第一章 名古屋市中村区、雨の朝
名古屋駅から歩いて二十分。中村区の路地裏に、築五十年を超える木造アパート「コーポ弥生」はあった。錆びた郵便受け、傾いた外階段、雨の日には廊下の隅から饐えたような臭いが立ちのぼる。その二階の角部屋、一〇三号室に、松央嘉浩は住んでいた。
五十歳。痩せて骨ばった体に、いつも同じ灰色のジャージを着ている。髪はところどころ白くなり始めていたが、本人はそれを気にする余裕もなかった。
朝六時、嘉浩は目を覚ます。決まって同じ時間だ。統合失調症の薬を飲むと、眠りは深くなるが、朝は決まって早く来る。枕元に並べた薬のシートを数え、今日の分を指で押し出す。リスペリドンの錠剤が、掌の上でわずかに湿っていた。
「……今日も、雨か」
窓の外を見て、独り言をつぶやく。誰に聞かせるでもない、長年の癖だった。生まれてすぐに乳児院の前に置かれた赤ん坊だった嘉浩には、話しかける相手がいない時間の方が、人生の大半を占めてきた。
新生児のとき、伏見の産婦人科病院に設置された「こうのとりのゆりかご」――いわゆる赤ちゃんポストに預けられた。母の顔も、父の名も、嘉浩は知らない。児童相談所の記録には「推定生後三日」とだけ書かれていたという。養護施設で育ち、名字は施設長が仮につけたものだった。「松央」という珍しい姓は、施設の裏庭にあった松の木に由来すると、後に聞かされた。
中学を出ると同時に施設を出た。中卒。集団生活には馴染めず、対人関係でつまずくことが多かった。二十代で発達障害の診断を受け、三十代で統合失調症を発症した。幻聴に苦しめられた時期もあったが、薬でどうにか抑えられるようになったのは、四十代に入ってからだ。
コンビニ、清掃業、工場のライン作業――どれも長くは続かなかった。人の目を見て話すことが苦手で、指示の意図を汲み取れず、些細な誤解から孤立する。気づけば生活保護を受給するようになって、もう八年になる。
食パンをかじりながら、嘉浩はテレビをつけた。ワイドショーが、どこかの企業の不正会計を報じている。
「不正、かぁ……」
嘉浩には縁のない言葉のように思えた。まだこの時は。




