第二章 「希望の灯」という場所
区役所の生活保護担当のケースワーカーから、一枚のチラシを渡されたのは、梅雨の終わりのことだった。
「松央さん、こういう団体があるんですけど、興味ありませんか。就労支援をしているNPOで、無理のないペースで社会復帰を目指せるって評判なんです」
チラシには「NPO法人 希望の灯」の文字と、温かみのあるフォントで書かれたキャッチコピーがあった。
――誰もが、必要とされる場所がある。
嘉浩は正直、気が進まなかった。これまでも似たような案内を何度か受けたが、結局は「働けない自分」を再確認させられるだけだった。それでも、ケースワーカーの熱心な勧めに根負けする形で、見学に行くことにした。
事務所は、名古屋市中区の雑居ビルの三階にあった。エレベーターを降りると、明るい声が聞こえてきた。
「いらっしゃい、松央さんですね。お待ちしていました」
出迎えたのは、代表の廣瀬真子だった。四十代半ば、パンツスーツに柔らかな笑みを浮かべた女性。声のトーンは終始穏やかで、目を見て話す様子には、これまで嘉浩が出会ったどの支援者とも違う「本気さ」のようなものがあった。
「松央さんの経歴、拝見しました。大変な人生を歩んでこられたんですね。でも、うちでは経歴なんて関係ありません。ここに来た人はみんな、家族なんです」
家族、という言葉に、嘉浩の胸の奥が小さく揺れた。家族という言葉の意味を、彼はほとんど実感として知らなかった。
「希望の灯」の活動は、軽作業の受託(封入作業やデータ入力)から始まり、慣れてきたら簡単な清掃や配達の仕事を紹介するというものだった。工賃は決して高くはなかったが、廣瀬は毎回、作業の後にひとりひとりに声をかけて回った。
「松央さん、今日の封入、丁寧でしたね。助かりました」
そう言われるたび、嘉浩の中に、これまで感じたことのない感覚が芽生えた。――自分は、誰かの役に立っている。
半年が過ぎる頃には、嘉浩は週に四日、事務所に通うようになっていた。同じような境遇の仲間もできた。引きこもりから抜け出した青年、うつ病で会社を辞めた中年女性、刑務所帰りの初老の男。誰もが廣瀬の言葉に励まされ、少しずつ社会との接点を取り戻していくように見えた。
だが、その裏側で、嘉浩がまだ知らない歯車が、静かに軋み始めていた。




