第13節:新たな力
―――某日、未明。
二つの極小隕石が大気圏に突入した。
大阪隕石以降、宙からの侵入物に極端な警戒網を敷いている各国軍も、大気摩擦ですぐに消滅すると判断して見逃した小さなそれらは、燃え尽きずに地表を目指した。
極東にある、とある国の島、その一つにそれぞれに落下。
音すらなく、静かに来襲したその物体は後に大きな混乱の種となるが……今はまだ、ほんの僅かな活動を見せるだけだった。
※※※
ラストプランの期日を大幅に逸脱した、しかしその実異例の速度で再構築された『青蜂』を前に。
ケイカ率いる開発課の面々は極度に疲労した顔で、完成し、ミツキが着用したそれを眺めていた。
「完璧ね」
ケイカが漏らした呟きに、コウたちは一斉にうなずいた。
『コレ……ヤバないか? キラービィ0606すら比じゃないで」
稼働試験をこなしながら、ミツキが驚嘆している。
実際、グラウンドの障害物トラックを周るミツキの速度は、今まで見た事もないような数値を叩き出していた。
「当たり前よ。機動性だけなら伍号を超えるんだから! BDスラスターのおかげでね!」
「使用予定の兵装も最新鋭ですしね。それをミツキが使いこなせるかどうかは別として。代わりに、外殻も紙レベルですが」
「てゆーか、ほぼお兄ちゃんのアイデアなのに、何でケイカさんが威張ってるんですか……」
椅子にふんぞり返るケイカに、コウだけでなくアヤもツッコミを入れる。
「アイデアを実用化したのは私なんだから、ちょっとくらい良いでしょう?」
悪戯っぽく舌を出すケイカは、徹夜明けのハイテンション状態だ。
「後はこのまま……」
と、ケイカがつぶやいたところで、警報が鳴った。
視界にAR表示された警告アイコンに目を向けると、情報の詳細が映る。
『市街区に謎の装殻者二体出現。市民を襲っている模様』
ケイカに目を向けると、表情を引き締めたケイカがコウに目を向けた。
「何か感じる?」
ケイカには、寄生殻が出現した際に、コウが存在を察知する感覚を伝えてある。
コウは首を横に振った。
「いえ。何も」
実際に今は特に何も感じていないコウがそう答えると、ケイカがカオリに連絡を入れた。
「カオリ。市街区で問題発生らしいけど、向かえる?」
『それなんだが、最近PL社が絡む案件が多いからエリアラインに人を振っている。それにさっきのアラートとは別に、幾つかの地点で襲撃者の通報があった。私はそっちに回るから、最初の分はミカミかリリスに対処させろ』
「何ですって?」
襲撃者の同時多数出現。
ひどく不穏な話だ。
「またパイルかしら? 映像はないの?」
『ちょっと待て……映像がある分を送った。どれも同じ装殻のようだな』
手元のコンソールを操作して映像を見たケイカが、表情を曇らせる。
「これって……ミツキくん?」
『何すか?』
「映像を見て。静止画を『青蜂』にリンクさせたから」
ミツキがトラックを周るのをやめて映像を見た後、驚きの声を上げる。
『イ、襲来体!?』
「やっぱり、そうよね」
厳しい声音になるケイカに、コウは後ろから映像を覗き込んだ。
岩石のような質感の外殻を持つ、人型の何か。
表層には、青い血管のような筋が出力線のように走っているのが見えた。
『こないだの生き残りがおったんか……? ふざけよって……!』
「ちょっと、ミツキくん!?」
ミツキは『青蜂』を纏ったまま飛び出していった。
あっという間に姿が見えなくなり、ケイカが青ざめる。
「げ、ゲート! ミツキくんを止めて! 壊したらシャレにならないわ!」
『は? 局長!? なん……え? 速ッ!?』
通信の向こうで『青蜂』独特の駆動音が響き、すぐに遠ざかる。
「なんて事を……」
「俺も追います」
コウは言いながら走り出した。
「ミツキくんに無茶させないで! 基本装備しか付けてないから、ほぼ丸腰なのよ! 私も、ミカミかリリスを連れてすぐに追うから!」
「分かりました!」
コウは近くの非常口から外に飛び出すと、零号装殻を纏った。
中を走るより、飛び降りた方が速い。
まだ混乱している入り口の警備員をコウもスルーして、ミツキの後を追った。
通報地点の傍にたどり着くと、ミツキが既に交戦状態に入っている。
「喰らえや! 出力解放!」
『命令実行』
