第四十話 ー公国マクニール②ー
……一方で、テレシアに送り込まれたヴァレリとレイチェルは、忙しなく駆け抜ける機兵族達を物陰でやり過ごした所だった。
「行った……か。外では上手くやってくれておるようじゃな」
『イエス。どう動きますか?』
レイチェルが尋ねれば、ヴァレリは「ふむ」とその表情を悩ましげに歪ませる。
「内部の構造までは熟知しておらぬ。悪手ではあろうが、大通りを避けて手当たり次第探るより他はあるまい」
『了解しました』
ヴァレリとレイチェルは、周囲に敵影がない事を確認すると、狭い通路へ視線を戻した。
「通気孔などの類があれば良いが……」
『ヴァレリ、あれを』
「む……⁉︎」
レイチェルが指を差した先にあったもの。それは、帯電した格子状の扉と、その先に続く通路だった。
「うむ。怪しいが……帯電しておる。隣にあるのはなんじゃ?」
『恐らくドアの鍵に該当するものと推測します』
「なんと……うーむ。レイチェルよ、解析できるかの?」
『イエス。挑戦してみます』
一人と一機は格子扉へ歩み寄り、カタカタと電子盤を操作する。
「見た事もない文字じゃが、これは……」
『数字です。機兵族は数列を文としております』
レイチェルは冷静に入力を進めた。
『一〇桁のパスワードの入力が必要なようです』
「ぱす……わぁど? とはなんじゃ?」
ヴァレリは首を捻りながらレイチェルへと尋ねる。レイチェルは表情を変化させる事なく、
『鍵となる数列の事です。入力によってこの扉を開けます』
「うーむ……機兵族の数字の意味する事も分からぬ。マクニールと打てるかの?」
ヴァレリがやや投げ遣りにそう言うと、レイチェルは頷いた。
『イエス。六、一、二、三、五、二、〇、三、九、三…………承認されました』
「なんと……要塞内に侵入する者がおらぬじゃろうし、無警戒でいて当たり前か。しかし──」
ヴァレリは再び唸った。
「帯電が止まったようじゃが──肝心の扉が開かぬぞ?」
『二段階認証システムです。次は一二桁のパスワードを入力しなければなりません』
レイチェルが冷静にそう言うとヴァレリは腕を組み、肘を指でトントンと叩いて苛立ちを見せる。
「壊すか……?」
『破壊による解決はオススメできません。この扉を武力を以って滅した場合、警報が鳴り響きます。潜入は失敗に終わるでしょう』
レイチェルの冷静な口調に、ヴァレリも冷静さを取り戻した。額に浮かんでいた青筋は消え、小さく一息ついた。
「……帯電が無いのであればわっちだけなら行ける。そこでパスワード……じゃったか。それに関する情報収集を始める」
『イエス。これを承諾します』
すまぬな。と言い残すと、ヴァレリはその身を霧化させ、格子をすり抜けた。
「よし……敵兵の姿もない。レイチェ──ル……」
ヴァレリは振り返り、扉近辺の壁を凝視する。
「ふむ。これがパスワード? というものか。先ほどと同じ文字が書いておる。では下の十二の文字が……」
ヴァレリはブツブツと呟くと、自身の腕を霧化させて一、四、一、二、二、五、一、三、一、一、九、四という数字をレイチェルへと見せた。
「レイチェルよ、これを入力するのじゃ」
『イエス』
レイチェルはカタカタと電子盤を操作する。十二回のタッチ音の後、扉は静かに壁の隙間へと飲み込まれた。
「うむ。潜入は成功と言ってええじゃろう。しかし──」
ヴァレリは唸り声を上げて通路を見る。無機質な銀色の通路はどこまでも長く続いており、等間隔に四角く区切られた──連なった箱の中にいるような空間は、冷たい色味も相まって夜と思えぬ程に明るい中であっても、その表情により強張りを見せた。
「夜というものはもっと暗いもんじゃろう。趣味の悪い事じゃて」
『ヴァレリ、扉が複数あります。どのポイントから攻略していきますか?』
レイチェルが尋ねると、ヴァレリは頰をポリポリと掻くと、一番手前の扉を指差した。
「芸がないがシラミ潰しに行くぞ」
『了解しました』
ヴァレリとレイチェルは、ノブも取っ手も存在しない鉄扉を一つずつ調べていく。レイチェルの表情が変わる事はなかったが、調べる度にヴァレリは芳しくない顔色になる。
「……当然じゃが、全ての扉が閉ざされておるな。奥も同じか……」
『全てにパスワードが設定されているようです。入力をしますか?』
「いや、良い……間違えれば警報が鳴るのじゃろう? まぐれで入口を開けられたとは言え、これだけの数じゃと空撃ちとなる可能性が高い。無用な博打はなるべく避けたい」
ヴァレリは爪をカリカリと噛み始めた。苛立ちを露わにしたその姿に、レイチェルは小首を傾げる。
『どうかされましたか?』
「……通路も行き止まりじゃ。戻るか? いや、それではここに来た意味が……」
ブツブツとヴァレリが呟き続けていると、一番奥手の扉に付いていた赤ランプの点灯が消え、代わりに緑色のランプが点灯した。
『ヴァレリ、施錠が解除されました』
「何を馬鹿な……むっ」
