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第四十一話 ー巨大兵器①ー

 その男、マクベス・ド・ディラン・マクニールは不敵に笑っていた。ゴワゴワの黒髪をわしゃわしゃと掻き乱し、白衣のポケットからケース付きのシャーレを取り出す。

 そして、反対の手を伸ばせば爪の先が開き、その先から出てきたピンセットを使って、肉片の一つを回収した。


「死してなお肉体が残るのは人だけだ。面白いとは思わんかね?」

「……何が、じゃ?」


 ヴァレリが苛立ちを隠さずトゲのある言い方で返せば、マクベスは「ふむ」と一言。


「やはりその分析能力……私にこそ相応ふさわしいモノだ。普通の機兵族マキナにはないモノだからな。……どこで、手に入れた?」

「喋らなくて良い、レイチェル。此奴こやつめが使えばろくな事に使わんじゃろ」

『……イエス、ヴァレリ』


 ヴァレリが警戒を解かぬままに、レイチェルへ呼びかければ、少女は落ち着いた口調でそう答える。


「ふむ。ある種の命令を受けはするものの、多少の自我があるのか……珍しい。私をそのような目で見る機兵族マキナは初めてだ」


 冷静に、レイチェルを分析しながら距離を詰めてくるマクベスは、警戒心などないように見える。


「そして何より……」

「むっ⁉︎」


 ズイッと距離を詰めたマクベスに、ヴァレリが槍を振るう。しかし、


「──! レイチェル、離れよ!」

『ハァッ!』


 ヴァレリの言葉よりも早く、レイチェルは蹴りを放っていた。マクベスは槍による一撃を物ともせずに、レイチェルを凝視していたが、その蹴りすらも甘んじて受け入れた。

 ……しかし。顎部がくぶに炸裂した蹴りを、マクベスは気にも留めなかった。首が曲がり、頭も傾いたが、その男は何も気にする事なく、


「ふむ……。属性を全て使えるのは主人の影響か、はたまたその能力を元から持つのか。見た事がない素材だ、欲しい』

『ッ! フェルム──』


 レイチェルが行動を起こすよりも早く。マクベスはその頭を掴み上げた。


「レイチェル!」

「ふーむ……初期化フォーマットされているようだ。反魔素アンチマナシステム……」

『ぐっ……アァッ⁉︎』


 レイチェルが初めて苦悶の顔を見せる。ダラリと垂れ下がった腕を見たヴァレリは、グラハムに駆け寄り、背中に矛先を突き立てた。しかし──


「……オヌシ、何者じゃ?」

「うーむ……。何故なぜ初期化フォーマットしたのだ?」


 甲高い金属音が響いて終わった。マクベスは、ヴァレリへ見向きもしなかった。矛先は皮膚部分で止まっており、別段気にする素振そぶりも見せずに、独り言を繰り返す。


「これほどの潜在能力を持ちながらその成果を全て捨てるなど……いや、いいか。取り外しリムーバブル で解決する話だ」

「答えよ! マクベス!」


 男は、鬱陶うっとうしいと言わんばかりに後頭部を掻き乱すと、少女の体を乱雑に投げ捨てて槍を掴むと、ゆっくりとヴァレリへと振り返った。


「……よくさえずる奴だ。だが嫌いではない。答えを他人に求める姿勢が無ければ、だが。……私が何者かと問われれば答えるのは容易たやすい。だが……物事と言うのは考えるまでの過程に意義があるものだろう? 何を見るか、何を意識するのか、どこから見るのか……。ありとあらゆる物には答えが用意されている。世界とはそのようにできている」

