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第三十三話 ー裏切り①ー

 フォルキマノフ帝国地下四六階。そこがスティリアが目覚めた場所だった。あれから二日経ち、一同は体の調子を取り戻していた。


「そろそろ出立しないとだね。あんまり他国に長居しても悪い気がするし」

「……そうだな」


 スティリアの提案にルエインが賛同し、レイチェルも無言の相槌を打つ。テレシアはと言えばウトウトと頭をふらつかせており、ヴァレリは現在この部屋にいない。


「記念に何か買って帰ろっか」

「……それもそうだな」


 ふふふ、と笑いかけたスティリアに、ルエインは相変わらず単調に返す。そんな中──


「邪魔するぞ」

「ヴァレ──‼︎ ……リ?」


 ヴァレリが入室を果たす。その手に槍を携えており、その背後には苦々しい表情で銃口を構えるトゥーラが控えていた。のっぴきならない状況に、テレシアの眼光も鋭くなる。


『……これは何の冗談や?』


 テレシアが尋ねると、ヴァレリは乾いた表情を浮かべながら口を開く。


「……皇帝陛下から其方そなた達へ直々の礼を述べたいとお言葉をたまわった。付いてきてもらうぞ」

「歓迎したい……と、いう訳ではなさそうだな」

「ヴァレリ……ちゃんと説明して」


 スティリアが尋ねかけると、少し唸り声を上げるヴァレリ。しかし、その表情は変わらない。


「説明も何も今言った通りじゃて。それとも──」

『ッ! マスターッ‼︎』


 ヴァレリの背後から煌めく刃が解き放たれた。それらをレイチェルとルエインは素手で撃ち落とした。


「……力付くで連れて行くのがお好みじゃったか?」

「……本気なようだな。ならば──」

「ならば、どうする?」


 パキッと音を立てて、撃ち落とされた結晶は少し肥大化する。まるで細胞分裂するかの如く増えては地面を転がる結晶片は、ヴァレリの一声を待つ牙そのものだった。


「オヌシが相性の悪いわっちの首を掻くのと、わっちの槍がオヌシらを串刺しにするのが早いか……ルエイン、試してみるか?」

「チッ……」


 ルエインは舌打ちをする。それは、結果は火を見るより明らかであると言ったようなものだ。


『本気なんやな……? 何の説明もなしに、こんな大胆な事して』

「……オヌシらに選択肢などない。この国では皇帝陛下の言葉が全てだ。トゥーラよ、縛れ」

「はい…………」


 トゥーラは背後に回っては、手枷を嵌めていく。テレシアを除いた一同は、手枷とそこから伸びる鎖で繋がれた。

 そんな中、ヴァレリはテレシアのそばに寄ると、無造作にその尻尾を掴み上げる。


『イダダダダダダッ‼︎ なんやねん⁉︎』

「……皇帝陛下は小動物などお呼びでない。オヌシはこの部屋で待機しておれ」


 続けて、ヴァレリはテレシアの長い耳に口を寄せて何かを呟いたかと思うと、無造作にベッドの上へと投げ捨てた。


『ギュフッ‼︎』

「テレシアッ‼︎ ヴァレリッ⁉︎」

「……」


 キッとヴァレリを睨みつけるスティリアだったがヴァレリは目も合わせない。だが──


『ええ、ええ! ウチは大丈夫や! 早いとこ用事済ませてき!」

「テレシア……」


 ピョンピョンとベッドの上で跳ねながら明るく振る舞うその小動物に、ルエインは何かを悟ったかのように頷く。


「…………行くぞ」

「ああ、分かった」


 ヴァレリに従い、一同は部屋から去る。最後に、申し訳なさそうにしてチラリとテレシアを見たトゥーラ。テレシアは無言のまま笑顔で手を振る。

 斯くして……扉は閉ざされた。小動物一匹を残して。


「しかし…………アイツもどっかの誰かさんに似て不器用なやっちゃで」


 テレシアはぶつくさと悪態をつく。その脳裏には先ほどヴァレリに耳打ちされた言葉が渦巻く。


──ヴァニラがここより三つ下の階層に捕まっておる。女帝に警戒されていないオヌシにしか頼めない、妹を助けてくれ……──


 テレシアは、ブルブルと首を振る。パチクリと目を瞬かせたかと思うと、周囲をくるりと見回し、通気孔でその視線を止めた。


「兵士にも見つからん方がええよなあ。……ま、人目につかんとこ言えばあっこやわなぁ」


 ブォオオオオと唸り、そよ風を吹かせるブラインドに近付くテレシア。人の身に姿を変えると、「ふぎぎっ……!」と踏ん張りながら、獣娘は力の限り枠を引っ張る。パキッと音を立て、カパリと外れた枠からネジが落ちて石床の上をコロコロと転がる。


