調味料を探そう
翌朝。
本邸で目を覚ました愛菜は、身支度を整えると早々に工房兼住居へ向かった。
昨日のうちに、ある程度は住めるようにしてある。
けれど、暮らしていくにはまだ足りない。
もっと使いやすく、もっと落ち着ける場所にしたかった。
「今日は昨日の続きだね」
工房兼住居へ入ると、昨日整えた空気がそのまま残っていて、愛菜は少しだけ頬をゆるめた。
窓を開けて朝の空気を通し、それから室内を見回す。
日本から商品を購入できることは、まだ誰にも話していない。
けれど、アイテムボックスが使えることも、魔法で物を直せることも、この家の人たちはすでに知っている。
なら、そこは遠慮なく使っていけばいい。
「使えるものは使わないともったいないよね」
愛菜はまず、棚や机の位置を見直した。
物置から持ってきた家具のがたつきは魔法で整え、傷んでいたところも自然になじむように直していく。
棚板の高さも使いやすいように調整する。
小机の表面のざらつきも整える。
椅子の脚も安定するように直す。
住居スペースでは寝具まわりをきちんとまとめ、日用品を置く場所を作った。
台所では卓上コンロをこの世界でも無理なく使えるようにした状態で設置し、火を使う場所と作業する場所のつながりも確認する。
トイレも昨日の続きを進めて、より日本で使っていたものに近い感覚で使えるよう細かく手を入れた。
「うん、だいぶいい感じ」
工房側も、作業台のまわりをさらに整える。
道具を置く位置。
材料をしまう場所。
動きやすい導線。
思いつくたびに少しずつ直していく作業は、愛菜にとって楽しい時間だった。
気がつけば午前の時間はあっという間に過ぎていた。
愛菜は部屋の真ん中に立ち、ぐるりと見回す。
寝る場所がある。
休む場所もある。
料理ができる台所がある。
トイレも落ち着いて使える。
工房も最低限、ちゃんと作業ができる形になった。
「よし。これならとりあえず生活できる」
もちろん、まだ手を入れたい場所はたくさんある。
けれど、今日の目的としては十分だ。
ここまで整えたなら、次は買い物に行きたい。
愛菜が一番気にしていたのは、やはり食事だった。
本邸の料理は丁寧でやさしい味だったが、愛菜にはどうしても物足りなく感じる。
自分で暮らすなら、まずは調味料を揃えたい。
そうすれば、食事はきっともっと楽しくなる。
愛菜は本邸のほうへ戻ると、廊下で見かけた使用人に声をかけた。
「すみません。街へ行きたいんですが、どう行けばいいでしょうか」
使用人はすぐに丁寧に答えてくれた。
「街でしたら、正門を出て道なりに進めば着きます。徒歩でも行けますし、大きな噴水のある広場まで行けば店が集まっております」 「そうなんですね」 「はい。道もわかりやすいので、迷うことは少ないと思います」 「ありがとうございます。助かりました」
礼を言ってから、愛菜は軽く出かける支度を整えた。
「まずは調味料からだね」
街へ着くと、愛菜はさっそく食材や乾物を扱う店を見て回った。
今日の目的ははっきりしている。
食事を改善するための、香辛料や調味料だ。
乾物屋らしい店をのぞき、棚の上や奥の壺まで真剣に見ていく。
塩はある。でも、岩塩だった。
砂糖もあるが、かなり高いし、色も茶色っぽい。
けれど、それ以外となると期待していたほどではなかった。
乾燥させた香草が少し。
香りづけに使えそうなものがわずかにある程度。
辛みや深みを出せそうな調味料は、ほとんど見当たらない。
「……うーん」
愛菜は小さく唸った。
ないわけではない。
けれど、これだけでは自分が思っていたような味には届かなそうだ。
店をいくつか回ってみても、結果は大きく変わらなかった。
「やっぱり、ご飯を食べて感じたのとおなじ、調味料関係は日本と大分違うかも」
肩を落としそうになってから、愛菜はすぐに気持ちを切り替える。
ないものは仕方ない。
そこは別の方法で補えばいい。
日本の品を買えることは隠している。
けれど、自分の家へ戻ってから。
「調味料は、あとでスキルで揃えよう」
そう決めると、気持ちは少し楽になった。
調味料は後回しにして、愛菜はそのまま他の食材を見て回ることにした。鑑定を使いつつ買い物をしていった。
野菜。
卵。
肉。
豆や穀類。
油代わりに使えそうなもの。
最初から無理はしない。
見てすぐ使い道がわかるものや、今日の夕食に使いやすそうなものを中心に選んでいく。
「このあたりなら何とかなるかな」
知らない食材ばかりに手を出すより、まずは扱いやすいものから始めるほうがいい。
愛菜はひとつずつ確かめながら、必要な分だけ買いそろえた。
工房兼住居へ戻ると、愛菜は買ってきた食材を台所へ並べた。
「さて、じゃあ調味料だよね」
誰も見ていないことを確認してから、ホームセンター使って、必要な調味料をがっつり揃える。
砂糖、塩、醤油、味噌これらは欠かせない。
調理酒や味醂も。
塩胡椒もあったほうが良い。
とりあえず、今日食べたい生姜焼きに欠かせない生姜も。
欲しかったものが手元にそろうと、それだけでほっとした。
「これでようやくちゃんと作れる」
愛菜はさっそく夕食の支度を始めた。
今日は生姜焼きがたべたい気分だった。
玉ねぎのような野菜を切り、肉も豚肉に近い物を用意し下ごしらえをして、鍋を火にかける。
整えたばかりの台所は思っていたより使いやすく、作業はすいすい進む。
香りが立つ。
味を見て整える。
足りないものを少し足す。
そのひと手間だけで、空気まで変わったように感じた。
「うん。やっぱりこれこれ」
出来上がったのは、食べたかった生姜焼き、温かい味噌汁、それに食べやすく整えた付け合わせだった。
豪華ではない。
でも、自分が食べたい味の食事だ。
小さな机に料理を並べ、愛菜は椅子に腰かけた。
「いただきます」
ひとくち食べて、ほっと息がもれる。
「おいしい……」
ちゃんと味がある。
香りもある。
食べていて満足できる。
本邸の食事が悪いわけではない。
ただ、愛菜にはやはりこれくらいの味のほうが落ち着いた。
整えたばかりの工房兼住居。
使いやすくした台所。
街で選んだ食材。
そして足りない分を補った調味料。
その全部がそろって、ようやく本当にここで暮らし始めた気がする。
山口愛菜は、湯気の立つ食事を前に、静かに笑みをこぼした。
「……いいなあ、これ」
まだ始まったばかりだ。
けれどこの暮らしは、きっと思っていた以上に楽しくなる。
そんな予感に満たされながら、愛菜は自分で作った晩ごはんをゆっくり味わった。
「明日は家電をどうにかしよう」
この世界の夜は早い。明かりが少ないから。
だから、少し早いけど寝る事にする。
明日を楽しみにして。
砂糖 289ニウム
塩 84ニウム
醤油 386ニウム
味噌 516ニウム
酒 289ニウム
みりん 327ニウム
顆粒だし 343ニウム
味塩胡椒 235ニウム
チューブ生姜 116ニウム
計2,585ニウム
残金
54,802,755ニウム




