家電を魔改造
翌朝。
山口愛菜は工房兼住居の作業台の前に立ち、腕を組んで考え込んでいた。
生活できる環境はひとまず整った。
食事もどうにかなった。
けれど、日本から持ってきた便利な家電は、まだほとんど使えないままだ。
「どうにか使えるようにしたいんだけどなあ」
そうつぶやきながら室内を見回したとき、愛菜の目が壁際のランプに留まった。
この世界では、灯りに魔石を使う。
火ではなく、魔石から力を引き出して明かりをともしているのだ。
「あ」
愛菜はふっと目を見開いた。
「魔石を使えば、家電も動かせるかも」
思いついた瞬間、胸が高鳴る。
魔石の力をうまく使って、日本の家電が動く形へ変換できれば。
この家での暮らしは一気に便利になるはずだ。
とはいえ、いきなり大事な物から試すのは怖い。
もし失敗して壊れても、まだ被害の少ない物がいい。
「最初は電気ケトルかな」
愛菜はアイテムボックスから電気ケトルを取り出し、作業台の上へ置いた。
それから、ランプの構造を思い出しながら、魔石の力を受ける部分と、それを家電に合う形へ変える部分を考えていく。
足りない部品は魔法で作る。
内部のつながりも、壊さないよう慎重に確認しながら整えていく。
「ここで受けて、こっちで流れを落ち着かせて……たぶんこれでいけるはず」
細かな調整を何度も重ねてから、愛菜はそっと魔石をはめ込んだ。
少し緊張しながら様子を見る。
すると、電気ケトルがきちんと反応した。
「えっ」
思わず身を乗り出す。
さらにじっと見守る。
異音はない。
おかしな匂いもしない。
そして少しずつ中の水が温まり始める。
「ほんとに動いた……!」
やがて湯が沸き、きちんと止まったところで、愛菜は顔を輝かせた。
「やった!」
成功を確かめると、愛菜はその湯でお茶をいれた。
湯気の立つカップを手に、小さな机に座る。
「はあ……」
ひとくち飲むと、ほっと肩の力が抜けた。
ちゃんと動いた。
壊れなかった。
思いつきが、本当に形になった。
「これなら、ほかの家電もいけそう」
嬉しくなって次に手を伸ばしかけたところで、愛菜はふと気づく。
使った魔石は、さっき外して借りたランプの物だけだ。
「……あれ」
愛菜はカップを置いて、電気ケトルと魔石を見比べた。
「魔石、これ一個しかないんじゃ、次ができない」
家電をいくつも動かすなら、当然それだけ魔石が必要になる。
ひとつずつ付け替えて使うのでは、さすがに不便すぎる。
「どこで売ってるんだろう」
愛菜はすぐに立ち上がり、本邸へ向かった。
玄関先で使用人に声をかけ、エドワードたちの都合をうかがう。
ほどなくして通された先で、愛菜は少し遠慮がちに切り出した。
「あの、魔石ってどこで手に入りますか」
エドワードは少し意外そうに目を瞬かせた。
「魔石?」 「はい。工房のランプを見ていて、生活の中で使うのに便利そうだなと思って」 「なるほど」
細かな事情までは言わないままでも、そこは特に不自然ではなかったらしい。
エドワードは軽く考えてから言った。
「街でも買えるが、うちにも予備があるよ」 「えっ」 「ランプや簡単な道具に使う分なら、いくらか余らせてある」 「そうなんですか」
愛菜が目を丸くすると、リベットがやわらかく微笑んだ。
「必要なら使っていいわよ。古いものや余っているものもあるし」 「いいんですか?」 「もちろんだとも」
エドワードもあっさり頷く。
「どうせ保管してあるだけの物もある。必要な分を持っていくといい」 「ありがとうございます」
思っていた以上にあっさり譲ってもらえて、愛菜はほっとした。
余っている魔石をいくつか受け取って工房兼住居へ戻るころには、愛菜の足取りはかなり軽くなっていた。
「これで続きができる」
まずは電気ケトルに使った仕組みをもとに、次の家電へ取りかかる。
炊飯器。
電子レンジ。
冷蔵庫。
どれも日常生活ではかなり重要だ。
愛菜は改造のたびに、魔石の力を受ける部品を魔法で作り、内部へなじませるように整えていく。
炊飯器と電子レンジは、うまく動けばかなり便利になる。
米が安定して炊けるだけで、いつでも温めなおせるだけで食生活の安心感が違う。
「これは絶対使いたいんだよね」
慎重に調整して、無事に動いたとき、愛菜は満足そうに頷いた。
冷蔵庫はさらに慎重だった。
途中で止まったら困るからこそ、力の流れが不安定にならないよう何度も確かめる。
時間はかかったが、どうにか冷え始めたのを見て、愛菜はようやく肩の力を抜いた。
「よかった……本当によかった」
家電の改造が進むうちに、愛菜は部屋の明かりにも手を入れたくなった。
この世界のランプでも暮らせる。
けれど、夜に作業するには少し心もとない。
「もうちょっと明るくしたいよね」
そこで愛菜は、ランプ型のLEDライトを取り出した。
見た目はこの世界の灯りになじむ形のものを選び、中身だけを魔石で動くよう改造していく。
ここでも魔法が活躍した。
必要な部品を作り、内部を傷めず整え、力が自然に流れるように組み直す。
いくつか仕上げて部屋に置くと、夜になったときの明るさは見違えるほど変わった。
「すごい……」
住居スペースも。
工房側も。
今までよりずっとはっきり見える。
これなら日が暮れてからも不便が少ない。
手元の作業もしやすいし、食事の支度も片づけも楽になる。
その日の終わり、愛菜は明るくなった部屋の真ん中に立ち、ぐるりと見回した。
お湯が沸かせる。
ごはんが炊ける。
温めなおすことができる。
食材を冷やしておける。
夜でも明るく過ごせる。
昨日までとは比べものにならないほど、生活が便利になっている。
「いいなあ……」
思わず、しみじみと声が漏れた。
最初はランプを見て思いついただけだった。
けれど、そのひらめきがここまで形になるなんて、自分でも少し驚いている。
しかも本邸に余っていた魔石を譲ってもらえたおかげで、思ったよりずっと早く進めることができた。
愛菜は満足そうに笑った。
「これで、かなり快適になったかも」
工房兼住居は、もうただ寝起きするための場所ではない。
愛菜の工夫と魔法で、少しずつ理想の暮らしに近づいていく場所になっていた。




