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第三十二話 ー燻り②ー

 ブランハイム皇国と呼ばれる国がある。ウルティマ大教会を中心とした国であり、法皇は初代の法皇であるブランハイムの名を継ぐ。また、その後継者達も後継者として選ばれた段階で、その名を仮名かめいさせる制度を持っている。


 豪華絢爛、宮廷の如く優美かつ荘厳さのある石造りの教会の中で、腰まで長く伸びた金髪の男が、赤い瞳を輝かせて。大衆の前で見事な装丁そうていの施された分厚い本を読み終え、大衆から崇められていた。

 平伏へいふくする一同へ優しい声色で「では、またここで会いましょう、神の教えのもとに」と告げ、暗闇へと立ち去る。

 そして、そのまま本を抱えて歩いていたその男は、突如としてピタリと足を止めると、通路の石柱を凝視する。


 その目は先ほど大衆へ向けていた穏やかな顔とは違い、視線だけで人を殺せるのではないかと疑えるほどに鋭く、冷淡であった。


「それで……あの男は死んだのか」

「はい。しかし、無駄では御座いません。無事に種はかれました。これで〝あの王国〟からこの皇国へと、多くの難民が押し寄せる事でしょう。作戦の全ては、レイ様の御心のままに進んでおります」

 

 暗闇から突如として現れた黒スーツの男──シン。レイと呼ばれた眉目秀麗びもくしゅうれいな顔立ちをした男は、フンっと不快そうに鼻を鳴らすと、その眉間にしわを寄せる。


「私は私で忙しいのだ。始祖を復活する為……その所在を知る為の羅針盤──モルバダイトを探さねばならぬ。何故、知恵を回す如き単純な事すらままならぬのだ。なり損ないのカス共は手をわずらわせるばかりで何の役にも立たぬ……貴様らなり損ないはどんな役割ならまっとうする事ができるのだ」

「……返す言葉も御座いません、わたくしもそう思っております、ええ」


 ニコニコと笑ってそう返すシン。レイは不機嫌そうに顔をしかめる。


「食えぬ男だ。ヒトに仇なし、国を裏切り……我らが始祖の導きの先、お前はどこへ向かうつもりだ?」


 レイが尋ねれば、シンはクスリと笑う。


「お戯れを。……わたくしはどこへも向かってなどいませんよ。所詮しょせんは日陰者。誰かの光無くしては生きてはいけないのですからね……」


 チラリ……と奇術師の如き男の赤い目が虚空を見つめると、レイは鼻を鳴らした、


「どうやら自分の立場をわきまえる程度の知能はあるらしい……」


 レイは「それで、だ……」と思い出したかのように続ける。


「問題は奴らが私の思惑通りに国を落とせるかどうかに掛かっている。貴様の節穴な目でも力量程度は読めるだろう。行けそうか?」


 問いかけられたシンは、やはり面白おかしく笑う。


「そうでなくては困ります。問題があるとするならば目標の属国である公国マクニールそのものでしょう。あれはまともにやり合えば一筋縄ではいきません」

「……そうか。ならば我が高潔こうけつなる血を、少量恵んでやろう。後は……分かるだろう?」


 ニヤリ、と口角を釣り上げて笑うレイ。シンも貼り付けたような笑顔を崩さぬまま、


「はい。大恩ある貴女様の計画であればこそ──この命、盛大に散らして見せましょう」


 闇の中へと溶け込んだ。金髪の男は、再び歩き始める。血の道のような絨毯を踏みしめ、悪魔のように笑ったままに。


***


「んがっ!」


 所変わってフルース=レグヴェル共和国。大きな円卓のある会議室で居眠りをしていたマルクは、奇妙な声と共に目覚め、その目を擦った。


「やあやあ。起きたかね、給料泥棒くん」

「…………ギルドマスター……」


 寝起き直後に獅子顔が唐突に目の前に現れても、マルクは少しの動揺も見せずにあくびを掻く。


「しょうがないっスよ。昼間は商業、夕方からは会議や税務、それでいて常時くだんのパーティーをサポートしろって言うんスから普通に過労っスよね。ポーションで誤魔化すなんて貴族な振る舞い……貧乏性の抜けないオイラには真似できないっス」

「それをやってもらわねば困るのだよ。


 やれやれ……と首を振るレオニールに、マルクも呆れたように溜め息をつく。


「フム……。マルコじぃよ、最近取り扱い始めた珈琲コーヒーというものがあるだろう。アレを持ってきてくれたまえ」

かしこまりました、大統領」


 傍らで待機していたマルコは、その注文を聞くなりすぐさま動き出す。マルクは「うへーっ……」と小さく声を上げた。


「それ、貴族向けの高級品っスよね? そんなおいそれと……」

「うむ、我輩わがはいはこれでも常に最先端を突き進む貴族だが?」


 時折忘れるっスよ……と肩を落としたマルクを、レオニールは「ハッハッハッハッ!」と高らかに笑い飛ばした。


「じーちゃんの人脈に感謝っス」

「うむ、あれで読み書きが出来たら完璧だったがな」


 レオニールの言葉に苦笑を浮かべるマルク。


「じーちゃんはあれでいて全盛期から意外と脳筋っスからね……」

「うむ、前任の時代から支えてくれた者だったからな。知っているぞ」


 たはは……と再度の苦笑を浮かべたマルクは寸秒の後に、「そういえば……」と切り出す。


「文武両道なお年寄りで思い出したっスけど──こんな時にレナードさんあたりがいてくれたらなあなんて思っちゃうっスよねー。キャロルやビルだって伝達係としては、まあ……」

