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巻き込まれたアラフォー20歳若返る  作者: 虎太郎


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19/21

みんなと作ろう2

一週間後の朝。


 山口愛菜は、必要な道具を確認してから本邸の厨房へ向かった。


 今日は、あのとき仕込んだドライフルーツのラム酒漬けを使って、いよいよパウンドケーキを焼く日だ。


 厨房へ入ると、すでに料理人たちが準備を整えて待っていた。

 作業台の上には、量った材料と焼き型、そして蓋をした容器がきれいに並べられている。


「おはようございます」 「おはようございます。お待ちしておりました」 「今日はよろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 前回と同じ年長の料理人が答える。


 その声には、わずかに弾んだものが混じっていた。

 料理人たちも今日を楽しみにしていたのだろう。




 愛菜はまず、作業台の上の容器へ目を向けた。


「では、最初に様子を見てみましょうか」


 蓋を開けると、ふわりと甘く濃い香りが立ちのぼる。

 ドライフルーツはしっかりとラム酒を含み、最初のころよりもつややかで、やわらかそうに見えた。


「わあ……」 と、若い料理人のひとりが小さく声を漏らす。


 愛菜は笑ってうなずいた。


「いい感じです。ちゃんと漬かっています」 「香りが全然違いますね」 「はい。これを使うと、生地に入れたときの風味がぐっと良くなります」


 料理人たちも順番にのぞき込み、真剣な顔で状態を確かめていた。




「では、生地を作っていきます」


 愛菜は材料を前にして、順番に説明を始めた。


「今日は、混ぜる順番と生地の状態をよく見てください。分量も大事ですけど、それ以上に途中の混ざり方が大切なので」


 料理人たちはうなずき、それぞれ持ち場につく。


 愛菜がまず手本を見せ、そのあと同じようにやってもらう形にした。


 卵を溶き、砂糖と合わせ、なめらかになるまで混ぜる。

 油脂を加えるときも、一度に雑に入れるのではなく、生地のなじみを見ながら進めていく。


「ここは急がなくて大丈夫です」 「こうでしょうか」 「はい、そのくらいならいいです。分離しないようにだけ気をつけてください」


 料理人たちはさすがに手つきがいい。

 慣れた動きの中に、初めて扱う菓子への慎重さが混ざっていた。




 生地がまとまったところで、いよいよラム酒漬けのドライフルーツを加える。


「これを入れすぎると重くなりすぎますし、少なすぎると物足りなくなります」 「なるほど」 「全体に偏らないよう、やさしく混ぜてください」


 艶のある果実が生地に混ざっていくと、厨房の空気まで甘く豊かになったようだった。


 愛菜はひとつひとつの動きを見ながら、必要なところだけ声をかけていく。


「そこは底から返すように」 「はい」 「そうです、そのくらいなら大丈夫です」


 教えるというより、一緒に作っている感覚に近い。

 料理人たちが真面目に取り組んでくれるので、愛菜の声にも自然と落ち着きが出ていた。




 生地ができあがると、今度は焼き型へ流していく。


「表面は軽く整えておくと、焼き上がりがきれいです」 「細かいところで差が出るのですね」 「はい。見た目もけっこう大事なので」


 ひとつずつ丁寧に型へ入れ、準備が整ったところで焼きに入る。


 大きな厨房の窯へ運ばれていく焼き型を見ながら、愛菜は少しだけ胸が高鳴った。


 ここまで来れば、あとは待つ時間だ。


「焼いている間は、香りでもだいたい様子がわかります」 「香りで、ですか」 「はい。もちろん最後は見て確認しますけど」


 料理人たちは感心したようにうなずいていた。




 しばらくすると、厨房の中に甘く香ばしい匂いが広がり始めた。


 小麦と砂糖の焼ける匂いに、ラム酒とドライフルーツの深い香りが混ざる。

 それだけで、今日の出来が悪くないことがわかる。


「いい匂いですね」 「本当に」 「この香りだけでもおいしそうだ」


 誰かのそんな声に、愛菜も少し笑った。


「焼き菓子って、この時間も楽しいんですよね」


 やがて窯から取り出された型は、きれいな焼き色に仕上がっていた。


 ふくらみ方も悪くない。

 表面もこんもりとしていて、見た目にもおいしそうだった。


「わあ……」  今度は、何人かが同時に声を漏らした。




 愛菜は焼き上がったひとつを前にして、静かにうなずいた。


「うん、成功です」 「本当にきれいに焼けていますね」 「はい。しばらく落ち着かせたら、切ってみましょう」


 粗熱が取れるのを待つあいだも、料理人たちはどこか落ち着かない様子だった。

 早く中を見たいのが伝わってくる。


 やがて切り分けてみると、生地の中にはドライフルーツがほどよく散っていた。


「きれい……」 「ちゃんと均一に入っていますね」 「香りもすごくいいです」


 愛菜は断面を見て、ほっと胸をなで下ろす。


「これなら大丈夫そうです」




 切り分けたパウンドケーキを少しずつ口にすると、料理人たちの表情が変わった。


「おいしいですね」 「しっとりしています」 「前にいただいたものより、香りが深い気がします」


 その言葉に、愛菜は嬉しそうに笑った。


「一週間漬けたぶん、ちゃんとなじんでるんだと思います」 「確かに、これは違いますね」


 年長の料理人も感心したように何度もうなずいていた。


「大変勉強になりました。ありがとうございます」 「こちらこそです。皆さんが丁寧に作ってくれたから、きれいに焼けたんだと思います」




 本邸の厨房に広がる、焼きたての甘い香り。


 真剣だった料理人たちの顔が、味見のあとは少しやわらいで見えた。


 愛菜はその様子を見ながら、なんだか不思議な気持ちになる。


 最初はただ、お礼として贈ったパウンドケーキだった。

 それがこうして、本邸の料理人たちと一緒に作る時間につながっている。


「また作りたくなりますね」 と、誰かがぽつりと言った。


 愛菜はふふっと笑った。


「じゃあ、次はもっと慣れてから応用もできますよ」 「応用、ですか」 「入れるものを少し変えたり、香りを変えたり」 「それは面白そうですね」


 料理人たちの目がまた輝く。


 本邸の厨房で生まれた新しい楽しみを感じながら、愛菜は甘い香りの残る空気の中で、静かに微笑んだ。

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