第一話 ヒトメと正解探し
ヒトメは、ゆっくりと、近づいてきた。
その一つ目が、四郎を、じっと、捉える。
四郎
「いや、めちゃくちゃ見られてる」
ヌラリ翁
「あやつは、いつもそうじゃ」
「相手を、一点で、見定める」
「それが、あやつのツッコミの極意じゃからな」
四郎
「極意って言われても、見られてるこっちは、落ち着かないんだけど」
ヒトメが、吠える。
「それじゃない!」
「お前のツッコミ、それじゃない!」
「お前の生き方、それじゃない!」
「お前の選んだ会社、それじゃない!」
「お前が今食ってるプリンも、それじゃない!」
四郎
「プリンは関係ないだろ!?」
「ていうか、何が『それ』なんだよ!」
ヒトメ
「それじゃない!」
四郎
「答えになってない!」
ドゴォォォォォォン!!
【視野狭窄結界】
発動。
世界が、急に狭くなった気がした。
四郎の頭の中に。
声が響く。
『その選択、本当にそれでいいの?』
『もっと正解があるんじゃない?』
『今のままじゃダメなんじゃない?』
HP
50000000
↓
20000000
四郎
「うっ……!」
七海(電話越し)
「四郎、無事?」
四郎
「敵が、すごい正論を言ってくる!」
七海
「具体的には?」
四郎
「『それじゃない』しか言わない!」
七海
「……それただの圧では?」
その通りだった。
ヒトメは。
具体的な代案を。
一切持っていなかった。
ただ。
「それじゃない」
とだけ。
巨大な目で。
睨み続ける。
四郎は、必死に、踏みとどまった。
四郎
「じゃあ、何が正解なんだよ!」
ヒトメ
「それじゃない!」
四郎
「だから、それじゃないなら、何だって聞いてんの!」
ヒトメ
「……」
「それじゃ、ない」
声が、少し、弱くなった。
四郎は、その揺らぎを、見逃さなかった。
四郎
「あれ、今、ちょっと、止まったよな?」
ヌラリ翁
「お前さん、よう気づいたのう」
「あやつ、本当は」
「『正解』を、知らんのじゃ」
四郎
「えっ」
ヌラリ翁
「知らんから」
「『それじゃない』としか、言えん」
「……」
「分からんものを、否定することでしか」
「自分を、保てんのじゃろう」
四郎は、その言葉に、何かを、感じた。
それは。
決して、他人事ではなかった。
四郎
「(それ、オレもやったことある気がする……)」
ヒトメが、再び、迫ってくる。
「それじゃない!」
「お前のやり方、それじゃない!」
「ここまで来て、まだ分かってないのか!」
その猛攻に。
四郎は、押される。
HP
20000000
↓
8000000
四郎
「うわっ、押し負けそう……!」
その時。
ヒトメの巨大な目の奥に。
四郎は、何かを、見た。
それは。
不安そうな、小さな、瞳のような、何か。
ヒトメの中心に、確かに、揺れていた。
四郎
「(あの目、怖がってる……?)」
四郎は、立ち止まり、よく、見つめた。
ヒトメの一つ目は。
威嚇するように、見開かれている。
だが。
その奥に。
小さく、震えるような、光があった。
四郎
「ヒトメ」
「……」
「お前、本当は」
「自分でも、何が正解か、分からなくて」
「怖いんじゃないか」
静寂。
ヒトメの動きが、ぴたりと、止まった。
ヒトメ
「……」
「お前に」
「何が、分かる」
四郎
「分からないよ」
「……」
「でも」
「『それじゃない』って言い続けるのって」
「すごく、エネルギー、使うだろ」
「……」
「正解を探し続けるのも」
「正解じゃないものを、否定し続けるのも」
「どっちも、しんどいと思う」
ヒトメの巨大な目が、揺れる。
ヒトメ
「儂はな」
「……」
「昔」
「ツッコミの『正解』を」
「ずっと、探しておった」
四郎
「うん」
ヒトメ
「相方が、何かボケる」
「……」
「儂は、その瞬間に」
「『一番、正しいツッコミ』を」
「選ばなければ、ならんかった」
「……」
「一瞬でも、迷えば」
「客は、笑わん」
「……」
「だから」
「儂は」
「『正解じゃないもの』を」
「全部、消していった」
「……」
「それしか」
「やり方が、分からんかったんじゃ」
四郎は、その言葉に、覚えがあった。
完璧主義。
正解探し。
100点以外は不正解。
『湿拳四郎ZZZ』で戦った敵たちと。
根は同じだった。
だが。
ヒトメは。
悪意ではなかった。
ただ。
正解を探すことに。
疲れていた。
四郎
「ヒトメ」
「……」
「正解を、探すこと自体は」
「悪いことじゃないと思う」
「……」
「でも」
「『それじゃない』しか言わなかったら」
「お前の隣にいる相方は」
「『じゃあ、どうすればいいんだ』って」