「うっわ、ないわぁ……」


 ブラインドが隠していた先。埃で目詰まりしたフィルターが露わになり、テレシアはその眉をひそめて、げんなりした表情を浮かべた。


「これは高く付くで、ヴァレリはん」


 この場にいない美女へ悪態をついたテレシアは、フィルターを外す。花から花粉が散るかの如く、外す際の衝撃で埃が舞い上がり、テレシアの顔に容赦なくかかった。


「出鼻挫かれすぎて泣きそやわ。最悪過ぎるやろ、これ……」


 完全に萎えきった顔をして通気口に手をかけたテレシアは、その体を獣化させて、ダクトの中へと潜り込んだ。


『しかも狭いんやしくさいんやし熱いんやし……ボイラーやっけ? こんなとこ長居しとったらウチ干物になってまうわ』


 テレシアは這うようにして……動物ながらも匍匐前進ほふくぜんしんの要領で先へ先へと進む。


『こんなとこ通るもんちゃうな……。ネズミの死骸まであるやんけ。しかもほんまに干からびとる……』


 うわー、ないわー。と言いたげなテレシアは気を引き締めるが如くズリズリと進む。


『分かれ道……』


 前方へ進む道と左へ曲がる道。テレシアは進む速度を緩めずにまずは先の道をよく観察する。


『奥にもまだあるけど、あっちは微妙に光が漏れとる……部屋か? 左は──』


 差し掛かった時にテレシアがチラリと見れば、そこには円形の穴が開いており、下に続いていた。


『ビンゴ。やけど……これ、降りるんはええけどうるさない?』


 騒音の心配をしながらも、足は運ばれていた。丸穴に到達したテレシアは、表情を苦悶くもんに歪める。


『下の方が熱いんかい……! ほんで痛いし!』


 熱気に当てられてか、テレシアは反射的に少し後退あとずさろうとするが、臀部でんぶ近辺の尾骨びこつが天井に突っかかり、その後退こうたいを許さない。


『最悪やわ……骨とかいくらスーパースリムボディなウチでもダイエットしようがないで』


 誰からも言われた事のない褒め言葉で、一人自画自賛するテレシアだったが──いくらもがいても後ろに戻る事は出来なかった。


『ここだけ狭いんか……。しゃあない、降りてみるか』


 テレシアは、気を引き締めて先へ進む。その身を覆う長毛が風になびき、体に付いていた埃を攫っていった。


『ほな……いくで!』


 誰に宣言した訳でもなく、グッと目をつむってテレシアは飛び込む。ボーン、ゴンッ、などと音を立てながら、テレシアはなんとか着地した──背中から。


『いっ…………たいねんボケぇ……! 会った事ないけど皇帝嫌いやわっ、オタンコナス……』


 涙目になりながら、テレシアは周囲を見回す。少し開けた空間。目の荒いフェンスのような網の下では大きなファンが回っていた。上へと気流を起こしてはいるものの、テレシアの体を浮かばせる程の浮揚力ふようりょくはない。

 テレシアは四方にそれぞれ分かれた道を見つけると、不機嫌そうに目を細めた。


『ぱふぱふの刑やでこれは。おっぱい祭りや』


 くして、小動物は鋭い視線で周囲を見渡す。しかし、もはやネズミの死骸すらない。しかし、テレシアはある事実に気付く。


『……下に行くほど熱いなら、少しでも熱い方に行けば下に降りられる、か……。うわー、気付きとうなかったわ』


 テレシアは完全にる瀬無い顔となった。くるりと空間内を回り、ある一箇所で止まった。


『微妙にこっちのが熱い気ぃするな……。こっち行くか』


 既に耳も垂れ下がり、気力ないままにテレシアは再び狭い通路へと入り込む。再度這いずる事を強いられたテレシアの表情は険しい。


『自慢の毛もすすだらけやわ……。厄日やな』


 白い毛は黒ずみ、擦れた部分が灰色に染まる。遠目に見ればネズミそのものになった小動物は、次第に口数も減った。迷路のように複雑になってきたダクト内を、本能任せに進んでいく。


『…………ここやな』


 テレシアは這い回り、再び穴へと辿り着いた。風は最初の頃より更に強くなっており、テレシアの顔の強張りも、より強くなっていた。


『この下、もう呼吸もままならんくらい熱が強なっとる気がする……。息吸うて──』


 プクッと頰を膨らませたテレシアは、穴へと飛び込む。再びゴンゴンと体を接触させ、涙目になりながらも着地した。しかし、口に含んだ空気は吐き出さなかった。


(うっわぁ……最悪。下に行けば行くほど埃酷いわ。クッソ熱いしほんま、ウチ何こんなとこで何してんねん……)