レイチェルの言葉に反応したヴァレリは、その目を丸くした。最奥の扉だけランプの色が変わっているのだ。
「……あの扉、最初からああだったか?」
『ノー。最初は閉ざされていたと記憶しています』
「むう……罠、か? いや、しかし──悩んでいても詮方ない事じゃろう。先を進むぞ」
『イエス』
ヴァレリとレイチェルは歩き出した。近寄ればその鉄扉はスッと自動で開き、ヴァレリは思わず構える。
「……自動で開くのか。敵かと思ったわい」
『敵影反応はありません。問題なく進めると思われます』
「うむ。ならば先に進むとしよう」
槍を顕現させたヴァレリは、開いたドアの先へと足を踏み入れる。複雑に金管が入り混じる通路は先程よりも薄暗さが増していく。足元灯と上部で光る一本の蛍光灯。扉近辺の明かりだけが暗闇を拒んでいた。
「……月や星々の明かりと違うて、温かみのない薄気味悪さしかないの。生活圏からしてこうじゃと、なかなか無味な──って、オヌシの前でする話でもない、か」
『……?』
レイチェルを見たヴァレリは、呆れたようにため息をつくと、髪の毛をくるくると指先でいじりだした。
「まあ、良いが。しかし、中に入れたはいいものの……先ほどと同じでどこも灯りが赤いのう。これは施錠されておるのじゃったな?」
『イエス。開くにはパスワード……または、カードキーが必要となります』
「カードキー、か……。しかしのう。そんなもの持っておらんしなあ……」
ヴァレリが悩ましげにそんな声を上げていると、
「──!」
ヴァレリの目前でランプの色が赤から緑へと変わった。
「……先ほどは故障かと思っておったが、今のは明らかに狙ったかのようなタイミングじゃったな。見られておるのか……?」
『可能性は高いかと思われます』
ヴァレリの言葉に、レイチェルは唸る。
「罠と考えて進むか……。味方がおるのか? ……いや、そんな都合の良い事はない、か。罠と見るのが妥当じゃな」
一頻り考えたかと思うと、ヴァレリは「いざ」と歩を進めた。
「む……これ、は……」
開いた扉の先にあったのは……白銀の世界に似つかわしくない植物達。水がせせらぐ音が響き、これまでの暗さが嘘のように明るかった。
この明暗の差に思わず目を細めたヴァレリは、左手で瞼に手を翳しながらも、右手に握る槍の構えは解かなかった。
『ヴァレリ。人がいます』
「む……気付かれておるか?」
『いえ』
レイチェルの二文字の短い返事を聞いたところで、ヴァレリは左手で槍に手を添える。目が慣れてきたのか、鋭い目つきで中の様子を伺った。
「……おる、な。なんじゃ、あれは」
『死んでいるものと思われます』
「見れば……分かるわい……!」
ヴァレリは、その手の槍を握る力をギュッと強めた。レイチェルの冷静な言葉にさえも憤りを露わにし、冷静さを欠く。
『分析の結果、胸部近辺内部に存在する電子機器で機能しているようです』
「……本当に、趣味の悪い事だ」
多分に怒気を含んだヴァレリの口調は、普段のゆったりした喋り方とはまるで違った。
死人……口では簡単に言えるがその姿は人としての形を保っているだけだった。皮膚は黄土色に変色し、爛れた肉片がぶら下がり、体を支えられるように最低限の骨組みが、その体を覆っていた。
自分の意思などあるはずもない。目は既に腐り落ち、その目には文字通り暗闇しかなかった。
その腐乱した死体は……声帯をカラカラと振動させた声だけを響かせ、ヴァレリ達へと歩きだした。
「レイチェルよ。壊すぞ」
ヴァレリは自分に言い聞かせるような口調でそう言った。
『イエス。自律型のようなので問題ありません。ただし、口内より有害なガスを吐いています。接近する場合は注意してください』
「……そうか。オヌシが羨ましいな」
ヴァレリは怒りを隠そうともせずに、槍の先端から結晶を散らした。分裂を繰り返した結晶群が円状にその歩く死体を取り囲んだ時、
「眠れ……百花繚乱」
ヴァレリのその号令と共に無数の青水晶の鏃が放たれた。突き刺さると同時に分裂を繰り返したその結晶片は、トゲの塊のように彼の者を包み込むと、やがて花のように大気に散り散りになって、消え去った。
後に残ったのは肉片と粉々に砕かれた骨、変形してぐちゃぐちゃにねじ曲がった骨組みと機械片だけだった。
「……帝国ですらこんな非人道的な事はしておらん。胸糞悪い……」
『ヴァレリ? どうされましたか?』
なんでもない。とぶっきら棒に言い放ったヴァレリは、室内を歩きだした。四方に扉があり、内部の形状はやはり箱型。ヴァレリが忌々しげに部屋の中で視線を動かしていたその時──
「いやはや、実に見事な手際だ。その狂いない分析能力、情報を聞いてから対処までの早さ。全く以って素晴らしいの一言だよ。楽しい余興だった」
拍手と共に……一人の男の声が響いた。男は別の扉から颯爽と現れ、笑っていた。
「……なんじゃ、オヌシは」
「マクベス。そう呼ばれているな?」
他人事のように答えたその男は、不気味な笑みを浮かべたまま、肉塊となった死体へ歩み寄った。