二体を相手取って翻弄していたミツキが、キラービィ系の基本兵装である刺突杭を展開して、エネルギーをチャージする。
「〈大蜂刺突〉!」
顔面のど真ん中に、容赦なくエネルギーと杭先を叩き込まれた襲来体が、傷口から外殻を青く染めていき、染まった順に崩壊して砂と化していく。
仲間の死に躊躇した様子もなく、もう一体の襲来体がその背中に襲いかかった。
「ッハァ!」
それを、横から飛び蹴りを放ったコウが阻止した。
吹き飛んだ襲来体が、近くにあった建物の壁に激突して重い音を立てる。
「助かったわ」
「ミツキ、後先考えて。多分ケイカさん、今頃めちゃくちゃ怒ってるよ。何考えてるの?」
襲来体が立ち上がるのを警戒しながらコウが言うと、ミツキは呻きを立てた後に言った。
「すまん。でも、こいつらは……こいつらだけは放置出来ひんねや」
「何で」
「……こいつらが、俺の親父を殺した連中やからや」
押し殺した声音にミツキの深い怒りを感じて、コウは何も言えなくなった。
肉親を殺される。
その苦い気持ちを、後悔を、怒りを、コウは我が事のように感じられるからだ。
コウの姉もまた、悪意によって殺された。
直接手を下したのは、黒の一号……【黒殻】の総帥だが、そうせざるを得ない状況を作り出したのは、悪意の使者たちだった。
「なら、仕方ないね」
言いながら、コウは一歩前に出る。
「ギギィ……ギィイッ!」
立ち上がった襲来体は、劣勢を悟ったのか軋むような吠え声を上げる。
するとどこに潜んでいたのか、さらに四体の襲来体が現れた。
五体で円を描く相手に対して、コウとミツキは背中合わせになる。
襲来体はいずれも同じ姿形をしているが、一体だけ他違うモノが居た。
手に人型の、のっぺりとしたマネキンに似た何かを、ぶら下げたモノが。
「あれは、人相不明……!?」
「ノーフェイス?」
「あいつ、人を殺して情報を喰ったんや! 気ぃつけろ! 変容するで!」
ミツキの言葉に呼応するように、どさっと人相不明を落とし、それが声を上げる。
「グェゲエエエッ!」
岩のような外殻がうぞうぞと蠢き、姿を変えていく。
鋭く短い、無数の刃のような茶色い外殻。
ずんぐりと膨れた上半身と大腿部を持ち、両腕が白い牙のように湾曲した兵装となる。
頭部は、鼻の潰れたような意匠を持つ装殻。
「猪型……」
「あれ、ただの装殻ちゃうで。普通よりもめちゃめちゃ硬いんや」
元の鉱物のような外見を思い、コウはミツキの言葉に納得した。
そして緊張したように身構えるミツキに、コウは問い掛ける。
「前はどうやって倒したの?」
「出力解放で無理やりぶち抜くか、襲来体細胞融解弾とかいう銃弾で倒しとったけど……《黒の装殻》の人らは、そういや普通に屠っとったなぁ……」
「なら、俺でも出来るかな」
中身のコウはともかく、零号装殻自体は最強級の装殻である。
「あいつは、俺が相手する」
「何か手ぇあるんか?」
「硬いなら丁度いい。試してみたい事があるんだ」
「は? ……そんな悠長な事言ってられる相手ちゃうで」
「残りはよろしく」
ミツキの忠告をあえて無視して、コウは普段とは逆に腕を交差させて、逆十字を描いた。
検証では問題がなかった。
なら後は、コウのイメージと覚悟だけが重要になってくる。
出来るという想いと、守るという覚悟を見せる事が零号装殻に認められるのに必要な事だと、コウは理解していた。
いつものように装殻を組み替えるイメージを思い浮かべながら、言葉を発する。
「出力変更、爆撃形態!」
『変更』
補助頭脳が、コウの声に応えて。
コウ自身の思い描くイメージに従って、装殻を形成する流動形状記憶合金を作り変えていく。
燃料ではなく、力の奔流を変質させる器官を全身に形成し。
爆轟を扱う為の兵装を、現出させるのだ。
コウの姿が、変化を始めた。
より頑強に。
自身の放つ威力に耐える厚みを持つ外殻が形成されて鎧のように全身を覆う。
その重みを動かす為のBDスラスターが前腕部と、背部と、脚部に増設され。
最後に、腰に差した小太刀が柄を引き伸ばして銃身に似たシリンダーを形成し、短い刀身を持つ、槍と銃の中間のような銃剣が現れた。
『装殻状態:爆撃形態』
補助頭脳が、爆撃形態への変形完了を告げて。
コウは、爆轟銃剣……《カタナブラスター》を抜き放った。




