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『頭脳特化の弱小国家に転生した第三王子、ガリ勉が嫌で「筋トレ」と「十分な睡眠」を推奨したら、1年後には国民全員が文武両道の最強戦士になっていた件〜  作者: はりねずみの肉球
第3章:戦う前に勝っている国家

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シーン3:睡眠不足の連鎖と、レオンハルトの気づき

床の石畳に敷いた特製の魔力反発マットの上で、俺は両脚を限界まで左右に開く。

完璧な百八十度の開脚スプリッツ

太ももの内側、内転筋群が悲鳴を上げる一歩手前の、心地よいテンションを保つ。そのまま息を長く吐き出しながら、骨盤から上体を前に倒し、胸と腹を床にペタリと密着させる。


「スッ……、ハァァァァ……」


深い呼吸と共に、筋肉の緊張が解け、溜まっていた疲労物質が血流に乗って洗い流されていくのがわかる。

柔軟性は、筋肉の出力と怪我の防止に直結する。どれほど筋力を肥大化させても、可動域が狭ければ実戦での動きは鈍る。

特に股関節周りの柔軟性は、あらゆる動作の起点となる超重要項目だ。


「きゅぅーっ」


俺の目の前、俺の顔と向かい合うような位置で、魔法ハリネズミのハリーもまた、短い後ろ足をプルプルと震わせながら見事な開脚ストレッチを披露している。

その柔らかいお腹が床にペチャッとくっつく様子は非常に愛らしいが、彼の背中の針は筋肉の連動によって鋭く逆立ち、いつでも全方位へ射出可能な臨戦態勢をとっている。


俺は床に顔をつけた状態のまま、空中に展開した『水鏡』の映像を切り替える。

ガルド帝国の陣幕から、さらに東へ。魔法至上主義を掲げる『セルディア魔導連邦』の首都、その中枢である大議事堂の内部だ。


「――帝国との同盟など即刻破棄せよ! 彼らは我が国の魔法技術を盗み、裏で議長に賄賂を渡していたではないか!」

「黙れ! それはルミナスの陰謀だ! 証拠の出所が不明すぎる!」

「出所不明だと!? 昨日の朝刊に、議長と帝国軍の密使が交わした誓約書の写しがデカデカと載っていたのを見ていないのか!」


議事堂内は、文字通りの阿鼻叫喚に包まれていた。

魔法使いたちが顔を真っ赤にして怒鳴り合い、あちこちで威嚇のための火球や風刃が飛び交っている。

彼らは普段から運動不足で血流が悪く、ストレス耐性が極端に低い。そこへシオンが流した『帝国による魔法技術の窃盗と、高官への賄賂』という猛毒のスキャンダルが投下されたのだ。

運動で発散できない彼らのストレスは、全て他者への攻撃衝動へと変換される。


「ふむ。見事に内戦状態だな。……これでは、前線への支援部隊など送れるはずもない」


俺は前屈の姿勢を保ちながら、冷静に状況を分析する。

同盟軍の計画では、セルディア魔導連邦の後方支援魔法――回復や地形操作、食糧の保存魔法――が、五十万の軍勢の兵站を支える重要なピースだったはずだ。

それが今、完全に消滅した。

ガルド帝国軍は、魔法の恩恵を一切受けられないまま、物理的な飢餓と直面することになる。


水鏡の映像を、再びアズライト渓谷の手前、ガルド帝国軍の本陣へと戻す。

そこでは、俺の予想を遥かに超える凄惨な地獄が展開されていた。


「寄越せェッ! それは俺が見つけたんだ!」

「離せッ! 俺はもう三日も水しか飲んでねぇんだぞ!」


荒涼とした岩肌の陣地で、二人の帝国兵が血みどろの取っ組み合いをしている。

彼らの視線の先、泥まみれの地面に落ちているのは、カビの生えた硬い干し肉の欠片が一つだけだ。

ただそれだけのために、かつての戦友同士が、獣のように互いの顔面を殴りつけ、耳を噛みちぎろうとしている。


「や、やめろお前たち! 味方同士で争うな!」


若い小隊長が割って入ろうとするが、飢えと睡眠不足で完全に狂乱状態にある兵士たちには声など届かない。

兵士の一人が、手にした石で小隊長の頭部を無造作に殴りつける。鈍い音と共に小隊長が崩れ落ち、周囲の兵士たちもそれに触発されたように、隠し持っていた食糧を巡ってあちこちで暴動を起こし始める。


極度の睡眠不足は、脳の扁桃体を過剰に活性化させ、恐怖や怒りといった原始的な感情を増幅させる。

そこに『食糧がない』という生命の危機が重なれば、軍隊の規律など数時間で消し飛ぶ。


ズガァァァァァァンッ!!


