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『頭脳特化の弱小国家に転生した第三王子、ガリ勉が嫌で「筋トレ」と「十分な睡眠」を推奨したら、1年後には国民全員が文武両道の最強戦士になっていた件〜  作者: はりねずみの肉球
第2章:健康国家ルミナス、気づけば化け物集団になっていた

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シーン1:早朝五時の異常な活気と、魔法理論の完全崩壊

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。

まだ太陽が顔を出しきっていない、早朝五時。

朝靄あさもやがうっすらと立ち込めるルミナス王都のメインストリートに、腹の底を震わせるような重低音が響き渡っている。

空を切り裂くような軍靴の音ではない。それは、柔らかく弾力のある靴底が、綺麗に舗装された石畳をリズミカルに叩く音だ。

冷たく澄んだ朝の空気に、何千、何万という人々の熱い呼気が白く混ざり合い、街全体がまるで一つの巨大な生命体のように脈動している。


「スッ、ハッ。スッ、ハッ」


俺は王都の中央大通りを、一定のペースを保ちながら駆け抜ける。

鼻から冷たい空気を二回に分けて吸い込み、口から二回に分けて吐き出す。肺の奥深くまで新鮮な酸素を送り込み、それを血液に乗せて全身の細胞へと届ける完璧な呼吸法だ。

額から流れ落ちる汗が、心地よい冷気と触れ合って蒸発していく。


「きゅっ、きゅっ、きゅっ!」


俺の右足のすぐ横で、小気味良い鳴き声を上げながら並走しているのは、魔法ハリネズミのハリーだ。

丸っこい体を弾ませ、短い四本足をフル回転させて俺のペースにピタリとついてきている。驚くべきことに、その小さな口には俺が焼いた『特製高タンパクパン』の欠片がしっかりと咥えられている。

走りながら朝食のタンパク質を補給するその姿は、もはや我が国の健康の象徴と言っても過言ではない。


「いいペースだぞ、ハリー。前足の着地が少し硬い。もっと肩甲骨から柔らかく動かすことを意識しろ」


俺の指摘に、ハリーはパンをモグモグとさせながら「きゅいっ」と鳴き、即座にフォームを修正する。背中の針が風を切り、滑らかな流線型となって石畳の上を滑るように進んでいく。


周囲を見渡せば、この国がいかに劇的な変化を遂げたかが一目でわかる。

右側を走っているのは、王都のパン屋の親父と、その近所の老人たちだ。かつては腰を曲げて杖をついていた老人が、今では背筋をピンと伸ばし、力強いストライドで若者と並走している。

左側を走り抜けていくのは、分厚い魔導書を片手に持ち、走りながらページをめくっている学生たちの集団だ。


そして俺の後方から、異常な熱気を帯びた集団が一気に迫ってくる。


「――第三国境線の関税引き上げに関する最終試算ですが! 昨晩の睡眠によって完全に整理された私の脳内演算によれば、三・五パーセントの引き上げが最も税収効率が高いと弾き出されました!」

「甘い! バルザック商業連合の流通網の遅延リスクを考慮していない! 走りながら再計算しろ! 私は第二項の修正案を読み上げる!」


すれ違いざまに飛び交うのは、高度な政治経済の専門用語だ。

彼らは王国財務局の文官たちである。

かつては青白い顔をして机にへばりついていた彼らが、今では軽量化された魔法繊維のスポーツウェアを身に纏い、息一つ乱さずにキロ四分というハイペースで走りながら、朝の定例会議を行っているのだ。


「通常の三倍速で会議が進んでいきますね、局長! これなら朝食前に来年度の予算案が完成します!」

「ハッハッハ! 血流が良すぎて、数字が空中に浮かんで見えるぞ! よし、ペースを上げる! 全員ついてこい!」


文官たちの集団が、猛烈なスピードで俺を追い抜いていく。

走りながらの会話は、自然と肺活量を鍛え、脳への酸素供給量をバグらせる。結果として、彼らの思考速度は静止時の三倍以上に跳ね上がっているのだ。


「……お前ら、息継ぎのタイミングで小数点第三位の暗算をするなよ。変態集団か」


俺は苦笑しながら小さくツッコミを入れるが、彼らの耳には届いていないだろう。

『走り込み戦術会議』を騎士団に導入してから一年。その圧倒的な効率の良さは瞬く間に文官たちにも飛び火し、今では「座って会議をするのは時間の無駄」という認識が国全体に定着してしまった。

誰も強制していないのに、国民全員が進んで走り、鍛え、十分な睡眠をとる。

俺が目指した『健康国家』は、確かに実現した。ただ、その副産物として全員のスペックが上がりすぎている気がしないでもない。


五キロのランニングコースを終え、俺は王城の裏手にある広大な魔法訓練場へと足を踏み入れる。

土のグラウンドの中央に、一人の少女の姿がある。


「――九十九、百! よし、下半身の筋肉のパンプアップ、完了です!」


藍色のトレーニングウェアから覗く白い肌に、健康的な汗を光らせているのは、主席魔導士のリーシャだ。

彼女は両手に重さ十キロの鉄アレイを持ちながら、深く腰を落とすランジスクワットを百回連続でこなし、たった今立ち上がったところだ。

かつての『静寂』を重んじていた冷徹な天才魔導士の面影は、今や見る影もない。


「おはよう、リーシャ。朝からいい汗かいてるな」

「あ、アルス殿下! おはようございます!」


リーシャは鉄アレイを静かに地面に置くと、弾かれたようにこちらを向き、嬉しそうに駆け寄ってくる。

その呼吸は荒いが、瞳の奥には尋常ではない熱の光が宿っている。


「見てください殿下! ちょうど今、運動直後の魔力循環データの計測を行うところだったんです! 筋肉に強烈な負荷をかけた直後の、この血流が爆発している状態で、どれだけの魔法が展開できるか……!」


