第八章 灯を継ぐ者
大金を手にしても、嘉浩の暮らしぶりはすぐには変わらなかった。それまでの人生で、金を「使う」ことに慣れていなかったからだ。何ヶ月もの間、彼は古いアパートに住み続け、税理士や弁護士に相談しながら、相続の手続きを一つずつ丁寧に進めた。
嘉浩には、一つだけ、はっきりとした思いがあった。
――自分のような人間が、二度と、あんな形で利用されないようにしたい。
「希望の灯」の事件は、福祉業界に一石を投じた。行政の助成金審査の甘さ、支援団体への監督の不備が、国会でも取り上げられるほどの問題になった。嘉浩は、被害を最小限にとどめるために証言を続けた田村や、他の利用者たちと連絡を取り合い、新しい取り組みを始めることを決意した。
一年後、嘉浩はカナから受け継いだ資産を元手に、新たな一般社団法人を設立した。名前は「ひまわりの家」。障害や生きづらさを抱える人が、無理のないペースで社会と関わり、かつ運営の透明性を徹底的に保証する就労継続支援の場だった。会計は外部の会計士による厳格な監査を受け、利用者一人ひとりの工賃や実績は、当事者自身がいつでも確認できる仕組みにした。
「俺は、頭のいい人間じゃない。でも、ごまかしがあると、なんとなく分かるんです。数字が、嘘をつくと、気持ち悪くなる」
設立記念のささやかな会見で、嘉浩は不慣れながらも、そう語った。中卒で、発達障害と統合失調症を抱え、赤ちゃんポストに預けられて育った男の言葉は、記者たちの間に、静かな驚きをもって受け止められた。
「ひまわりの家」は少しずつ評判を呼び、開所から三年で、名古屋市内に三拠点を構えるまでになった。嘉浩自身は理事長という立場に就いたが、決してオフィスの豪華な椅子には座らなかった。今でも週に何度かは現場に出て、利用者と一緒に軽作業をする。




