第三章 書類の隙間
事務員が急に辞めたことをきっかけに、嘉浩は事務所の簡単な書類整理を任されるようになった。数字や規則正しいパターンを扱う作業は、意外にも嘉浩の得意分野だった。幼い頃から、決まった順序や配置のあるものには、人並み外れた集中力を発揮できた。廣瀬もそれに気づき、「松央さんは細かい仕事の才能があるね」と褒めてくれた。
ある日、嘉浩は助成金の申請書類の控えを整理していて、妙な違和感を覚えた。
同じ月に、同じ利用者の名前で、二重に就労実績が計上されている書類があった。一件は行政向けの実績報告書、もう一件は別の助成財団への報告書。人数も工賃の金額も、微妙に食い違っている。
嘉浩は数字の並びに敏感だった。誤植や偶然の記載ミスとは思えない、意図的な水増しのパターンが、そこには見えた。
「……あれ?」
声に出してつぶやいたところに、事務所の奥から廣瀬が顔を出した。
「松央さん、どうしたの?」
「あの、この書類なんですけど……人数が、違う気がして」
廣瀬の表情が、一瞬だけ強張った。それはほんの一瞬で、すぐにいつもの柔らかな笑顔に戻ったが、嘉浩の記憶に、その一瞬は焼き付いた。
「ああ、それは経理の方でまとめて処理してるから大丈夫。松央さんは気にしなくていいのよ。細かいところ、よく見てくれてありがとうね」
その日はそれで終わった。だが、嘉浩の中には小さな棘が残った。人の顔色や場の空気を読むことは苦手でも、数字の矛盾だけは、どうしても見過ごせない性分だった。