突如、暴動の中心で、大地そのものを揺るがすようなすさまじい爆発音が轟いた。

巻き上がった土煙の中から、一人の巨漢がゆっくりと姿を現す。

大将軍、レオンハルト・ガルディアだ。

彼は右腕に纏わせた圧倒的な闘気オーラだけで地面をえぐり飛ばし、争っていた兵士たちを衝撃波で吹き飛ばしたのだ。


「……見苦しいぞ、貴様ら。誇り高き帝国の戦士が、泥に落ちた肉片一つで犬のように啀み合うとは何事だ」


レオンハルトの低く、腹の底に響くような声が、騒然としていた陣地を一瞬にして氷点下へと凍りつかせる。

吹き飛ばされた兵士たちは、恐怖に顔を引きつらせながら地面に這いつくばる。


「だ、大将軍閣下……! しかし、補給部隊が到着せず、我々はもう限界で……」

「限界だと? 歯を食いしばれ! 胃袋が空なら、闘気で満たせ! 眠れぬのなら、戦の栄誉を思って目を血走らせろ! 我々の強さは、そんな些細な飢えや眠気で揺らぐようなものではないはずだッ!」


レオンハルトが気迫に満ちた声で一喝する。

強烈なカリスマと、圧倒的な暴力の気配。

その場にいた兵士たちは、彼の気迫に呑まれ、ガクガクと震えながらも「はっ……! ははっ!」と敬礼の姿勢をとる。

だが、水鏡越しに観察している俺の目には、レオンハルト自身の『限界』がはっきりと見て取れた。


彼の声は大きく力強いが、その実、呼吸は極端に浅い。

怒声を発するたびに首筋の血管が不自然に浮き上がり、こめかみには冷や汗が滲んでいる。

部下たちを統率するための『根性』と『精神論』を絞り出すために、彼自身の前頭葉もまた、尋常ではない速度で摩耗しているのだ。


「各小隊長は直ちに部隊を再編しろ! 暴動を起こした者は容赦なく斬れ! 補給は必ず来る、それまで耐え抜くのが帝国軍の――」


「――ほ、報告ォォォォォッ!!」


レオンハルトの言葉を遮るように、後方から伝令の兵士が転がるように駆け込んでくる。

その顔は絶望に染まり、口からはゼーゼーと血の混じった唾液を吐き出している。


「レオンハルト閣下! だ、第、第五軍団が……ッ! 陣幕で大規模な同士討ちが発生! 軍団長は重傷、指揮系統は完全に崩壊し、現在も鎮圧不可能な状態にあります!」

「……なんだと? 敵の夜襲か!?」

「い、いえ! 原因は……軍団長による軍資金の横領と、不倫の証拠を記した裏帳簿が、陣幕の全域にばら撒かれたことで……」

「馬鹿な……!」


レオンハルトの鋭い目が、驚愕に見開かれる。

だが、絶望の報告はそれだけでは終わらなかった。


「さらに、バルザック商業連合からの急使が到着しました! 市場から馬の飼料と替えの車輪が『完全に消失』したため、当面の補給物資の輸送は不可能であると……ッ! そして、セルディア魔導連邦からの通信も途絶! 議会が内戦状態に陥り、支援魔法部隊の派遣は白紙撤回されましたァァッ!」


