転- 10.君の願いなら
爆風で下降速度と軌道を逸らせば、地面に叩き付けられて死ぬのは回避出来るかもしれない。
一か八かの賭けだったが、悩んでいる時間はなかった。
しかし、思った以上の力で負担が大きく、骨にヒビが入っていたであろう右腕から嫌な音がする。
挙げ句の果てに、気絶したヒナタの体が離れかけて、慌てて引き寄せた。
まずい……このまま木に突っ込んだらヒナタがやばい。
約束したからな……こんな事で、死なせる訳にはいかねぇんだよ!
ちゃんと受け身が取れないこいつを庇い、木々のクッションに突っ込むと、完全に折れて使い物にならない右腕など気にせず、ただヒナタを胸に抱いて背中から地面に落ちた。
「――――っぐ!」
死なない程度に衝撃を抑えたとはいえ、さすがに意識が飛ぶかと思う程の激痛を感じる。
ふるふると震えながらも、足と手に力を入れ、動く事を確認した。
何とか、動くか?
さっさと移動しねぇと……槐のやつが追ってきちまう。
今襲われたら二人揃って御陀仏だぜ……。
全身が悲鳴をあげ、所々血が滴っていたが、急いで左腕でヒナタを担ぎ上げて、足を引きずりながら歩き出す。
いつもなら“降ろしてよ!”と騒ぐ声が聞こえない事に、少しだけ不安になった。
……大丈夫……大丈夫だ。
まだ、生きてる……。
呪文のように自分を安心させる為に呟くが、正直体はすでに限界で、だんだん意識が朦朧としてきていた。
それでも荒い息を吐きながら進むと、崖に洞窟のような小さな窪みがある事に気付き、自然と足が向いてずるずると中に入る。
しかし、同時に膝から力が抜け、慌ててヒナタを抱え込んだが、耐えきれずにそのまま地面に倒れ込んでしまった。
……その衝撃でもこいつは目を覚まさない。
おい、これでも起きねぇとかどんだけだよ。
ちくしょう……ここ、までか?
ゆっくりと霞行く意識の中で、“チリン”と涼やかな音がして暗い穴の中を何かが淡く照らす。
「ヒナタ! 煌! しっかりせい!」
「!?」
な、何だ!?
睡蓮の声がしやがる!?
驚きで気絶寸前の意識がはっきりし、慌てて辺りを見回した。
そこにはヒナタのポケットから飛び出したであろう、小さな鈴が転がっており、それが淡く光を放っている。
「睡蓮、か?」
「あぁ、我だ! 全て映像で見ておったが、もうじき槐がそこに来てしまう。今から鈴の結界を解放する故、そこから出るでないぞ!」
御守りの鈴から声がする事に驚いたが、今の現状を振り返り、溜め息を漏らす。
「てか、こうなったのお前関係してるんじゃ……」
「話すのは後じゃ! 今から張るのは幻影結界。気配と姿を惑わし隠すものじゃ! 死にたくなくば、静かにしておれ!」
「……」
ちっ、一理あるか……とりあえず黙ってた方が賢明だな。
ヒナタがここに移動して来た事に絡んでそうだけど、今は睡蓮の力に頼るしかねぇ。
“チリン、チリン”と鈴が揺れ、暗い穴の中が光で満たされると、薄い膜のような物が入り口を塞ぐのが分かった。
これで少しは時間稼ぎが出来る。
後は、どうするか――――このままだと、昴達がきっときちまう。
そうしたら、槐は……。
チラリとヒナタを見ると、何も知らず安らかな寝息をたてていた。
***
暫く静かにしていると、鈴の光が弱くなり、また睡蓮の声がした。
「うむ、何とかなったな。時間稼ぎにはなるであろう」
「そーかよ。で? お前だろ、ヒナタをこっちにやりやがったのは」
俺の問いに、“げほん、げほん”とむせる音がする。
……図星かよ。
「た……確かに、水面に槐を映して場所を教えたのは我だ。しかし、実際移動したのはヒナタの能力じゃ。すまん事をしたのは分かっておるぞ? 我とて、槐が堕ちかけていると知っていれば、行かせなかった」
……話に聞いていた、朔の時出した能力か?
だったら、ヒナタを置いて行ってもムダだな……何が何でも追いかけてくるはずだからな。
つーか、今回みたいなのは逆に危ないって事だ。
「――――とにかくじゃ! その体で戦闘は無理じゃ。昴達には連絡した故、そこで待っておれ。よいな!」
睡蓮は一方的に喋ると、俺の返事を待たずに声がしなくなる。
くそっ……やっぱり昴達が来るか。
そわそわと何かいい考えがないか頭を悩ませていると、突然ヒナタが苦し気な声をだし、俺は慌てて近くに寄る。
「……行か…………ないで、待って……」
夢の中でも槐を追っているのか、指先をピクピクと動かし、眉間に皺を寄せてうなされていた。
「……ここに居るだろ……槐じゃねぇけど、俺がいるじゃん」
何故か凄く胸が苦しくなり、そっとヒナタの手を取り握る。
すると、“ガバッ”と両手で抱え込まれ、抵抗する暇もなくぐっと顔が近付いた。
「なっ!? お、おいっ、ち、ちち近っ……」
戸惑い動けない俺をよそに、ヒナタは先程のうなされた表情から一変、幸せそうに微笑む。
「……く、ん…………煌、君」
「!」
……たぶん、俺だけじゃねぇけど……そこには、確かに俺も居るんだよな?
三人か――――。
自然と口元が緩んでいる事に自分でも気付く。
「――――――――ば~か……」
万が一、ヒナタがまた助けたいと言ったなら……その時は、どんな策でも手を貸しちまう…………そんな気がした。




