プロローグ 流れ着いた島
世界はまた、乾いていた。
常識さんを倒した。
ニヒリオンにも飲まれなかった。
湿拳四郎、二十五歳。
人生十二魔神を全部浄化した、はずだった。
「終わったよな」
四郎はソファでプリンを食べていた。
しずく印。
宇宙プリン。
うまい。
七海
「終わったと思った時が一番危ない」
四郎
「またそれ言う」
七海
「経験則」
正しかった。
その夜。
四郎は船に乗っていた。
理由はよく分からない。
会社の慰安旅行。
クルーズ船。
豪華客船。
「たまには社員を労おう」と社長(母)が言い出した。
四郎
「いい話じゃん」
七海
「フラグじゃん」
四郎
「やめろ」
その瞬間。
空が割れた。
ドゴォォォォォォン!!
いつものやつだった。
ただし。
今回は様子が違う。
裂け目の向こうに見えたのは。
妖怪でも。
魔神でもなかった。
笑っていた。
何かが、ひたすら笑っていた。
『ガハハハハ!』
『おもしろい!』
『もっと笑え!』
四郎
「敵が陽気!?」
初めてのパターンだった。
今までの敵は。
不安。
後悔。
完璧主義。
無意味。
みんな。
暗かった。
なのに。
今回は。
ひたすら。
明るい。
その明るさに。
船ごと吸い込まれた。
ズゴォォォォォォォォ!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
気がつくと。
四郎は浜辺に倒れていた。
ペッ。
砂を吐く。
四郎
「……ここどこだ」
周りを見る。
小さな島だった。
椰子の木。
寄席のような建物。
そして。
立て看板。
「笑えない者も等しく客である」
四郎
「……湿気てない」
世界が違う。
乾いてもいない。
濡れてもいない。
ただ。
笑っている。
四郎は立ち上がった。
胸の七つの傷を確かめる。
ある。
光ってもいる。
弱く。
だが確かに。
「ここでも戦えってことか……」
その時。
背後から声がした。
「おや」
四郎が振り返る。
そこにいたのは。
しわくちゃの老人。
着物姿。
長い眉毛。
どこか見覚えのある気配。
四郎
「またあんたか!?」
老人
「初めましてじゃと思うが」
老人は笑った。
「儂はぬらりひょん」
「ヌラリ翁と呼ばれておる」
四郎
「……後出し爺と同じ匂いがする」
ヌラリ翁
「ほう」
「鋭いのう」
四郎
「やっぱり仲間か!?」
ヌラリ翁
「いいや」
「儂は笑界の楽屋番じゃ」
静寂。
ヌラリ翁
「ここはな」
「笑いが力になる世界――笑界じゃ」
四郎
「また異世界?」
「もう慣れてきた自分が怖い」
ヌラリ翁は笑った。
「お前さんの胸の傷」
「……」
「それは涙の力じゃろう」
「うむ、よう似ておる」
「この島は、笑いの力でできておる」
四郎
「湿気と笑い、相性悪くない?」
ヌラリ翁
「逆じゃ」
「泣くのと笑うのは」
「……」
「根っこは同じじゃからのう」
世界が少し、優しくなった気がした。
その時だった。
浜辺の向こうから。
何かが近づいてくる。
ドスン。
ドスン。
ドスン。
巨大な影。
身長は十メートルほど。
その姿は――
一つ目。
巨大な、一つだけの目玉。
ぎょろり、ぎょろり。
絶えず周囲を見回している。
そして。
口から出る言葉は。
ひとつだけ。
「それじゃない」
「それじゃない」
「それじゃない」
四郎
「うわ、出たな!」
ヌラリ翁
「おお、ヒトメじゃな」
四郎
「知り合い!?」
ヌラリ翁
「一つ目小僧の芸人じゃ」
「いつもは一点集中ツッコミの達人なんじゃが……」
四郎の胸の七つの傷が、わずかに、疼いた。
最初の戦いが、始まろうとしていた。




