転- 13.開放
「おい、いい加減に起きろよ」
不機嫌そうな表情で、気を失っている槐の頬を“ペチペチ”と叩く煌。
ヒナタは苦笑いをしながらも、自分の膝の上に頭を乗せて、穏やかな顔で眠る槐を見つめる。
その雰囲気は、先程の死闘が嘘のようにも感じられた。
「うっ……痛い……」
「おっ」
叩き飽きたのか、軽くつねる動作に移行すると、流石の槐も顔を歪め、ゆっくりと目を開く。
ヒナタと煌の姿を交互に見つめて、瞬きを数回したかと思えば、勢いよく体を起こして、自分の右腕を確認した。
「……体が……戻ってる? え、どうなって……?」
「一時的に槐君の中に入り込んだモノを弾き出したんだよ」
その言葉に瞬きをまた繰り返し、チラリと煌の方を見る。
至る所に血を滲ませ、すぐにも治療が必要そうな姿に、気まずそうな表情をした。
そんな様子に、何故か鼻で笑う煌。
「はっ……死に損なって良かったな」
「……そっちこそ、死なないとか不死身なわけ?」
「はぁっ!? んな訳あるか! 死にそうだったってーの!」
「ちょっ……二人共……」
額がくっつきそうな程の距離で言い合いを始めた二人に、ヒナタが慌てて駆け寄る。
しかし、すぐにケンカではない事に気付く。
お互いに毒のような言葉を吐きながらも、笑い合っていたからだ。
やっぱり最初に思った通りだ……この二人は似てるね。
仲が悪いように見えても、お互いの事が手に取るように分かるくらいに仲が良い。
何となく、その光景を懐かしく感じる気がする。
――――ん?
微笑ましく見ていた二人の背後に、スーッと何かが浮き出ている事に気付く。
あれは……以前煌君には黙っていた透明な扉?
今はあの時よりも大きい。
二人を中心に聳え立つ両開きの扉は、二人の距離が近付く程、はっきりと見える。
「ん?」
「何、これ……」
前はヒナタにしか見えなかった扉は、煌と槐にも見えたようで、二人は不思議そうな表情で大きな扉を見上げた。
「扉か? 開きそうにねぇけど」
「こんなの見た事ない……何か、僕達に反応してるよねコレ」
扉に二人が触れると、まるで心臓の鼓動のように、一定のリズムで淡く光る。
その光景に、三人でただ唖然と立ち尽くしていると、ガサガサと茂みが揺れる音が近付いてきた。
『!?』
「――――やっぱり、ね」
警戒した二人がヒナタを庇って前に出るが、茂みから顔を出したのは深い笑みを浮かべる蛍であった。
ゆっくりと草木を掻き分けて三人に近付くが、どうやら彼一人のようである。
「蛍、他はどうした?」
煌が怪訝な表情で辺りを見回しながら聞くと、ニコニコ笑いながら首を横に振った。
「途中から睡蓮の術に三人が映らなくなって、別々に捜索してたんだよ。運良く僕が当たりで丁度よかった」
「何が丁度いいんだよ? つか、“やっぱり”って……」
蛍は意味深な微笑みを浮かべたまま、一度嬉しそうに光る扉を見上げ、またゆっくりと視線を三人に戻す。
「――――ねぇ、帰りたくない? 元の、世界に」
『!?』
その言葉に三人は驚いた表情で息をのんだ。
蛍はその反応に満足気な雰囲気で頷くと、驚きつつも警戒している槐を見る。
「一時的に体の中から追い出せたみたいだけど、君は仮面が無い状態でここに居たら、また同じ事の繰り返しだよ?」
「……あんたがずっと待ってたのって……コレ? 敵である僕と煌が二人揃わないと反応しないって知ってたんでしょ? そうまでしても、この扉を開けたいって事だよね」
……蛍はこの扉が何なのか知ってるんだ。
どういう条件で現れるか……そして、扉の向こうに何があるのかを。
それだと、ここに一人で来た事も偶然じゃないかもしれない。
全て、計算通りだとしたら……蛍、貴方は何者なの?
ヒナタが不安気に蛍を見つめると、少しだけ困った表情をした。
「大丈夫だよヒナタ。何も心配ないよ……全て元通りにするだけだから」
「……は? よく分かんねぇんだけど……俺と槐がこの扉を開けられるってどういう事だよ」
煌の問い詰めに蛍は首を横に振って、話す気配はまったくない。
むしろ辺りを気にし始め、少しばかりの焦りもあるようだった。
「どうする? また、堕ち人になりたいの? あまり時間が無いんだ……早くしないと、邪魔が入るかもよ」
確かにこのままじゃ、槐君はまた同じ事の繰り返しだ。
彼だけでも、帰れるならその方が良い……でも――――
チラリと煌を見れば、考えている事は同じなようで、目があったと同時に頷き、考え込んでいる様子であった槐の肩にそっと手を置いた。
「やるぞ」
「僕は……」
「帰るか帰らないかは後で考えようぜ。この扉の向こうに本当に道があるか分からないしな」
元気づけるかのように煌が軽く背中にポンと触れた後、じっとりとした目で、満足そうに微笑んでいる人物を睨む。
その視線を受けて大袈裟に傷付いた表情をした蛍だったが、口元は僅かに弧を描いている。
「え、酷いなぁ~嘘じゃないよ?」
「記憶が戻ってから、お前は胡散臭いんだよ」
「ふふふ、で? 決まった?」
飄々とした態度に槐も顔を歪めたが、ゆっくりと頷く。
「やな予感するけど、帰りたい気持ちは少しあるから……やろう、煌。開いたらきっと何かが分かる」
「おう」
二人は背後に聳え立つ扉と向かい合う。
先程とは比べ物にならないくらいに、鼓動のような光は激しさを増していた。
槐君の言う通り……何だろう……胸騒ぎがする。
本当にいいの?
「さぁ、二人共扉に触れて強く思うんだ。“かいほうする”と――――」
「ほた……」
ヒナタが止めようか迷っていると、それを振り切るように蛍が前に出る。
その言葉に従って二人が扉に触れ、もう止まらない所まで来ている事に気付いた。
「ヘマすんじゃねぇぞ! 槐!」
「誰に言ってるの? 当たり前だよ、煌!」
『――――開け!! 開放しろ!!』
最後の確認を取るかのように頷き合い、煌と槐の声が森に響いた瞬間であった。
突如空間が捻れ、その中から鬼気迫る表情の朧が姿を現し叫ぶ。
「二人共やめろ!!」
『!?』
その声に驚いて二人は扉から手を離したが、扉は光の粒となって辺りに弾け飛ぶ。
「何だ!? 何が起こっている!」
「す、昴さん!」
まばゆい光の中、昴・朔・睡蓮の三人も到着し、ヒナタ達に駆け寄った。
「ヒナタさん、無事で何よりですが、何があったんですか?」
「ご、ごめんなさい。私も何がなんだか……」
「……」
心配気な表情で、朔が辺りに浮遊する光の玉を見渡していると、朧が怒りの表情で蛍に詰め寄る。
「蛍っ……封印を“解放”してしまうとは……どういうつもりだ」
「え……」
今までに聞いた事のない、低い声が静かに響き、その場が一瞬にして凍り付くのを感じた。