「……オヌシの方がよく舌が回っとるようじゃが? そして生憎……わっちは無駄な問答が嫌いでな。答えねば──」


 ヴァレリは槍先をパキパキと変形させ、マクベスの首を囲った。


「ほう……なんだ、それは? 毛程の興味があったが、これはなんだ? 何でできている?」

「……先に尋ねたのはわっちじゃが?」


 ヴァレリが変形させた円状の刃先から、とげのようなものを喉元へ突き立てる。しかし、マクベスは慌てる様子など見せない。


「私が答えたらお前は答えるのか? 物理法則を無視しているこの素材……魔法でもないな。うむ。……よし、いいだろう。私が何者か、だったか。答えは──」


 マクベスはチラリと、先ほど自信が肉片を採取した肉塊へ視線を向けた。


「そこのゴミの完成体だ」

「──! ……死ね、下衆げすが」


 ヴァレリが槍を掴み、グッと押し込んだ。……しかし、マクベスの喉元に刺さった槍は、やはり皮膚の表面で止まり、苦しげにする様子もなければ微動だにしなかった。


「動かぬ……じゃと……⁉︎」

「ふーむ……答えるつもりがなかったのか? ならばお前に用はない。新入り、お前の仕事だ」

「──なッ……! レイチェル⁉︎」

『マス、ター……登ろ、く……』

「クッ……インフィニティ、戻れ!」


 レイチェルはマクベスの声に反応して、ヴァレリへと襲いかかった。ヴァレリは動こうとしてマクベスの首元から動かない槍の形状を戻し、レイチェルの攻撃を受け止めた。


「グッ……ヌゥ……‼︎」


 間一髪でレイチェルの攻撃を凌いだヴァレリだったが、勢いのままに吹き飛ばされた。少女の腕からは白い霧がふわりと床へと広がっていた。


「グフッ! ……ゲホッ、ガフッ!」


 鉄壁に衝突したヴァレリは、血反吐ちへどを吐き、苦悶の表情を浮かべた。


「一目見て血鬼族カーミラだと分かったぞ。血鬼族カーミラの弱点は火、氷、光だ。氷属性の攻撃で実体化するのだったな?」

「……普段なら戦い甲斐がいも出て楽しめる所じゃが──オヌシ相手だとそんな気も失せるわい」


 ヴァレリがそう強がれば、マクベスは頭を二回程、指の腹で叩いた。


「入れ」

「──! やはり、罠か」


 四方の扉が一斉に開き、複数人で纏まった機兵族マキナの小隊が到着した。


「私はコレに興味があっただけだ。お前など、どうとでもできるからな。槍は回収しておいてやる、抵抗などせずに楽に死ね」

「残念ながらわっちは人に指図されるのは嫌いでな。そして……レイチェルを物扱いするでない」


 ヴァレリは槍を床に突き立てた。


「踊れ、舞領刀原ぶりょうとうげん


 チリチリと……床材の鉄を纏った結晶片がトゲの平原となって一面を覆う。


「なるほど。分裂と増加、そして結晶片を自在に操る能力を有しているのか。興味深いが──」

「何も、させぬ。大覆晶牢たいふくしょうろう


 マクベスの体を結晶片が覆っていく。マクベスはさして慌てる様子もない。対して、ヴァレリの疲労は限界を見せていた。


「この増殖の能力……限界はあるのか? 魔力で動かしているにしても、あの血鬼族カーミラの疲弊の度合いから察するに……魔法より変換率の効率が悪そうだ。本来はもっと別の何かで──」


 言い終えるより早く。結晶はレイチェルを拘束し、マクベスを含んだその他の全てを飲み込んで、ガシャリと圧殺した。


「カッ……フゥ、フゥ……頭に血が上りすぎたか。わっちとした事が奥の手を後先考えずに使うなどとは……」


 ヴァレリは銀髪を振り乱す。汗でべっとりと引っ付いた前髪と横髪を、ヴァレリは手で拭って浮かせると、拘束された少女へと歩み寄る。


『マスターの命令。標的の排除……』

「ふむ……。これ、か」


 ヴァレリはレイチェルの首筋についていた小さな機械部品を垂直に抜き取った。ギチギチと音を立てながら取れた針状のそれを、ヴァレリは床に叩きつけると同時に踏み潰す。

 途端に。レイチェルは糸の切れた人形のように体の力を抜き、自身を拘束する結晶の輪にダラリともたれ掛かる。


「どうじゃ? 戻ったかえ?」

『…………ととさま……』

「──!」


 伏せた顔を上げたレイチェルは、泣いていた。更に、髪の毛は黒ではなく琥珀色に、目も青くなっていた。そして……口調も幼げに喋り出したその少女に、ヴァレリは戸惑いを見せる。