リーシャは早口でまくしたてながら、訓練場の端に設置された巨大な魔力測定用のクリスタル柱へと向き直る。

彼女の肩が大きく上下し、心臓の鼓動がこちらにまで聞こえてきそうなほどに脈打っている。

従来の魔法理論であれば、この状態での魔法発動は『暴発』か『不発』の二択だ。精神の波立ちが魔力の制御を乱すからだ。


だが、リーシャは全く躊躇しない。

彼女は肩幅に足を広げ、しっかりと地面を踏みしめる。大腿四頭筋にグッと力がこもり、安定した土台を作り上げる。

そして、右手を勢いよく前方へと突き出す。


『――極炎フレア七重展開セブンス・オープン


一切の詠唱なし。ただの起動キー。

その瞬間、訓練場の空気が一気に沸騰する。

リーシャの指先から放たれた膨大な魔力が、空中で凄まじい速度で回転しながら、赤い光を放つ七つの立体魔法陣を瞬時に編み上げる。

ゴゥンッ! という空間を歪ませるような重低音。

展開された魔法陣の複雑さは、かつて彼女が図書館で見せたものを遥かに凌駕している。


「いけぇぇぇぇッ!」


リーシャが気合の叫びと共に拳を握り込む。

七つの魔法陣から、太陽の表面を削り取ったかのような極大の火炎球が一斉に射出される。

大気を焼き焦がす轟音と共に、七つの火炎球は測定用のクリスタル柱に直撃し、視界を完全に奪うほどの爆発の閃光を放つ。


ズドォォォォォォンッ!!


爆風が吹き荒れ、俺のローブが激しくバタバタと煽られる。足元のハリーが「きゅぅッ!?」と鳴いて、慌てて俺の足首にしがみつく。

熱波が通り過ぎた後、土煙の向こうから現れたクリスタル柱は、赤々と熱を帯びて明滅を繰り返している。その表面には、計測された魔力出力の数値が古代文字で浮かび上がっている。


「……っ! で、殿下! 見てください、あの数値を!」


リーシャは測定器の文字を読み取った瞬間、信じられないものを見たかのように両手で口を覆う。

そして、ガクガクと震える足で俺の方へと振り返る。恐怖ではない。あまりの歓喜と興奮による震えだ。


「出力……従来の五・二倍。演算速度に至っては、なんと八倍です……! 私の、私自身の過去最高記録を、運動直後のたった一撃で、いとも簡単に更新してしまいました……!」


彼女のアイスブルーの瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。


「あり得ません……いえ、目の前で起きている以上、これが真理なのです! 筋肉の収縮による強制的な血流の増加、それに伴う脳内毛細血管への圧倒的な酸素供給! これらが魔法演算の処理能力にリミッター解除をかけている! 『静寂』などという旧時代の迷信は、自らの首を絞める愚行に過ぎなかったのです!」

「落ち着けリーシャ。血圧が上がりすぎてるぞ。深呼吸だ」


俺は興奮しすぎるリーシャの肩に手を置き、ゆっくりと息を吐かせる。


「だが、お前の言う通りだ。魔法は神秘でもなんでもない。脳という臓器が行う物理的な演算だ。臓器のパフォーマンスを最大化するには、血流と栄養、そして適切な酸素が必要になる。お前は今、自らの肉体を使ってその理論を完璧に証明したんだ」

「はい……! はいっ!」


リーシャは涙を乱暴に手で拭いながら、力強く頷く。


「筋肉は……筋肉は決して魔法を裏切らないのですね! 私、もっと下半身を鍛えます! バーベルスクワットの重量を倍にして、次は走りながら九重展開に挑みます!」

「……いや、そこまで極端にやらなくてもいいんだが」


すっかり『筋肉と魔法の融合理論』の狂信者と化した天才魔導士を前に、俺は少しだけ頭を掻く。

彼女が書く論文は、すでに大陸の魔法学会の常識を根底から破壊し始めている。

『魔力循環は血流に依存する』という彼女の新たな学説は、ルミナス王国の魔導士たちを一斉に筋トレへと走らせた。


運動により血流を上げ、高タンパクな食事で肉体を補修し、八時間の睡眠で脳の疲労を完全にリセットし、記憶を定着させる。

この極めてシンプルで合理的なサイクルを一年間回し続けた結果。


今やこのルミナス王国の国民は、ただの『学者』ではない。

一人ひとりが、極限まで最適化された肉体と、高速回転する脳髄を併せ持つ『考える怪物』へと変貌を遂げている。


「さて……朝食をとって、シャワーを浴びたら執務に戻るか。今日は古参の文官たちとの面倒な会議があるんだったな」


俺は足元でパンを完食し、満足げにお腹を撫でているハリーを肩に乗せ直す。

健康的な活気に満ちたこの国を、心から誇らしく思う。

だが、この凄まじい変化の波に、まだ乗れていない者たちもいる。旧時代の常識にしがみつく彼らにも、健康の素晴らしさを徹底的に分からせてやらなければならない。


俺は眩しい朝日に向かって、深く、清々しい深呼吸を一つした。

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