第六章 選択
数日後、区役所の生活保護担当が、思いがけない知らせを持ってきた。
「松央さん、実は『希望の灯』について、いくつか苦情や通報が入っていまして。助成金の不正受給の疑いで、県の方が調査に入る予定なんです。松央さんも、事務作業を手伝われていたと伺ったんですが……何かご存知のことはありませんか」
嘉浩は黙り込んだ。廣瀬の顔が浮かんだ。優しかった声、初めて「ありがとう」と言われた瞬間、家族という言葉。同時に、水増しされた書類の数字も浮かんだ。
その晩、嘉浩は一人、アパートの部屋で天井を見つめていた。統合失調症の症状で、時折「お前なんかが何を言っても無駄だ」という声が耳の奥で響くことがあった。だがこの夜聞こえてきたのは、それとは違う、自分自身の静かな声だった。
――本当のことを、言わなきゃいけない。
嘉浩は、自分でも驚くほどの決意で、机の引き出しから、かつてこっそりコピーを取っておいた書類の控えを取り出した。実は、あの違和感を覚えた日以来、嘉浩は自分なりに、齟齬のある書類をノートに書き写して保管していたのだった。誰に見せるあてもなく、ただ「数字が合わない」という気持ち悪さを、記録せずにはいられなかったのだ。
翌日、嘉浩はそのノートと書類のコピーを持って、区役所の窓口を訪れた。
「これ……見てください。数字が、おかしいんです」
震える声で、しかしはっきりと、嘉浩は伝えた。




