転- 11.手を繋いで
――――ねぇ、いつまで寝てるつもり?
誰かの声で目を覚ます。
目の前にはいつもの様子で槐君が立っていた。
その横には呆れた表情の煌君が腕を組み、こちらをじっと見ている。
行かないの? 行かないなら煌と二人で先に行くから。
そう言うと二人は並んで歩き出す。
その先には大きな両開きの扉が聳え立っていた。
待って。
二人共大丈夫なの?
私も――――――。
何故か横になっていた私は、混乱しながらも慌てて立ち上がり、二人の背中を追う。
それに気付いた槐君と煌君は立ち止まり、笑いながら片手をそれぞれ差し出した。
冗談だよ、バーカ。
焦んなくても、置いていかないよ。
良かった……二人とも怪我をしていない。
私は飛び付くように二人の手を握る。
そして三人で扉の前に立つ。
理由は分からないけど、何だかとっても嬉しかった。
帰ろうぜ。
うん、帰ろう。
ゆっくり開く大きな扉から光が漏れ、その中で二人が笑う。
「――――――おい……ヒナタ。起きろ……」
あれ、何処からか別の声がする?
突然聞こえてきた声に反応するように、握っていた手の感触が無くなり、二人の姿もかき消えた。
「――――――いい加減に起きろ!! この非常事態に、ニヤニヤと笑いながら寝るんじゃねぇ!!」
「!?」
ダイレクトに響いた声に、パッチリと瞳を開く。
どうやら今度こそ夢から覚め、現実に戻ってきたようだ……煌の顔面がドアップの状態で。
「お、はよう……煌君」
「……馬鹿言ってんじゃねぇ。さっさと起きやがれ――――んで、放しやがれ」
どうやらいつの間にか煌の手を握っていたらしく、力を緩めた瞬間、バッと手を引き抜いてクルリとヒナタに背中を向ける。
胡座をかいて座る彼の耳は何故か赤い。
「?」
不思議に思いながらも体を起こし、腕や足を確認する。
所々に擦り傷や打撲があったが、動かせるくらいなので、問題ないように感じた。
良かった……崖から落ちてこの位で済んだのは煌君のお蔭だね。
ホッとしている様子のヒナタに、煌が視線だけを向け、どこか安心したように目を細めた。
しかし何かを思い出したのか、突然顔を歪める。
「煌君!? 大丈夫?」
「……っ、何でもねぇよ」
「嘘。私の目を見てないもの。……もしかして、槐君にやられた右腕?」
「!」
視線をさ迷わせていた煌は、ヒナタの指摘にギクリと反応し、慌てて腕を隠そうと動かすが……。
「――――いっっってぇえ!」
「煌君! 動かしちゃ駄目!」
だらりと力無い右腕は、一部が大きく腫れ上がっており、明らかに骨が折れていた。
「な、何か添え木とかしないと……。ごめん、私が気絶してたから、傍を離れるわけにはいかなかったんだね」
「こ……これくらい、何て事、ねぇよ……」
冷や汗をかいてぷるぷると震えながらも、強がっている煌。
ヒナタは何か役に立つ物がないか探す為、立ち上がって改めて周りを見渡す。
硬い壁に、出入り口は10歩程歩けば出られる距離。
その先に木々も確認し、落ちた所からそんなに離れてはいない事から、ここは崖に出来た窪みだと判断した。
「おい……ここから出るな。今は睡蓮の幻影結界で気配ごと隠してるんだ。一歩でも外に出れば槐に見つかっちまう……今の状態じゃ、お前を守り切る自信ねぇよ」
「……睡蓮? 睡蓮さんが来たの?」
驚いて煌を見れば、ある一点に視線を注いでいた。
地面に何か小さい物があり、キラリと光るそれに誘われて近付く。
「これ、睡蓮さんに貰った御守りの……」
「ああ、そのちっこい鈴から睡蓮の声がしてさ、状況を話したら、“この鈴には気配や姿を隠す幻影結界が張れる”って言われたんだ。昴達を呼ぶから隠れてろってさ」
「……」
昴さん達が来たら、間違いなく槐君は消されてしまう。
前の堕ち人は朧さんが魂だけ救いだして、元の世界にある肉体に戻すって言ってたけど、私みたいに体ごと落ちている可能性もある。
たぶんだけど、煌君も槐君も私と同じような気がした。
「……煌君、お願いがあるの」
「……」
「私、槐君を助けたい。前の堕ち人の時みたいに、何も出来なかった時と同じじゃないから。後悔するなら……少しでも可能性がある事全てやりきってからにする」
両手を握り締め、決心した強い瞳を煌に向ける。
「……簡単じゃねぇぞ」
「分かってる……私の能力が上手くいくかも分からない」
「下手したら俺もお前も死ぬぞ」
「ごめん」
ヒナタがそれでも揺るがないでいると、“だあぁ――――!”と叫びながら頭をわしゃわしゃとかきみだす。
そして、腕の痛みなど無いような軽やかさで、さっと立ち上がって左手を差し出した。
「……来いよ。まずはこの腕を固定して動きやすくしたい」
ニッと笑うこの状況は先程の夢と重なり、感情が高ぶったヒナタの瞳に涙がうかぶ。
「ごめん、ごめんね……煌君」
「謝るな。俺だって、出来るなら助けてやりたい。あいつも一緒がいいんだろ? だったら、手を貸してくれよ――――お前の力が必要なんだ」
「こ、う君……ありがとうっ」
嬉し泣きをしながらも、しっかりとその手を握る。
「ぶん殴ってでも、目を覚まさせてやる。――――行くぞ、ヒナタ!」
「うん!」
待ってて槐君――――すぐに助けに行くから!
二人は並んで、槐が徘徊する暗い森へと足を踏み出した。




