感謝を伝えよう
工房兼住居での暮らしは、少しずつ愛菜のものになっていった。
朝は好きな時間に起きて、使いやすく整えた台所でお茶をいれる。
昼には工房で手を動かし、夜は自分の食べたい味の料理を作る。
そんな充実した毎日を送れるのは、最初にこの場所を与えてくれたエドワードたちのおかげでもあった。
「……ちゃんとお礼したいな」
思いついた愛菜は、小さくうなずく。
言葉だけでももちろん伝わる。
けれど、せっかくなら自分らしい形で感謝を渡したかった。
「じゃあ、お菓子にしよう」
作るものはすぐに決まった。
ドライフルーツをたっぷり入れた、しっとりしたパウンドケーキ。
日持ちもしやすくて、贈りものにも向いている。
愛菜はさっそく、必要な材料や足りない道具をホームセンターで揃えた。
小麦粉。
砂糖。
卵。
油脂。
ラム酒。
そしてたっぷりのドライフルーツ。
型や混ぜるための道具も確認し、足りないものはきちんと補う。
「うん、これで大丈夫そう」
材料がそろうと、それだけで少し気分が上がる。
大分へ行き愛菜はすぐに準備を始めた。
まずは時間のかかるドライフルーツから。
刻んだドライフルーツを耐熱ボウルに入れてたっぷりのラム酒を注ぐ。ふんわりラップをかけ電子レンジで1分加熱する。出して30分から1時間置いておく。
その間に材料を量り、順番に混ぜていく。
生地がなめらかになったところで、汁気を切ったドライフルーツをたっぷり加える。
「これくらい入ってたほうが絶対おいしいよね」
型に流し入れて焼き始めると、しばらくして甘く香ばしい匂いが部屋に広がった。
その香りに包まれているだけで、愛菜の気持ちまでほぐれていく。
焼き上がったパウンドケーキは、ふっくらとしていて見た目もきれいだった。
「うん、いい感じ」
粗熱を取ってから切り分けずに整え、贈りやすいように包む。
派手ではないけれど、気持ちはちゃんとこもっている。
愛菜は出来上がったパウンドケーキを持って本邸へ向かった。
通された先でエドワードに会うと、少しだけ緊張しながら差し出す。
「あの、これ……いつもお世話になっているお礼です」
「私にかい?」 「はい。工房も住む場所もいただいて、すごく助かっているので」
エドワードは目を丸くしたあと、嬉しそうに受け取った。
「これはまた、立派だねえ」 「ドライフルーツをたくさん入れてみました」 「それは楽しみだ」
そう言って笑う顔を見て、愛菜もほっとする。
「ありがとう。大事に食べるよ」 「いえ、こちらこそです」
そこでふと、エドワードが愛菜を見た。
「そういえば、この前貰った飴はまだあるかい?」 「え?」 「少し口さみしいときにつまめる物があると嬉しいんだが」
愛菜は一瞬きょとんとしてから、すぐに答えた。
「今は持っていませんけど、明日なら持ってこられます」 「本当かい?」 「はい」
エドワードはどこか楽しそうに笑った。
「それはありがたいな」 「じゃあ、明日お持ちしますね」
そう約束して、愛菜は工房兼住居へ戻った。
工房へ帰ると、愛菜はさっそくホームセンターで飴をよういした。ちょうどアソートで1キロ入ったやつがあったからそれにした。
「これだけあれば足りるかな」
少し多いかとも思ったが、頼まれたのならある程度まとめて持っていったほうがいい気がした。
翌朝すぐ持っていけるよう準備しておく。
翌朝。
愛菜は買っておいた飴をたくさん持って、本邸へ向かった。
使用人に案内されてエドワードのもとへ行くと、相手はすぐに気づいて目を細めた。
「おや、本当に持ってきてくれたんだね」 「はい。昨日のお話の飴です」
愛菜が差し出すと、エドワードは上機嫌で受け取った。
「これはいい。思っていたよりずっとたくさんあるな」 「少し多いかもしれませんけど、そのほうがいいかなと思って」
するとエドワードは、今度は懐から小さな袋を取り出して愛菜に渡した。
「では代金だ」 「えっ」
愛菜は驚いて目を瞬いた。
「い、いえ、そんな。昨日のお礼のお返しみたいなものですし」 「いや、これは頼んだ品への代金だよ」
そう言われて、愛菜は戸惑いながら袋を受け取る。
中を確かめると、思っていたよりずっと多く入っていた。
「え、あの、こんなに……?」 「多いかい?」 「かなり多いです。さすがにこれはいただきすぎです」
愛菜はあわてて返そうとした。
けれどエドワードは軽く手を上げて、それを止める。
「そのまま受け取っておきなさい」 「でも」 「君が持ってきてくれた物の価値が、私にはそれだけあったということだよ」
穏やかな口調だったが、譲る気はなさそうだった。
愛菜は返しかけた手を止め、袋を見つめる。
「……本当に、いいんですか」 「ああ。受け取ってくれたほうが私も気が楽だ」
そう言われてしまえば、これ以上押し返すのも違う気がした。
「……わかりました。ありがとうございます」
愛菜は少し迷いながらも、結局そのまま受け取った。
本邸を出たあとも、愛菜はしばらく袋の重みを手の中に感じていた。
感謝のつもりで贈ったパウンドケーキ。
頼まれて持ってきた飴。
その結果として渡された、思っていたよりずっと多いお金。
「びっくりした……」
ぽつりとつぶやきながらも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、ちゃんと価値を認めてもらえたようで、少しうれしい。
もちろん戸惑いはある。
けれど、それ以上に、自分の用意したものを喜んでもらえたことが嬉しかった。
工房兼住居へ戻る道すがら、愛菜はそっと袋を抱え直す。
「大事に使おう」
その声は小さいけれど、どこか弾んでいた。
パウンドケーキ焼き型 798ニウム
ラム酒 2580ニウム
ドライフルーツ 796ニウム
ミックスキャンディー1キロ 1280ニウム
計5,454ニウム
残金
54,797,301ニウム