「オヌシ……戻っておらぬのか?」

『ヴァレリのおねえちゃん……これ、苦しい……』

「む……敵意はない、か。……すまぬの、ほれ」


 ヴァレリは拘束していた結晶を霧散させる。ダラリと力無くヴァレリに体を預けた少女は、まっすぐな瞳でヴァレリを見つめると、


『ありがとう、お姉ちゃん!』

「むぅ……やめんか? いつも通り、ヴァレリと呼んでくれい」

『……だめ?』

「……ダメじゃ」

『うゆぅ……うん、わかったぁ。ヴァレリって呼ぶね』

「ふむぅ……これは、何事じゃ?」


 ヴァレリは考え込む。寸秒の後に頭を左右に振ったヴァレリだったが、思わしくない顔をしており、その答えは出なかったようだ。


「……まあ、良い。行くとしよう。レイチェル、付いて参れ」

『はぁーい』

「……調子が狂うわい」


 見た目相応の口調で話すその少女に、ヴァレリはため息をつく。


何故なにゆえこのような事になったのか……。スティアなら何か知っておるじゃろうか……」

『スティア……』


 レイチェルは、低い声でそう呟く。どこか殺意のこもったようなくぐもった声に、ヴァレリは思わず振り返った。


『……?』

「……気のせい、か」


 レイチェルが小首をかしげると、ヴァレリは一息ついて首を振る。再び正面へ向き直って歩き出した。ひとりでに開かれたドアの先、左右へ続く道を交互に警戒しながら確認する。


「……奇妙な程に静かじゃな。敵将を討ったからか……? いや、そもそも奴は死んだのか?」

『おね……ヴァレリ、何か気になってる?』


 レイチェルが尋ねれば、ヴァレリは静かに少女を見つめると、「ふむ」と唸り声をあげた。


「レイチェルよ。オヌシが知っておるかは分からぬが……マクベス。先程の奴は死んだのか?」


 レイチェルは普段のように冷静に……答える訳ではなく、「うーん、とね……」と小さな子どもが考えるような仕草を見せた。


『えっとね……生きてるよ』

「──! あっさりと死んだと思ったがそういう事か。そうなると……いかんな。本体を探さねば──⁉︎」


 ヴァレリがそう言いかけた時。空間がガタガタと音を立てて揺れた。


「地震……⁉︎ いや、違う! ぬおっ⁉︎」

『お姉ちゃん! 建物が動いてる!』

「妹は一人しかおらぬぞ! そして、分かっておる!」


 ヴァレリは槍を床に突き立て、レイチェルを抱えた。部屋は高速のエレベーターに乗ったかの如く凄まじい速度で上下左右にスライド移動していく。


『フッ、ハハハハッ! これでお前達は外に出られない。加えて、外にいる者も捻り潰してやる事ができる』

「む……どこにおる?」

『うゆぅ……ただのスピーカーだよー? それよりお姉ちゃん。この建物、変形してってる』

「ヴァレリと呼べと言うに! しかし待て、変形じゃと……? 単なる勘にしては嫌な胸騒ぎがする。ともすれば、我々は兵器を探そうとしておったが、的外れも良いところじゃな?」


 ヴァレリは槍を握りながら、思考を巡らせていたが、部屋は横に横にと回転していき、やがてヴァレリは振り回されていく。


「ぐぬぁッ⁉︎」


 ヴァレリの背中に、鉄屑がぶつかった。ずるりと槍を握る力が抜けたヴァレリは、


「……すまぬ、レイチェル」

『ほえー?』


 思わず、その槍を手放した。結晶片も消えた室内は、粉々に粉砕された小さな鉄屑とネジなどが縦横無尽に入り乱れ、ヴァレリとレイチェルはその中で揉み込まれた。


『お姉ちゃぁぁああんッ‼︎』

「すま、ぬ……ルエイン」


 ヴァレリの意識は、そこで途絶えた。

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