静寂。

風が吹き抜ける音さえも恐ろしいほどの、圧倒的な静寂が、本陣全体を包み込んだ。

伝令の言葉を理解した兵士たちの目から、最後の一握りの『根性』すらもボロボロと崩れ落ちていくのがわかる。


補給の停止。同盟国の裏切り。内部の崩壊。

それが、たった一晩のうちに、同時に起きた。


「……閣下。これは……我々は、どうすれば……」


側近の将校が、泣きそうな顔でレオンハルトを見上げる。


レオンハルトは答えない。

彼はゆっくりと踵を返し、自身の天幕の中へと無言で歩いていく。


水鏡の視点を、彼を追って天幕の内部へと移動させる。

薄暗い天幕の中で、レオンハルトは中央に置かれた巨大な作戦机の上に両手を突く。

その太い腕が、微かに震えている。


机の上に広げられた、ルミナス王国周辺の広域地図。

彼はそこに置かれた駒を、血走った目で一つ一つ睨みつける。

アズライト渓谷の第三軍団。後方の第五軍団。補給線のバルザック。魔法支援のセルディア。


「……偶然ではない」


レオンハルトの絞り出すような呟きが、天幕の中に落ちる。


「第五軍団の横領の証拠……バルザックの市場の買い占め……セルディアのスキャンダル……。全てが、完璧に計算されたタイミングで引きトリガーを引かれている」


彼はギリッと奥歯を噛み締める。その力で、口の中が切れたのか、唇の端から一筋の血が流れる。


「我々が剣を抜く前に……我々が誇る兵の数が多ければ多いほど、この状況では逆に『足枷』となる。食糧を食いつぶし、互いを疑い、自重で崩れ落ちる……。これを仕組んだ者は、軍の構造そのものを、根底から理解し尽くしている……ッ!」


レオンハルトはバンッ! と作戦机を殴りつける。

分厚い無垢の木材が、彼の闘気によって真っ二つにへし折れる。


「武力を持たない、ひ弱な知識の国だと……? 傲慢だったのは我々の方だ! 奴らは……ルミナス王国は、我々の臓腑にまで手首を突っ込み、内側から握り潰すことができる、情報と策謀の化物だ……!」


大将軍の顔に、明確な『恐怖』と『畏怖』の色が浮かび上がる。

何十万の軍勢を率い、力こそが全てだと信じてきた男が、一度も刃を交えることなく、完全に『盤面の外』からチェックメイトをかけられたことを理解した瞬間だった。


「……気づいたか、将軍」


俺は開脚の姿勢からゆっくりと起き上がり、汗ばんだ前髪を掻き上げる。


「だが、遅すぎる。お前たちの軍隊という身体は、すでに致命的な不健康状態エラーを引き起こしている。もう、どんな精神論を処方しても手遅れだ」


相手の強さを正しく認識することは、将として素晴らしい資質だ。

もし彼が万全の健康状態であり、軍隊全体に休息と栄養が行き渡っていれば、この危機的状況からでも何らかの打開策を見出したかもしれない。

だが、今の彼と彼の軍隊には、それを行うための『基礎体力』も『脳の処理能力』も残されていない。


「さあ、どう動く、レオンハルト。このまま引き返すか? それとも、壊れゆく兵士たちに鞭を打って、さらなる死の行軍を強行するか」


俺の問いかけに答えるように、水鏡の中のレオンハルトは、血の滲む唇を歪め、凄絶な表情で天幕の外へと向かって怒号を放った。


「全軍に告ぐ!! これより全物資を兵士自らが背負い、アズライト渓谷を強行突破する!! ルミナスの王都を落とし、奴らの食糧を奪い取るしか我々が生き残る道はない!! 死んでも足を止めるなァァァッ!!」


完全な悪手だ。

極限の疲労状態にある兵士に、さらなる負荷をかけて突撃を命じる。それは戦術ではなく、ただの自暴自棄な自殺行為に等しい。


「……なるほど。最後まで『根性』で押し切る気か」


俺は水鏡の術式を解除し、深く息を吐く。

彼らは自ら、最も苦しく、最も不健康な道を選んだ。

ならば、こちらは最も健康的で、最も合理的な方法で、彼らを歓迎してやらなければならない。


「よし、ハリー。朝のストレッチはここまでだ。少し着替えて外に出るぞ」


俺は立ち上がり、肩の関節をぐるぐると回す。

外からは、ルミナス王国の国民たちが元気に朝のトレーニングを行う活気に満ちた声が聞こえてくる。


「我が国の圧倒的な『健康』の力、とくと見せてやろう」


俺はプロテインの空のボトルをテーブルに置き、軽快な足取りで部屋を後にした。

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