 目を霞ませ、吐く息も弱い。それでも、小動物はその歩みを緩める事はなかった。


(三つ下の階層……ここの、はずや…………)


 テレシアは、頭をフラつかせる。その身を覆う優美だった長い毛も、今ではすすけて汚れている。


(話し声……)


 テレシアは垂れた耳をピクリと動かした。ズリズリと力無いままに、ダクトを這いながら、光の差す方へと向かっていく。


「ドラグノフ様、あのぅ……」

「オレ様の事なら別にヴルムでいいぜぇ。特別に許してやらぁ」


 申し訳なさげに呼びかける声と、尊大な態度で反応する男の声が聞こえてきた。テレシアはズルリズルリと忍び寄る。

 更に声は大きくなる。


「スカーレットの〝サブラージ〟ってヤツ、いつ見てもえげつねぇなぁ。誘惑テンプテーションなんてレベルじゃねぇぜこれは。少佐とは言え逆らえばこの通り傀儡かいらいにさせられちまう訳か」

(なんやと…………⁉︎ いや、今は目的地に辿り着いた事を喜ぶべきやな。それににしても早よ出て行けや! 息が……ッ‼︎)


 テレシアは喉をへこませ、頰を溜め込んだ時以上に膨らませている。


「あー、なんだっけー。名前忘れたけどよォ。今スカーレットの奴が会ってる奴さァ。尖兵の駒として使うんだろォ? 公国マクニールなんざやっこさんの兵器そのものだぜ? 残したら目の上のたんこぶになるからって初っ端からなんざ正気の沙汰じゃあねェ」


 グッハッハッハッハッ! と豪快に笑うその男に、テレシアは目に光を取り戻す。


(なん、やとォ……⁉︎)


 その心中は穏やかでない。複雑に色々と思考を巡らせていると、「じゃあなァ」という声と共に、扉が閉まる音がする。


めた、今や……!)


 テレシアはもぞもぞと埃まみれのフィルターに近づくと、小さな手を押し当てる。


(力が、足らん……部分的に大きくできるか?)


 少しだけ、テレシアの体が大きくなる。やや細長く伸びた体は、ハクビシンのような姿になる。


(突っ張れる……爪にかかった、いける!)


 グググっと後脚の爪を、ダクトの継ぎ目に引っ掛けて、体を細長く大きくしていく。顔がフィルターに張り付き、埃がバサリと落ちたかと思えば、再び風で貼りつく。


(これ、向こうの冷気入ってきて呼吸できるけど、埃が──あかんッ‼︎)


 テレシアの鼻はヒクヒクと動き出す。吹き付ける風で離れては戻る埃がテレシアの鼻に触れた。


『ハッ、ハッ──ックシューンッ‼︎』


 盛大なクシャミと同時に、テレシアはダクトからフィルターやブラインドを突き破って、室内へ転がり込んだ。


『ウェッホ、ゲホッ、エホッ、ふぁあ……』


 これまでの呼吸を取り戻すかの如く、テレシアはゼェハァと呼吸を繰り返す。一時的に細長くした体も、短くなっていく。


「んだァー?」


 桃色の髪色の男が、逆立った髪を掻き乱しながら、声を上げる。手に持つ煙草たばこを吸い上げ、灰皿に突き立てる。


『ゲホッ、エホッ……せっかく空気吸えたとおもたら毒ガス撒き散らしてなや……』

「強気だねェ。オレ様好みだぜー? ケダモノじゃなけりゃあなァ」


 咳き込むテレシアの悪態に、男は特に驚く素振りも見せずに言葉を返す。


『ヴァニラはどこや?』

「いるじゃねェか、そこに」


 男は再び煙草たばこを手に取ると、握って火を点けてそう返す。


『どこに──ッ⁉︎』

「不審者を発見。抵抗を見せれば即射殺します」


 ヴァニラの抑揚のない声が響く。テレシアの後頭部には、虚ろな目をしたヴァニラによって銃口を突きつけられていた。


「まー、なんだ。密偵ごっこは楽しかったろ? お疲れさん、とだけ言っておくぜェ」

『…………お前、絶対ぶっ殺したるわ……』


 睨みつけるテレシア。男は「お前じゃねェ」と、紫煙しえんくゆらせながら小動物を見下す。


「オレ様はヴルムスラフ・フォン・ドラグノフ。特別にヴルムって呼ぶ事を許してやるよォ」


 フワーッと煙を吐いて、ヴルムと名乗った男は渋味走る顔をニヤリと歪ませ、不敵に笑った。

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