第四十話 ー公国マクニール①ー
爆炎と黒煙が収まると、メラメラと燃え盛る大地がまるで真昼のように、世界を明るく照らし上げていた。火中の猿人型の機動兵は、その原型を留める事すら出来ずに、内部の金属部ごとドロドロに溶解し、銀色の粘液と化していた。
『ハァアアア……』
肺の中の空気を吐き切るようにして気怠げに、巨大な竜人はその身を起こす。燃え盛る炎の中、悠然と構える事すらせずに立ち尽くすヴルムに、ルエインは冷や汗を掻く。そして、
「おい、来るぞ!」
ルエインは呼びかけた。ヴルムが背にしていた蜘蛛は、再び雷を解き放っていた。
『グルァアアッ‼︎』
それを……竜人はケダモノのように吠えながら、左手から内炎が透明化した高純度の炎を放つ。
炎に触れた雷は、突然目的を見失ったかのように、熱波に弾かれてか、大気へと霧散していった。
「これが……災禍そのものと言わしめた存在、か……」
炎の竜巻となって広がる炎熱場が渦巻き、戦場を支配していた。まるで慟哭するかの如く雄叫びを上げたヴルムに、鳥型の機動兵が襲いかかる。
「好きにさせるかッ。伍式・神無突──螺衝紋」
その巨体故か、全ての注目を一身に集めていたヴルム。ルエインは闇に乗じて鳥型の機動兵へ光の槍を放つ。
解き放たれたその光は螺旋を描きながら空を駆る黒色の鳥へと向かっていく。
「──! 反応したか」
その鳥は羽に当たる部分をガパッと開くと、ミサイル状の巨大な弾丸を射出した。火を噴き、ジェット雲を残しながら不規則な軌道を描いて螺旋する槍へと向かっていく。
「肆式・神鳥谷──神立之舞」
対抗するかの如く、ルエインは光の巨鳥を生み出し、小鳥を飛散させた。
凄まじい速度で動く小鳥達は槍の傍らを過ぎ去り、弾頭へと接触した。その、次の瞬間──
「何……⁉︎ クッ……これ、は……?」
弾丸を切り裂いた瞬間、全てを引き込まんとする程の引力を生み出し、途端に炸裂して突風を生み出した。全ての弾丸が同じように炸裂し、暴風となって戦場を駆けた。
当然、ヴルムを取り巻いていた炎も轟音を立てながら小さくなった。それだけに留まらず、生まれた風を受けて鳥型の機動兵は再び空高く舞い上がった。光の槍は獲物を見失い、マクニールの壁の一部を抉りながら突き進んでいった。
「魔法を利用する機兵族、か……」
一つの結論がルエインの口からこぼれた。
(天宝族が機兵族化した話は聞いていたが……逆も然り、か)
事前に聞いていた話の中にはなかった情報であり、ルエインは慌ただしく思考を巡らせた。
「ヴルムは──! あちらも、まだ自我はあるか」
ルエインの視線の先では、竜人と蜥蜴とが接触寸前だった。身構えていたヴルムへ向けて、その蜥蜴型の機動兵は、その口の中から小岩をいとも容易く抉り取る程の、驚異の威力を誇る高圧力な水の球を吐き出した。
『グラァッ……‼︎』
ヴルムも、火を吹きかけた。……当然、水は一気に蒸発して膨れ上がり──
「クッ……‼︎ アレも、手に余る者を寄越したものだッ‼︎」
水蒸気爆発を起こした。この場にいない者に対して、苛立ちを募らせていたルエインだったが、一先ず近場にあった岩の裏に退避する。周囲に突風が吹き荒れ、辺りは霧に包まれていった。
(敵は魔法を使う。こちらも炎を操る奴がいるが──敵も敵なら奴も奴だ。どちらも天災級の力を誇っている。規模が……違い過ぎる)
ルエインが困惑していると、激しい旋風が巻き起こり、霧を打ち払っていく。
「飛行型の風か。そして……そろそろ来るだろうと思っていたさ」
夜空の星々を覆い隠す程の無数の影。ルエインにとっては懐かしい顔ぶれである、魔工竜がいた。その体色は以前のような鈍い青色ではなく、機動兵同様に、艶めく程綺麗な塗装の施された黒色だった。
(金も混じって随分と派手やかだが……これまでの傾向から見かけ騙し、と楽観視すれば命はないだろう)
ルエインは再び剣を背へ運び、柄に左手を添えた。
「零式・神塵万衝──流鏑馬」
ルエインは、剣を振り切った。過去のように光の津波ではなく、不規則な軌道を描いて動き、無数の矢の如く、それは空を駆る者達へ放たれる。
避けようとした者もいたが、軌道は逸れる事なく追尾し、数多の飛竜の胸部を的確に抉り抜いていき、空へと飛び去った。
「ハァ、ハァ……まだまだ余力はあるようだ」
少しは成長できたようだ、とルエインは心のどこかで安堵する。ふう、と一息つくと、青年は空高くより飛来する鉄塊を躱しながら、遥か天空を旋回する戦艦を見据えた。
中からは更に追加で機兵族と魔工竜が飛び出してきていた。
「チッ……大元を立たねば、か」
ルエインは再び刺突の構えを取る。
「伍式・神無突──螺衝紋」
グルグルと螺旋を描き、再び槍を放った。周囲にいた機兵族や飛竜は巻き込まれ、粉々に粉砕された末に、砂鉄となって地上へ降り注いでいく。
(クソッ……余力があるとは言え、短期間で技を連発すれば負荷がかかる。長期戦は不利だ……)
ルエインは珍しく動揺していた。しかし、胸元のポケットを握りしめると、途端に落ち着きを見せる。
(約束、か……守れた試しがあまりないが──)
