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『頭脳特化の弱小国家に転生した第三王子、ガリ勉が嫌で「筋トレ」と「十分な睡眠」を推奨したら、1年後には国民全員が文武両道の最強戦士になっていた件〜  作者: はりねずみの肉球
第6章:最強国家の条件は、“壊れないこと”

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シーン3:戦闘民族化する国民と、恐れられる「健康国家」

「九十八、九十九、百――ッ! よし、大胸筋下部と三頭筋への刺激、最高だな」


王城の最上階に位置するバルコニー。その白大理石のすり抜けるような手すりに両手をかけ、俺は空中で身体を完全に浮かせた状態から、深く上体を沈め、そして爆発的に押し上げる動作を繰り返している。

自重トレーニングの王道である『ディップス』だ。

眼下に広がる王都の全景を逆さまに見下ろしながら、深く息を吐き出す。


「スッ……ハッ……」


現在のルミナス王都は、物理的な封鎖下にあるとは思えないほどの黄金色の輝きに満ちている。

半日前に完成した『超・魔力循環型・立体自給自足農場』からは、魔力とタンパク質を極限まで蓄えた超プロテイン小麦の香ばしい匂いが、初夏の爽やかな風に乗って街全体へと優しく広がっていく。

食糧問題が完全に解決し、エネルギーが有り余った国民たちの活気は、今や城の最上階にまで届くほどの地鳴りとなって響いている。


「きゅいっ! きゅいっ!」


俺の背中の上で、魔法ハリネズミのハリーが短い四肢を踏ん張り、俺の身体の上下運動に合わせてタイミングよく小さな鼻を鳴らしている。

彼自身、先ほどミレイナから貰った新型の『魔力大豆クッキー』を完食したばかりで、体内のアミノ酸濃度がピークに達しているらしく、背中の針が興奮で微かに青白い光を帯びている。


「お前もやる気満々だな、ハリー。だが、あまり激しく動くと食後の消化に悪いぞ」


俺がそう声をかけた瞬間、バルコニーの影から、音もなく一人の男が滑り込んできた。


「いやぁ、殿下。相変わらず素晴らしいフォームですね。特に大胸筋から前鋸筋ぜんきょきんにかけてのカットの美しさは、他国のスパイが見たらそれだけで戦意を喪失しますよ」


飄々とした笑みを浮かべ、手に数冊の分厚い『外国新聞』を抱えているのは、諜報担当のシオンだ。

彼は経済封鎖を掻い潜り、世界各地の最新の動向インテリジェンスを収集して、たった今帰還したところだ。


「戻ったか、シオン。他国の様子はどうだ。バルザックの商人どもは、こちらの物資が尽きて泣き叫ぶのを今か今かと待っている頃だろうな」


俺は手すりから音もなく床へと着地し、シオンから差し出された新聞を手に取る。


「それがですね、殿下。彼らは泣き叫ぶどころか、恐怖のあまり夜も眠れない不健康な日々を送っているようですよ。ほら、これを見てください。ガルド帝国の最大手新聞の朝刊です」


シオンが広げた新聞の一面には、おどろおどろしい太文字のタイトルが躍っている。


『激震! 弱小国家ルミナス、人間を生体兵器に変える悪魔の禁術を開発!』

『アズライト渓谷の悪夢――五十万の同盟軍を一度も剣を交えず呪い殺した、筋肉の怪物たちの実態!』


「…………は?」


俺は思わず、新聞を持ったままフリーズする。

読み進めると、そこにはさらに凄まじい『妄想』が書き殴られていた。


『ルミナス王国は、国民の肉体にマナを強制注入し、細胞を異常肥大させる悪魔の儀式を行っている。彼らは一睡もせず、食事の代わりに怪しげな白いプロテインを水に溶かして飲み、ただの農民すらも片手で戦車を持ち上げる怪物へと変貌させている。これは世界に対する宣戦布告だ――!』


「いや、白い粉はただの大豆粉末と乳清ホエイタンパク質なんだが? 呪いでもなんでもない、ただの栄養学だぞ」


俺は盛大にツッコミを入れながら、次の新聞――セルディア魔導連邦の公式発表へと視線を移す。


『我が国の最高峰の魔導士たちを一瞬で無力化した、ルミナスの「真空消滅兵器(ただの鍬の素振り)」。彼らは古代の失われた物理破壊魔法を解析し、農具に偽装して量産している。この生体兵器国家を放置すれば、大陸全土が筋肉の軍靴に踏み荒らされるだろう』


