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巻き込まれたアラフォー20歳若返る  作者: 虎太郎


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10/21

私の城



この世界に来てから二日目の朝。

 山口愛菜が目を覚ますと、窓の外にはやわらかな朝の光が広がっていた。



 まだ二日しか経っていない。

 それなのに、ずいぶん長い時間を過ごしたような気がする。



 昨日は気を張っていたせいで平気なつもりだったが、静かな客室で眠ったおかげで、自分が思っていた以上に疲れていたことがわかった。

 知らない土地で、知らない人たちの中にいて、しかも自分にはまだ話していないことがいくつもある。だからこそ、安心して過ごせる場所のありがたさが身にしみた。




 身支度を整えて部屋を出ると、侍女に案内されて朝食の席へ向かう。

 食卓に並んでいたのは、やわらかく炊いた粥に、軽く焼いた白身魚、薄味で煮た野菜だった。


 ひとくち食べて、愛菜は心の中でほんの少しだけ肩を落とす。


 やさしい味だ。

 身体にはよさそうだし、丁寧に作られているのもわかる。

 けれど、昨夜と同じでやっぱりかなり淡白だった。塩気も控えめで、正直なところ、少しがっかりする。


「どうかしたかい」


 エドワードに声をかけられ、愛菜ははっとして顔を上げた。


「いえ。おいしいです」 「そうかい」 「はい。とても食べやすいです」


 嘘ではない。

 ただ、もう少し味がしっかりしていたら嬉しい、というだけだ。


 向かいでリベットが小さく微笑んだ。

 何か察したようにも見えたが、何も言わない。その気遣いがありがたかった。


 朝食を終え、食後のお茶が運ばれてきたころ。

 エドワードが立ち上がる。



「それじゃあ、約束どおり案内しようか」 「工房ですか」 「そうだよ」


 そのひと言で、愛菜の表情がぱっと明るくなった。

 リベットがくすりと笑う。


「本当に好きなのね」 「はい。すごく気になります」





エドワードに連れられて、本館の裏手へ向かう。

 朝の庭は澄んだ空気に包まれ、草木にはまだ露が残っていた。


 少し歩いた先、木立の向こうに見えてきた建物に、愛菜は思わず目を瞬かせる。


「……家ですね」 「そう。工房兼住居だよ」


 白っぽい壁に木の扉。小さな煙突。

 大きくはないが、こぢんまりとしていて、どこかあたたかみのある家だった。窓枠には少し古さが見えるものの、造りそのものはしっかりしている。庭先には小さな花壇も残っていた。


「昔、屋敷に出入りしていた職人が滞在するときに使っていてね」 「へえ……」


 エドワードが扉を開ける。


「入ってごらん」


 中へ足を踏み入れた愛菜は、思わず息をのんだ。


 正面には作業台。

 壁際には棚。古い工具箱。窓からは朝の光がたっぷり差し込み、作業をするにはちょうどよさそうな明るさだ。


 奥には小さな流し台と炉。

 さらにその先には寝起きができる部屋と、小さな居間まである。


「すごい……」


 豪華ではない。

 けれど、作って暮らすには十分すぎるほど整っていた。


「気に入ったかい」 「はい。すごく」


 愛菜は、もう頭の中で使い方を考え始めていた。





「ここ、好きにしていいよ」


 エドワードのその言葉に、愛菜ははっと振り返る。


「好きに、ですか」 「ああ。必要なら手を入れてもいい。使いやすいように整えて構わない」


 その瞬間、胸がどきんと鳴った。


 好きにしていい。

 そのひと言だけで、頭の中に次々と構想が浮かぶ。


 棚の位置を変えたい。

 作業台の上ももっと使いやすくしたい。

 住む場所としても落ち着けるようにしたい。


 けれど同時に、愛菜は胸の内でそっと自分に言い聞かせる。

 うっかりしないこと。

 自分の事情も、手持ちの物も、まだ何もかも話していいわけではない。


 この世界に来た経緯も。

 たくさんの荷物をしまっていることも。

 便利な力を持っていることも。


 今はまだ、内緒だ。


「住める場所まであるなんて、思っていませんでした」 「工房だけより便利だろう」 「はい。すごく」



 愛菜は、奥の住居スペースへ目を向けた。

 寝台を置けそうな部屋。小さな居間。少し手を入れれば、かなり居心地がよくなりそうだ。

 



「何か足りないものがあれば、屋敷の倉庫も見ていいよ」 「え」 「古い家具や道具なら、まだいくらか残っているはずだから」




 その申し出に、愛菜の胸がさらに高鳴る。


「そんなことまでしていただいていいんですか」 「空いたままにしておくより、使ってもらうほうがいいからね」


 その言葉に、愛菜はもう一度部屋の中を見回した。


 古くても、まだしっかりしている家。

 自分の手で整えれば、もっとずっと使いやすくなる場所。

 工房としても、住まいとしても、良くしていける余地がたくさんある。




 愛菜は作業台にそっと触れ、窓の位置を確かめ、奥の部屋をのぞきこんだ。


 ここには棚を置きたい。

 あちらには布をかけたら落ち着きそうだ。

 窓辺には机があってもいいかもしれない。

 作業場と住む場所をうまく分ければ、もっと気持ちよく過ごせそうだ。


 考えているうちに、胸がどんどんわくわくしてくる。


「楽しそうです」 「そう思うならよかった」 「すごく楽しそうです。何から始めるか迷うくらい」


 思わず声が弾む。

 エドワードはそんな愛菜を見て、満足そうに目を細めた。


「そんなに気に入ったなら、案内した甲斐がある」 「ありがとうございます」 「礼を言うのは、ちゃんと使い始めてからでいいよ」


 愛菜は笑って頷く。


 朝食は、やっぱり少し味が薄かった。

 少しだけがっかりもした。

 けれど今は、それを忘れるくらい気持ちが浮き立っている。


 まだこの世界に来て二日目。

 不安がなくなったわけではない。

 話せないこともたくさんある。


 それでも、自分の手で整えていける場所があるだけで、こんなにも心が軽くなるのだと思った。


 泊まるだけの部屋ではない。

 ただ置かれるだけの場所でもない。


 ここは、自分で工夫して、自分の居場所にしていける場所だ。


「まずは掃除ですね」 「うん」 「棚も見たいし、使える道具も確認したいです」 「もう始める気だね」 「はい」


 即答すると、エドワードが楽しそうに笑った。


 山口愛菜は、朝の光に満ちた小さな工房兼住居の真ん中で、これから始まる新しい暮らしに胸を弾ませていた。


 古くても、あたたかみのあるこの家を、自分の手でもっと心地よい場所にしていける。

 そう思うだけで、未来が少し明るく見えた。

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