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『頭脳特化の弱小国家に転生した第三王子、ガリ勉が嫌で「筋トレ」と「十分な睡眠」を推奨したら、1年後には国民全員が文武両道の最強戦士になっていた件〜  作者: はりねずみの肉球
第4章:不健康な侵略者は森すら越えられない

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シーン4:前衛部隊の壊滅と、涼しい顔の主人公

「……水分、補給だと……? 呼吸法、だと……?」


大将軍レオンハルトの全身から、ギリギリと骨が軋むような音が鳴る。

怒りではない。極限の脱水と疲労によって、彼の強靭な筋肉が自らの骨を異常な力で締め付けているのだ。

血走った両眼が、驚愕と、そして理解を拒むような強い拒絶の色に染まっていく。


「ふざけるなァァァッ!!」


鼓膜をつんざくような、獣の咆哮。

レオンハルトの全身から、赤黒い闘気オーラが爆発的に噴き上がる。

大深緑の森の湿った空気が、彼の放つ熱量によって一瞬にして蒸発し、周囲の草木がチリチリと焼け焦げる。

絶対的な武力と、死線を潜り抜けてきた者の圧倒的な威圧感。並の兵士であれば、この闘気を浴びただけで泡を吹いて気絶するだろう。


「我々が! 泥水をすすり、眠れぬ夜を越え、血反吐を吐きながら歩みを進めてきたこの過酷な行軍が! 貴様らのその、小綺麗な『水飲み遊び』に負けたとでも言うのかァッ!」


レオンハルトが右手に握った大剣を、俺に向かって突きつける。

その切っ先は小刻みに震えているが、込められた殺気は本物だ。


だが、俺は全く動じない。

どころか、視線を彼から外し、左手に持っていた分厚い魔導書『第七次・広域魔力干渉理論』のページをペラリと捲る。

そして、足を肩幅に開き、深く息を吸い込みながら、ゆっくりと腰を沈めていく。


「な……っ!? 貴様、大将軍たるこの俺を前にして、何をしているッ!」

「見ればわかるだろう。スクワットだ。戦闘の合間の、アクティブレスト(積極的休養)の一環だよ」


俺は魔導書に視線を落としたまま、大腿四頭筋に心地よい負荷をかけ、そして息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。


「きゅいっ!」


俺の肩に乗ったハリーも、俺の上下運動に合わせて、短い前足に持ったプロテインパンを上げ下げし、一緒にスクワットの真似事をしている。


「……ッ! 舐めるなァァァッ!」


完全に己の誇りを踏みにじられたレオンハルトが、大地を砕くような踏み込みと共に突進してくる。

『魔装戦技・獅子王の牙』。

彼の闘気と魔力が極限まで圧縮された大剣が、空間を歪ませながら俺の脳天へと振り下ろされる。

その速度と威力は、疲労困憊の状態から放たれたとは思えないほど凄まじい。

だが。


「筋肉は正直だぞ、レオンハルト」


俺は魔導書から目を離さないまま、半歩だけ左へと軸足をズラす。


「疲労物質(乳酸)が溜まりきった筋肉は、収縮の初動がコンマ二秒遅れる。さらに、脱水によって関節の滑液が減少し、可動域が本来の八割まで狭まっている」


ズガァァァァンッ!!

レオンハルトの大剣が、俺の右肩のわずか数センチ横を通り抜け、森の地面を深く叩き割る。

凄まじい衝撃波が巻き起こるが、俺は完璧な体幹コアの力でブレ一つ起こさず、その場に立ち続けている。


「な……っ! 俺の、一撃が……!」

「お前の剣は『見える』んじゃない。『読める』んだよ。身体の不調が、お前の動きの軌道を完全に単調なものにしている」


俺はパタン、と魔導書を閉じ、大剣を振り下ろした姿勢のまま硬直しているレオンハルトを見下ろす。


「気合だの、根性だの。過酷な環境を耐え抜くことが強さの証明だと、お前たちは信じている。だがな、肉体を痛めつけることは、ただ『壊している』だけだ。修復するための栄養と休息を与えなければ、それはただの消耗スクラップに過ぎない」


俺の言葉が、静まり返った森に響き渡る。

レオンハルトの背後では、ルミナス王国の文官や騎士たちが、すでに戦闘を終え、涼しい顔で談笑しながら帝国兵の武装解除を行っている。

誰一人として、息を切らしていない。誰一人として、血を流していない。


「見ろ。これが、お前たちの言う『ひ弱な知識の国』の姿だ。俺たちは、食事の栄養素を計算し、八時間の睡眠を義務付け、常に身体の血流を最高状態に保っている。だからこそ、この森の過酷な湿度の中でも、脳に酸素が回り、お前たちの鈍重な動きを論理的に処理できる」