「生体兵器国家って、誰のことだ。俺たちはただ、皆で早起きして、ちゃんと寝て、ご飯を美味しく食べているだけの、世界一健全な健康国家だぞ」


俺は額を押さえ、深いため息を吐き出す。

肩の上のハリーも「きゅぅ……」と、呆れたように短い前足で目を覆っている。

どうやら、世界の『旧時代の常識』に囚われた指導者たちは、我が国の急激な健康化(バグ強化)を、何らかの邪悪な軍事技術だと本気で勘違いしているらしい。


「殿下ァァァァァッ!! 素晴らしいニュースですぞッ!!」


その時、バルコニーのガラス扉を勢いよく押し開けて、騎士団長のガイアスと農業局長のミレイナが、興奮で顔を真っ赤に染めながら突入してきた。


「ガイアス、ミレイナ。城内では静かにしろと言っているだろう。大声を出すと交感神経が優位になりすぎて、心肺機能に無駄な負荷がかかる」

「そんな細かいことは後回しです、殿下! 街の様子を見てください! 国民たちの熱狂が、もう誰にも止められない状態になっております!」


ガイアスがバルコニーの手すりを指差す。

俺が渋々手すりから身を乗り出し、街の広場を見下ろした瞬間、脳が思考を放棄しそうになるほどの光景が目に飛び込んできた。


「「「ルミナス最強――ッ! 筋肉は裏切らない――ッ!!」」」


王都の中央広場。

そこでは、数千人の一般国民――パン屋の親父、仕立て屋の女性、果ては引退した老学者たちまでが、一糸乱れぬ見事なフォーメーションで、一斉に『バーピージャンプ』を繰り返していた。

地面に伏せ、腕立て伏せを行い、爆発的に跳び上がって頭上で手を叩く。その運動強度の高い動作を、彼らは笑顔で、歌うようにこなしている。


「殿下! バルザックの経済封鎖のおかげで、国民たちは『自分たちの健康が世界を恐怖させている』と知り、完全に目覚めました!」


ミレイナが琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、拳を握りしめる。


「経済封鎖なんて関係ない、俺たちには無限の筋肉とプロテイン小麦がある! そう叫んだ若者たちが、今朝から騎士団の訓練場に殺到して、夜間の警備任務の追加を直訴しているんです!」

「それだけではないぞ、殿下!」


ガイアスが豪快に胸を叩く。


「文官どもが『走り込み戦術会議』の負荷を倍にしろと言い出し、今では五十キロの鉄嚢てつのうを背負って走りながら、大陸全土の攻略シミュレーションを勝手に始めておる! 彼らの口癖は『次はどこの大国を損切り(蹂躙)しますか、殿下』だ! ガハハハハ、実に見事な戦闘民族化ではないか!」


「……いや、待て」


俺は引き攣った笑みを浮かべ、ガイアスとミレイナを交互に見つめる。


「俺はただ、皆に過労死してほしくなくて、健康的な生活を推奨しただけだ。なんで我が国が、他国を侵略する気満々の戦闘民族のスパルタになってるんだ? おかしいだろ」

「何をおっしゃいますか、殿下!」


リーシャが、いつの間にか俺の背後に立ち、眼鏡の位置をクイッと直しながら冷徹な声で告げる。


「健全な肉体と、健全な精神。その土台の上に築かれた我が国の知性は、今や『世界を最適化(破壊)する効率』を求め始めているのです。国民全員が理解したのですよ。世界の間違った常識(不健康)を正すには、圧倒的な暴力(健康)で蹂躙するしかないのだと」

「「「その通りであります、アルス殿下――ッ!!」」」


リーシャ、ガイアス、ミレイナ、そしてシオンまでもが、一斉に俺の前に跪き、忠誠と熱狂の眼差しを向けてくる。

城の下からは、数万の国民たちが放つ「スッ、ハッ! スッ、ハッ!」という完璧な有酸素呼吸の合唱が、地響きとなって突き上げてくる。


「…………」


俺は天を仰ぎ、本日何度目か分からない深いため息を吐き出した。


世界からは「禁忌の生体兵器を操る悪魔の危険国家」として恐れられ、国内の民は「世界を健康にするための聖戦(蹂躙)」を求めて限界突破の熱狂に沸いている。

ただの健康オタクの生活習慣改善が、どうしてこんな世界滅亡一歩手前のディストピアじみた超展開を引き起こしているのか。


「……ハリー。俺、何かボタンを掛け違えたか?」


肩の上のハリーが「きゅぃ……」と切なげに鳴き、俺の頬にそっと柔らかいお腹を押し当ててきた。


だが、このボタンの掛け違いを正す時間は、もう俺には残されていなかった。

世界が抱くルミナスへの『恐怖』は、すでに一国の同盟というレベルを遥かに超え、大陸中の全ての国家を巻き込んだ、人類史上最大の『巨大なうねり』を形成しつつあったのだ。


俺は狂乱する王都の熱気の中で、遠く、国境の向こう側から近づきつつある、かつてない強烈な『不健康の気配(大軍勢)』を、本能的に察知していた。

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