私の城3
ひととおり掃除を終えたあと、愛菜は腰に手を当てて室内を見回した。
窓を開けて風を通し、床も棚もきれいにしたことで、さっきまでの古びた印象がかなりやわらいでいる。
「うん。いい感じ」
作業台も棚も、見た目以上にしっかりしていた。
少し手を入れれば、もっと使いやすくなる。
そう思うと、胸の奥がむずむずするように落ち着かなかった。
「よし。次は家具だよね」
けれど、ここで日本から持ってきた家具を次々に出すわけにはいかない。
自分が多くの荷物を持っていることは、まだ知られたくなかった。
だから、表向きに使う家具は、この屋敷の物置にあるものを借りて、それを直して使うことに決めていた。
屋敷の者に声をかけて物置を見せてもらうと、そこには古いベット、椅子や小机、棚、木箱などがいくつも眠っていた。
どれも傷や色あせはある。
けれど、土台はしっかりしているものが多い。
愛菜はその中から、少し傷の有るベット、背の低い棚をひとつ、小さめの机をひとつ、椅子を二脚、それから引き出し付きの小ぶりな収納棚を選んだ。
「このあたりなら、手を入れたら十分使えそう」
傷んでいる部分を確かめながら呟くと、案内してくれた使用人が感心したように目を丸くする。
「そんな古い物でよろしいのですか」 「はい。たぶん、きれいにできます」
工房へ戻ってから、愛菜はさっそく作業に取りかかった。
がたつく脚は削って高さをそろえる。
表面のざらつきは磨く。
古い金具も使えるものは残し、だめなところだけ目立たないように整える。
生成魔法も使うが、あくまで補助だ。
一気に別物を作るのではなく、今ある物を自然に直し、使いやすく整える。
それが今の愛菜にはちょうどよかった。
「こういうの、楽しいんだよねえ」
少し削って、撫でて、確かめて。
手をかけるたび、眠っていた家具が少しずつ息を吹き返していく。
家具の形が整ってくると、今度は住居スペースに手を入れる。
表向きの家具は屋敷の物置から選んだものを使う。
けれど、布類まで全部こちらで揃える必要はない。
リネンやタオル、寝具の一部は、日本で使っていたものを中心に使うことにした。
もちろん、人目につかないよう気をつけながらだ。
愛菜は一人のときを見計らって、アイテムボックスから布類を少しずつ取り出した。
使い慣れたシーツ。
肌ざわりのいいタオル。
落ち着いた色のクロス。
小さめのクッションカバー。
派手ではない、けれど清潔で見慣れた布たちを置くだけで、部屋の空気が一気に自分のものになる。
「やっぱり布って大事……」
寝台まわりを整え、棚に布をかけ、小机にも一枚敷く。
それだけで、古い部屋がぐっとやわらかい雰囲気になった。
次に愛菜が手を入れたのは、小さな台所だった。
流しと簡単な調理台、それに炉はある。
けれど愛菜としては、もう少し使いやすくしたい。
そこで日本から持ってきていた卓上の調理器具を、こちらでも使えるように工夫することにした。
「そのままだと無理だから……まずはここからかな」
卓上コンロを出し、魔力を通すための変換用の部材を生成魔法で少しずつ作っていく。
いかにも異質な見た目にならないように。
無理なくこの世界の道具に見えるように。
けれど中身はきちんと使えるように。
愛菜は細かく調整しながら、設置用の台も整えた。
火を使う場所と熱源の位置。
周囲の壁との距離。
調理中に手を伸ばしやすい高さ。
そういうことをひとつずつ確かめてから、ようやく満足げにうなずく。
「これならいけそう」
試しに少しだけ動かしてみると、ちゃんと使えた。
愛菜の顔がぱっと明るくなる。
「よし。これでごはんの幅が広がる」
朝食の淡白さを思い出し、ちょっとだけ遠い目になる。
「やっぱり、自分で何か作れる環境は大事だよね……」
さらに愛菜が見逃さなかったのは、生活まわりの中でもかなり大事な場所だった。
「……うん。ここも絶対に何とかする」
確認したトイレは、この世界では普通なのだろう。
けれど愛菜にとっては、どうしてもそのままでは落ち着かなかった。
だからこそ、できる範囲で日本で使っていたものに近づけることにする。
形をまるごと変えてしまうのではなく、この世界の設備になじむように少しずつ改造する。
水の流れ。
座りやすさ。
掃除のしやすさ。
においがこもりにくい作り。
必要な部材を考え、目立たないところは生成魔法で補いながら、使い勝手を上げていく。
「これ、大事なんだよ。本当に」
誰に言うでもなく真剣な顔で呟きながら、愛菜は細かな調整を重ねた。
見た目だけでなく、使ったあとにちゃんと快適と思えること。
そこはどうしても譲れない。
そうして夕方が近づくころには、工房兼住居の空気はすっかり変わっていた。
家具は古い物置の品を活かして整えた。
布類は見慣れたものを中心にして落ち着く空間にした。
台所は自分が使いやすい形へ近づけた。
トイレも、安心して使える方向へ手を入れた。
派手ではない。
けれど確実に、暮らしやすくなっている。
愛菜は部屋の真ん中に立ち、ぐるりと見回した。
「……うん、好き」
ぽつりとこぼしたそのひと言に、満足がにじむ。
まだ全部ではない。
直したい場所はほかにもある。
工房としても、住まいとしても、もっと良くできる。
それでも今はもう、この家がただの借りものの場所ではなくなっていた。
少しずつ手をかけて、工夫して、考えて整えた場所。
それはもう、愛菜の暮らしが始まる家だった。
「今日はこのくらいにしておこう。」
まもなく夕ご飯の時間になるので、本邸に戻る事にする。
本当は今日から住めるが、今日は本邸で過ごす事にする。




