるミカミと、うっとりするリリス。
「でもコレ、めちゃめちゃ軽いやん……動きやすさは今までの比じゃないで」
ミツキは、体を動かして興奮していた。
「ミツキは、何度か手合わせしてデータや映像もかなり見ましたが、速さで稼ぐタイプです。防御は《コム》の反応装甲がある。なので、機動性に特化しています。で、もう一つの改案がこれです」
簡易調整機に入れたデータを表示すると、アヤがそれを覗き込んで首を傾げた。
「これ……スラスター?」
「鼓音爆轟機動補助機構。『ブラストハンド』を作った後に思い付いたんだ。極限音圧による擬似爆轟を起こすアンプ・シリンダーを手直しした。今までコアエネルギーで空気を圧縮して推力を得ていた圧縮空気式機動補助機構と違って、出力供給が極少だから出力線重量が従来の10分の1で済む。推力算出は概算だけど、アヤならすぐに詳細に性能判定出来るだろ? やってみて」
「うん」
アヤも装殻を展開し、『青蜂』のデータにコウの改案とスラスターデータを重ねた。
開発室のメインスクリーンが表示され、画面上の『青蜂』に仮想機動を行わせたアヤが、驚きの声を上げる。
「す、推力比1.2倍!?」
「重量が軽減されてるからね」
コウは、黙り込んでいるケイカに問い掛けた。
「どうですか? この二つを組み合わせれば、フルスペックには《コム》を搭載してもまだ重量制限には余裕が出ます。製品版に中枢型を採用して外殻構築比率を上げても、《コム》をダウングレードすれば水準はクリアする筈です。後は、スラスターに関しては既存部品でどうにもならない部分だけは時間がどのくらい掛かるかが分からないので、開発期間の修正が可能なら……」
コウがミカミを見ると、彼女は、総帥に相談します、と言った。
ケイカは、画面に表示された『青蜂』にまぶしそうに目を細めると、コウに笑顔を向けた。
「ありがとう」
礼を言われて、コウは面食らった。
「あなたに開発に参入してもらったのは、間違いじゃなかった」
「あ……はい」
どうして良いか分からずに曖昧な返事をしたコウをおいて、ケイカがジンに向き直る。
「後の問題は、分散型システム……当然、解決するんでしょうね? ここまで勿体ぶって出来ませんって言ったらちょっと本気で考えがあるわよ?」
「安心しろよ。ばっちり解決するさ」
と、ジンは片目を閉じて自分の頭をとんとん、と指先で叩いた。
「コレ、使って良いってさ」
ジンの言葉に。
コウとケイカが固まった。
「イ……」
「生体内蔵型補助頭脳を? だって、それは……!」
コウは知っていた。
ジン……黒の伍号に採用された二つの機能に関するは技術は、完全秘匿技術。
その技術自体が【黒殻】が危険組織とされた理由でもある。
「それに、人体改造は……」
言い淀むケイカに、ジンは首を横に振った。
「別に移植型をそのまま使えって訳じゃない。ハジメさんは、機能のリンク方法を伝えろ、って言ってたよ」
と、ジンが取り出したのはデータ保管媒体だった。
特定機器でなければ解析できない、【黒殻】専用の機密ファイルを、ジンはケイカに手渡した。
「詳細は中に入ってる。内容は大雑把に言えば、二種類の補助頭脳を、装殻者の生体脳を経由して繋ぐ方法だよ」
それは今、まさにコウたちが直面している問題の解決策だった。
「ハジメさんは、この問題を知ってたんですか?」
「さぁな。補助頭脳に関する問題は、ハジメさんも昔悩んだんじゃないか? でも少なくとも、コウが入ってからの改案に目を通したのは、俺がデータ渡した時だと思うぜ。別にお前らを試すつもりなんかはなかった筈だ」
コウに対して返事をしているように見せて、その実、ジンの目はケイカに固定されていた。
「ハジメさんが伍号装殻を作る時にも、あった問題なんだろうさ。お前らがその域に達したから、少し手助けしてくれたんだろ」
「でも……良いの?」
ケイカは差し出されたファイルを受けとるのを躊躇っていた。
コウの知らない何かが、そのファイルを挟んで向き合う二人の間にはあるのだろう。
ジンが、いつもと違う苦さを含んだ笑みを見せる。
「……やるよ。先輩も後輩も頑張ってんのに、俺だけのこだわりで邪魔してやる訳にもいかねーだろ」
「ジン……」
「情けない顔すんなよ。目的まで、後少しなんだろう? 突き進めばいいじゃねーか。ケイカさんの装殻の完成は《黒の装殻》の悲願でもある」
「うん……」
大切そうにそのファイルを受け取って、ケイカは笑みを見せた。
「完成させるよ。必ず」
「おう」
二人は拳を打ち合わせて、その場でのミーティングは終了した。