目前に迫ってきた飛竜の一体を、ルエインは一太刀の下に斬り伏せた。
「お前の、俺の……そして、仲間達の為にも、守ってみせよう」
空から無数の人型や飛竜型の機兵が襲いかかる中、ルエインは固く剣を握り直した。
そこへ……数体の機兵族が降り立ち、ルエインを取り囲んだ。
「柒式・神飆──雁渡」
青年は軸足を中心として剣を遠心力任せに、グルグルと回転してみせた。剣先から光が溢れ出し、そのまま球体を作り上げると、直後に無数の光の矢となって周囲へと拡散した。
『──ッ⁉︎』
「意思無き者に捉えられるものではない。個人としてお前達に恨みはないが──」
ルエインは冷酷な顔をして見せると、そのまま大円状に胴部を薙ぎ払って切り伏せる。
「押し通らせてもらうぞ、機兵族……!」
ドシャリと崩れ落ちた少年少女達は、虚ろな目で虚空を見つめていた。呻き声を上げる事もなく、断末魔を響かせる事もなく。まるで唐突に寿命が訪れて天命を全うしたかのように。
「始末が悪いが……感傷に浸る余裕もくれない、か。今となっては有り難いばかりだ」
ルエインの周囲に魔工竜が舞い降りた。先ほどの攻撃を受けてもなお、傷こそ残せどその身の機能は健在だったようだ。
口内から銃口を覗かせた飛竜達は、一定の距離を保ちながら等間隔で並び、
「神走・韋駄天」
一斉に射撃した。それと同時に、ルエインもまた姿を消す。土煙と硝煙の中でもそれを捉えたのか、飛竜たちは射撃を止めた。
その後、遥か遠くに青年の姿を捉えた飛竜達は、その後を追った。
「よーう、相棒ォ。楽しんでっかァ?」
「ヴルムか……首尾はどうだ?」
ルエインが尋ねれば、ヴルムは駆けながら「てーんで面白くねェな」と呆れたように言い放つ。
「一応ぶっ潰したがやり甲斐がねェ。奴さんらにゃあ恐怖心もなけりゃあ、闘志ってモンがねェ。ありゃあ、ただの殺意を持った道具そのものだぜ、つまらねェ」
「熱くなりすぎないようで何よりだ」
ルエインの皮肉に、ヴルムは「ケッ」と面白くなさそうに悪態をつく。
「これだけの被害を出せたならば、奴らも我々を度外視する事はできないだろう。本来の役割である陽動に移行するぞ」
「まあ、追っかけてきてる光線がある限り、オレ様達は延々と追撃される。このまま逃げてるだけでそうなるだろうよォ」
それならば好都合だ、とルエインは背後に目を遣る。機兵族達は機械仕掛けの飛竜に乗りながら追尾してきていた。
「……上のはどう見る?」
「アレが最高にめんどくせェが……オレ様と蜥蜴野郎がやり合ってから、途端に降りてくる気配が見えねェ。ビビってんなら結構だが何か企んでた場合がクソ程厄介だなァ」
ヴルムは後頭部を忙しなく掻き乱す。
「魔法、か……」
「ああ。もしぶっ潰した奴らの部品を回収して他の機体や、アイツ自身が使えるようになるならこれほどめんどくせェ事はねェ。蜘蛛野郎は雷、蜥蜴野郎は水、あのゴリ公が何かは知らねェが鳥野郎は風だったか? いずれにせよ、奴らのオツムが足りてねェのが救いだが……」
「司令塔が現れれば厄介になるな」
ルエインの言葉に、ヴルムは「ああ」とぶっきら棒に返事をした。
「そういやマクベス……だったかァ? そいつが現れたらオレ様はそっちを相手にしてェ。心の無えアイツらみてェなのが一番御免だなァ」
「……いいだろう」
ヴルムの言葉に、ルエインは相槌を打つ。その後、ヴルムは背後へ視線を向けた。
「適度に潰さねェと手に負えなくなるぜ、ありゃあ。ワラワラと虫の子みてぇに沸いてきやがる」
「同感だが……今は神力を蓄えたい。追っ手の者共は──」
「オレ様に任せる、ってかァ⁉︎」
高速で追ってきた緑髪の機兵族達を、ヴルムは竜の巨腕を以って蹴散らす。
「いいぜェ、オレ様にも都合がいいからなァ」
「……すまない」
別に構いやしねェよ、とヴルムは鼻を鳴らした。
「オレ様の竜力は吐き出さねェとオーバーヒートしちまう。言ったろ? 都合がいいってなァ?」
「……そうか」
屈託無く笑うヴルムに、ルエインも初めてその男に対して笑みを見せた。
「潜入は……上手くいったようだ」
「らしいなァ。賑わってきたじゃねェか」
二人がそう呟き前を向いた時、
『ウチ人生最大のモテ期なんやけどー⁉︎』
「やれやれ……首尾は上々か?」
ルエインが尋ねかけると、テレシアはその隣を並走しだした。
『二人共ちゃーんと送り届けてきたで! 二人共早よ乗り!』
「ああ」
「すまねえなァ、お嬢』
ルエインとヴルムがテレシアの背に乗り上げると、テレシアは更にその速度を上げた。
「助かった。だが──」
『分かっとる、あんま距離開けすぎたらあかんのやろ?』
「……そうだ」
付かず離れず、一定の距離を保ちながらテレシアは駆け抜ける。
「さァて……ここからが正念場みてェだなァ?」
『嘘やん! 先回りされとる!』
「当然といえば、当然か」
テレシア達の前に、背に機兵族を乗せた大量の魔工竜が立ち塞がった。
「準備はできたってかァ?」
「人海戦術、というやつか。退屈をさせないようだ」
その遥か後方には……鳥型の機動兵が待ち構えていた。