レオンハルトが、ワナワナと唇を震わせる。


「……詭弁だ。そんな、そんな甘えが……戦場で通用するはずがない……ッ! 戦争とは、より多くの苦痛に耐えた者が勝つ、魂の削り合いだッ!」

「違うな。戦争とは、より合理的に『自分たちの健康状態を維持し、相手の健康状態を削った側』が勝つゲームだ」


俺は一歩、レオンハルトへと歩み寄る。


「お前たちはバルザックの市場から補給を絶たれ、馬を失い、水を持たずにこの森へ突入した。その時点で、お前たちの身体という兵器は完全に機能停止エラーを起こしていたんだよ。俺たちは何もしていない。ただ、お前たちが自重で崩れ落ちるのを、万全の健康状態で出迎えただけだ」


レオンハルトが、大剣を支えにして無理やり立ち上がろうとする。

だが、その巨大な脚が、ガクガクと痙攣を引き起こす。

脱水症状による、筋肉の不随意収縮。彼の意志とは無関係に、肉体がこれ以上の稼働を拒絶しているのだ。


「あ、が……ッ! 動け……! 俺の身体よ、動けェェッ!」


彼は己の太ももを拳で何度も殴りつけるが、痙攣は止まらない。

ついに大剣が彼の手から滑り落ち、レオンハルトはズシンと音を立てて、両膝から腐葉土の上へと崩れ落ちた。


「きゅぅ……」


ハリーが俺の肩からピョコンと飛び降り、地面にうずくまるレオンハルトの前にトコトコと歩み寄る。

そして、自分の小さな水筒を差し出すように、短い前足でキュイッと押し上げる。


「……小動物にまで、哀れまれるか。俺は……俺の軍道は……」


レオンハルトの目から、初めて『絶望』という名の涙が零れ落ちる。

彼は強かった。武力においても、統率力においても、間違いなく大陸最高峰の将軍だった。

だが、彼が信じた『精神論』という旧時代の常識が、彼自身を、そして五十万の部下たちを殺したのだ。


「レオンハルト。お前の根性は認める。だが、方向を間違えた努力は、ただの自己満足だ」


俺は彼の前でしゃがみ込み、ハリーの持つ水筒を受け取って、その蓋を開ける。


「前世の……いや、俺の知る限り、壊れるまで人間を働かせる組織に、未来はない。休む強さを知らなければ、本当の意味で何かを守ることなどできない」


俺は水筒の冷たいスポーツドリンクを、レオンハルトの干からびた唇にゆっくりと流し込む。

レオンハルトはピクリと体を震わせ、そして、赤子のようにその液体をゴクゴクと喉の奥へと流し込んだ。


「……あ、あァ……」


水が、アミノ酸が、彼の枯れ果てた細胞の隅々へと染み渡っていく。

それは彼にとって、魔法以上の奇跡に感じられただろう。


「美味いか。それが『健康』の味だ。お前が否定し続けた、休むことと、補給することの絶対的な価値だ」

「…………」


レオンハルトは何も答えない。

ただ、静かに目を閉じ、自分の内側で何かが完全に崩れ去り、そして新しく生まれ変わっていく感覚を味わっているようだった。


「殿下! 第三軍団の武装解除および拘束、全て完了いたしました!」


背後から、マクシミリアンが足早に近づいてきて報告する。

彼の顔は、充実した有酸素運動を終えた後のような、清々しい喜びに満ちている。


「ご苦労。負傷した帝国兵には、水とプロテインを与えてやれ。ただし、一度に大量に飲ませるな。胃腸が驚く。少しずつだ」

「はっ! すでに医療魔法部隊と栄養管理チームが処置にあたっております!」


俺はゆっくりと立ち上がり、アズライト渓谷の方角へと視線を向ける。

先陣の第三軍団は壊滅した。

だが、渓谷の奥には、未だに身動きが取れず、飢えと渇きに苦しむ同盟軍の主力、四十万以上の兵士たちが残されている。


「さあ、レオンハルト。お前はここでゆっくりと休め。俺はこれから、お前の残りの部下たちに、究極の『健康指導』を行ってこなければならないからな」


俺は魔導書を小脇に抱え、ハリーを再び肩に乗せる。

大深緑の森を吹き抜ける風が、ルミナス王国の圧倒的な勝利を祝福するように、木々の葉を大きく揺らした。


武力と精神論を掲げた帝国は、ただの一度もルミナスの防衛線を破ることなく、森の入り口で自壊した。

これが、健康と合理性が導き出した、絶対的な結果だ。


俺は歩みを進める。

この不健康な戦争を終わらせ、世界に真の『文武両道』を知らしめるための、次なる段階フェーズへと向かって。

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