「言っても仕方があるまい。君も、我輩わがはいも……いささか頼り過ぎていた節もあるのだから」


 そうは言ってもっスねー……と気の抜けた返事をしながら、マルクは目の前にある資料をペラペラとめくり始める。


「こんな復興にいくら使いますとかそんな資料……いちいち目を通す必要ないんじゃないっスか? 必要だっつってんスから」

「君は自分の損得に絡まないと本当にどうでも良さそうになるな……」


 レオニールが呆れたように溜め息をつく。


「こういう時だからこそ気が抜けぬのだ。みなみな、高い志を持っている訳ではない。ここぞとばかりに高額の申請をして、不正に利鞘りざやを得ようとする不届き者もいるのだ。誰の目にも明白な高額申請は──」

「こうやってハネる訳っすね?」


 どうだ、と言わんばかりに一枚の書類をレオニールの元へと滑らせたマルク。レオニールはそれを手に取り視線のみで文面を追うと、ニヤリと笑う。


「その通りだ」

「くはぁー、しかしこんだけ時間かけて一枚っスか……」


 残念そうにくたびれた顔を見せるマルクに、レオニールは「ない方が良いのだが……」と苦い笑みをこぼす。そこへ──


珈琲コーヒーが入りました。ミルクやハチミツはお好みでお入れ下さいませ」

「うっは……貴族の茶会じゃないんスから……」


 湯気の立つ茶色い液体の入ったカップがマルコの手で運ばれてきた。ミルクピッチャーに入った牛乳と、小瓶に並々と注がれてきたハチミツに突き刺さったハニーディッパーに、マルクは呆れ半分、子供のように目を輝かせる。


「うーむ、良い香りだ。初めて淹れてくれた時は何かの間違いだと思ったが……なかなかどうして。やはり、素晴らしいものだな」

「何事も最初からは上手く事が運ばぬものです。からかわれるのはやめていただきたい……」


 レオニールの言葉に、気恥ずかしそうに顔を背けるマルコ。果たして、獅子顔の少年は高らかに笑う。


「良いではないか、マルコじぃ! 練習したのだろう? …………この通り、味もとても良くなっている」

「高級品を惜しみなく使うとか……節制はまずそこからっスよね?」


 マルクが談笑する二人にツッコミを入れたその時──扉は、乱雑に開かれた。


「緊急事態ですッ! ギルドマスターはおられますか⁉︎」


 受付嬢が肩で息をし、疲労からか座り込む。


「なんスか? 次は誰をはらませたんスか?」

「人聞きの悪い事を言わないでいただきたい……」


 呆れたように決めつけたマルクに、レオニールはどこか焦りのある表情を浮かべる。そんな二人を他所よそに、歩み寄ったマルコは受付嬢に手を差し伸べる。


「落ち着きなさい。どうなされた?」

「か、火急の件により……ギルドマスターに、報告が…………」


 乱れた呼吸で要領を得ない女性に、マルコは「フム……」と一息つく。


「いいから落ち着いて話しなさい。大統領閣下もおられる。どうしたというのだ?」

世界を駆ける風フレース・ヴェルグのアレキサンドロス王国支部にて、反乱が起きました……」

「──! なん、だと……⁉︎」


 マルコがその声を荒げると、珈琲コーヒーを取り上げられたマルクと、取り上げたレオニールも、一様に視線を集める。


「何事だね? マルコじぃ

「早く返して貴族ごっこをやらせるっス」


 真顔でマルコへ視線を移すレオニールと、その隙をついてサッと手を伸ばすマルコ。ツイッと引っ張られた茶器は、ギリギリでの届かない所で止まり、業突く張りの商人は手をジタバタと動かした。

 マルコは……受付嬢と話して「分かった」と相槌を打つと、暗い面持ちでレオニールの元へと足を運ぶ。そして──普段より一層しわを深くさせながら、重い口を開いた。


「由々しき事態でございます。アレキサンドロス王国にある我がギルドの支部。……其方そちらを任せていた支部のギルドマスターが反旗をひるがえしたようです」

「──なんとッ!」

「……マジ、っスか」


 マルクとレオニールは、度肝を抜かれたが如く目を丸くした。


「あそこを任していたのは──」

「アノールド・ブレイヴニールでございます」


 レオニールの言わんとせん言葉を察してか、マルコは言い切るよりも早く伝える。


「フム……奴は慎重な性格だったはず。何故こんな大胆な行動を…………」

「言ってる場合じゃないっスよ、これ。他国に信頼を寄せて置いてあるギルドが揉め事なんて起こそうもんなら……国際問題じゃないっスか⁉︎」


 焦るマルクに、マルコは目を伏せる。レオニールは少しの間、唸り声を上げたかと思うと、


「マルク君。頼みがある」


 そう、呟いた。


「な、なんスか……? 鉄砲玉は嫌っスよ?」

「そうじゃない」


 冷や汗を流すマルクに、レオニールは真顔で首を振った。


「我が国の財政で彼の国に宣戦布告などされたらその時点で壊滅は必須。苦肉の索ではあるが、至急ルエイン君達に伝えたい事がある」

「…………まさか──!」


 レオニールの顔をしばらく見ていたマルクは、数秒ののちに、その目を大きく見開かせる。


「フォルキマノフ帝国と同盟を結ぶ」

「…………ほんっと、我ながら余計なモン作ったなって今更思うっスよ……」


 頭を抱えたマルク。会議室には、暗く重い空気が漂っていた。

これにて、第三章は完結となります。ひと段落……という形には落ち着きませんでしたが、これはこれで良いのでは、とも思います。

物語もいよいよ折り返し地点に差し掛かってきました。後半へ向けて、自分の文才で表現しきれるのか……等の不安も残っておりますが、楽しみにしてくださっている方々もいらっしゃいますので、それらを励みにして最後まで書き留めたいと思います。

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