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巻き込まれたアラフォー20歳若返る  作者: 虎太郎


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何もない日常




工房兼住居での暮らしが落ち着きはじめると、愛菜の朝は自然と穏やかなものになった。


 まだ少しひんやりした空気の中で目を覚まし、寝台の上で小さく伸びをする。

 本邸の客室とは違う、自分で整えた部屋の空気に包まれるだけで、なんとなく気持ちがゆるんだ。


「よく寝た……」


 起き上がって窓を開けると、朝の風がふわりと入り込む。

 部屋の中にやわらかな光が落ちて、見慣れてきた家具や棚をやさしく照らした。


 小さな台所では、改造した電気ケトルですぐにお湯を沸かせる。

 その間に顔を洗い、簡単に身支度を整える。


 お湯が湧いたら、お茶をいれてひと息。


 朝いちばんに湯気の立つカップを手にする時間が、愛菜はすっかり好きになっていた。




 朝食は、その日の気分で簡単に用意する。


 前の日の残りを少し温めたり、軽く何かを焼いたり。

 野菜を切って添えるだけの日もある。


 電子レンジや炊飯器、電気ケトルが使えるだけで、朝の支度はずいぶん楽だった。


「これ、ほんと便利だなあ」


 誰に言うでもなくつぶやいて、小さな机でひとり朝ごはんを食べる。


 本邸のきちんとした食事もありがたい。

 けれど、自分の好きな味で、自分の好きな量を、気楽に食べられるこの時間はまた別の心地よさがあった。




 朝ごはんを終えたあとは、工房側へ移る。


 机の上を軽く整えて、その日に作りたいものや直したいものを考える。

 棚の位置を少し変えてみる日もあれば、細かな収納を作る日もある。


 何か大きなことをするわけではなくても、手を動かしているだけで落ち着いた。


「今日は何しようかな」


 そう言いながら、使いやすいように布を畳み直したり、小物の置き場を変えたり、簡単な道具を作り足したりする。


 急がなくていい。

 誰かに追われることもない。

 自分のやりたい順番で、少しずつ整えていける。


 その自由さが、愛菜には何より嬉しかった。




 昼や夜が近づけば、今度は台所に立つ。


 街で買ってきた食材と、自分で用意した調味料を使って、その日の食べたいものを考える。

 難しい料理ではなくてもいい。

 ちゃんと自分が食べたい味であることが大事だった。


 鍋から立つ湯気。

 香る調味料。

 火加減を見ながら混ぜる時間。


 その全部が、愛菜には楽しい。


「やっぱり味があるって大事……」


 思わずそんなことをつぶやいてしまうくらいには、食事の満足感は大きかった。


 ひとり分の食事でも、手をかけるとちゃんと気分が変わる。

 おいしく食べられるだけで、その日は少し良い日になる気がした。




 日が落ちたあとの時間も、以前よりずっと快適だった。


 魔石で動くように改造したランプ型のLEDライトのおかげで、部屋の中は明るい。

 手元もよく見えるから、夜に片づけをしたり、少しだけ作業したりするのも苦にならない。


 全部終わったあとは、椅子に座ってお茶を飲む。


 静かな夜。

 明るい部屋。

 自分で整えた家具と、自分の手で暮らしやすくした空間。


 その中にいると、ようやく本当に落ち着ける気がした。


「いいなあ、この暮らし」


 ぽつりとこぼした声は、静かな部屋にすぐ溶けていく。


 誰かに急かされることもなく、好きなものを作って、好きなように整えて、ちゃんと休む。


 派手ではない。

 けれど愛菜にとっては、それだけで十分に満たされる毎日だった。




 工房兼住居で過ごす日々は、特別な出来事がなくても楽しかった。


 朝に窓を開けること。

 使いやすくなった台所に立つこと。

 作業台に向かって、今日は何をしようか考えること。

 夜に明るい部屋でゆっくりすること。


 そんな小さなことのひとつひとつが、愛菜の心をやわらかく満たしていく。


 気づけばこの場所は、ただ暮らすための家ではなくなっていた。


 手をかけたぶんだけ馴染んでいく、愛菜の大事な居場所だ。


 山口愛菜は、その日も湯気の立つカップを片手に、静かな部屋を見回してそっと笑う。


「うん。やっぱり、ここ好きだな」


 そのつぶやきは、とても自然で、あたたかなものだった。

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