「ずっと、迷い続けることになるだろ」
ヒトメ
「……」
「それは」
「分かっておる」
「……」
「だが」
「正解が」
「分からんのじゃ」
「儂にも」
四郎の胸の七つの傷が、わずかに、光る。
ドクン。
四郎
「ヌラリ翁」
ヌラリ翁
「うむ」
「この島の戦い方、教えてくれ」
ヌラリ翁
「簡単じゃ」
「殴らんでええ」
四郎
「えっ」
ヌラリ翁
「笑わせればええ」
静寂。
四郎
「……今まで殴ってきたんだけど」
ヌラリ翁
「拳に決まりはない」
「お前さんの拳は」
「相手の心をほどく拳じゃろう」
「なら」
「ここでは“笑わせる拳”になる」
四郎は、少し考えた。
そして。
ヒトメを見た。
「なあ、ヒトメ」
ヒトメ
「それじゃない」
四郎
「まだ何も言ってない」
ヒトメ
「……すまん、癖じゃ」
四郎
「いいよ」
「……正解、探すの疲れたろ」
ヒトメの目が、揺れる。
四郎は続けた。
「オレも、ずっと探してた」
「……」
「100点の人生」
「……」
「完璧な答え」
「……」
「でも」
笑う。
鼻をすすりながら。
ズビッ。
「正解じゃなくても」
「……」
「それで笑えたら」
「もう、それでいいんじゃないか」
ヒトメ
「……」
「笑えたら」
「それで、いい……?」
四郎
「うん」
「……」
「正解を出すことより」
「目の前の相手と、ちゃんと、向き合うことの方が」
「大事なんじゃないかな」
「……」
「お前が、本気で、相方のボケに、ツッコんでた時」
「それ、正解じゃなくても」
「ちゃんと、笑いになってたんじゃないか」
静寂。
ヒトメの巨大な目から。
一筋、光るものが落ちた。
ヒトメ
「儂は……」
「……」
「相方を、笑わせたくて」
「ツッコミを、続けてきた」
「……」
「それなのに」
「いつしか」
「『正解を出すこと』が」
「目的に、なってしもうた」
「……」
「相方の顔を」
「ちゃんと、見れんようになっとった」
四郎
「今からでも、見ればいいよ」
ヒトメ
「……」
「見て、いいのか」
四郎
「いいよ」
「……」
「正解じゃなくても」
「笑ってくれるなら」
「それで、十分だろ」
その瞬間。
四郎の胸の七つの傷が輝く。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
笑界編・第一奥義。
湿拳・笑い納得拳
ヌラリ翁
「ほう、ええ拳じゃ」
効果。
『正解を探すのをやめさせる』
『今のままで笑えることを思い出させる』
『ツッコミではなく、共感を届ける』
四郎
「行くぞ!」
ヒトメ
「それじゃ――」
四郎
「それでいい、だろぉぉぉぉぉ!!」
ズガァァァァァァァァァン!!
直撃。
世界が、少しだけ明るくなる。
すると。
ヒトメの目から。
次々と涙がこぼれた。
それは。
悲しみの涙ではなく。
どこか。
安堵に近い涙だった。
「儂は……」
「……」
「正解を見つけて」
「……」
「みんなを笑わせたかっただけじゃった……」
四郎は頷く。
「知ってる」
「……」
「正解じゃなくても、笑えるよ」
ヒトメ
「……そうか」
「……儂、これからは」
「『それじゃない』の代わりに」
「『それでええ』って」
「言うようにするわ」
四郎
「お、いいじゃん」
ぽたり。
ぽたり。
どばぁぁぁぁぁぁぁ!!
久しぶりの。
思春期洪水――もとい。
湿拳洪水発生。
浜辺が一時的に水没した。
ヌラリ翁の着物の裾が濡れた。
ヌラリ翁
「これはこれは」
「のう、知らんかったが」
「お前さんの涙、こっちでも笑いになるんじゃのう」
四郎
「どういうこと?」
ヌラリ翁
「お前さんが本気で泣くと」
「……」
「周りが、ちょっと笑うんじゃ」
四郎
「それ、いいことなの!?」
ヌラリ翁
「ええことじゃ」
「笑界では、最高の褒め言葉じゃよ」
【ヒトメを浄化した】
経験値+100
笑石のかけら(仮)獲得
称号獲得
『正解より、今を選んだ者』
四郎
「勝った……のか?」
ヌラリ翁
「うむ」
「お前さんは、ここでも戦えるようじゃ」
四郎は、空を見上げた。
七つの傷が、静かに光っている。
人生十二魔神を倒したはずの拳が。
今度は。
笑いの島で。
新しい意味を持ち始めていた。
その時だった。
島の奥。
寄席のような建物の奥から。
複数の気配が近づいてくる。
ガヤガヤ。
ガヤガヤ。
「お、新顔か?」
「博多から来たとよ」
「いや知らんし」
四郎
「もう増えるの!?」
ヌラリ翁は笑った。
「ここには」
「七十六体、おるからのう」
四郎
「七十六ぃぃぃぃぃ!?」
絶叫が、笑界の空に響いた。




