転- 8.困った時のっ!
廊下が少し静かになった頃。
ヒナタの瞳に強い光が宿っていた。
閉じ込められて諦める私じゃない。
前の私なら、どうしようで終わってたけど、今なら……この世界なら出来る事が一つだけある。
朔さんを庇った時の、あの力が出せれば……確かめた事ないけど。
成功するか分からないし、力に気付いて朔さんと蛍が入って来るかもしれない。
一応、蛍には“さっきの事がショック過ぎて話したくないから、暫くの間ほっといて”と冷たく突き放しておいた。
……本気で涙声で謝られて、罪悪感から私の心がチクチクしたけど、今は手段を選んでいられない。
ヒナタはゆっくりと部屋の隅に移動し、できるだけ扉と窓から離れ、胸の前で両手を組む。
思い出すんだ、あの景色が流れる感覚を。
そして、強く願う……煌君と槐君の元に行きたいと!
ヒナタが強く手を握り締めると、ほんの少しだけ音が遠ざかるような感覚が現れる。
しかし、それ以上は高まる気配がせず、そのうち辺りの音は戻ってしまった。
「………………」
……無理、みたい。
あの時のような感覚は僅かにするけど、何かが足りない。
気持ちが足りないのかな……。
あの時は必死だったから、どうやったのかあやふやだ。
覚えてるのは、“朔さんの傍に!”って感じだけ……。
「はぁ……」
ヒナタは座り込んで深い溜め息をつく。
すると、スカートのポケットから“チリリン”と涼やかな音がして、紐がついた鈴が転がり出た。
これ……睡蓮さんにもらった御守り――――の“残り”。
本体の白いモフは暴走して消えちゃったんだよね。
…………そういえば、あれから睡蓮さんも館に全然来ないから、部屋の結界は進んでないし、槐君の事も言ってない。
タイミングよく来てくれないかな……今味方になってくれそうなのは、睡蓮さんだけなんだよね。
「あぁ、会いたいなぁ……。今すぐ睡蓮さんに会いた――――」
「――――ぐぇっ!!」
――――ん?
さっきのカエルが潰れたみたいな声は何?
と、いいますか……固い床が……柔らかくて、暖かい?
「何、者じゃ!! やんごとなき身の我に、このような暴挙を働くとは! はよう退けぬか!!」
え、まさか……。
ヒナタは青ざめながらも恐る恐る下を見る。
白銀の髪を踊らせ、バタバタと下でもがく人……紛れもなく、会いたがっていた睡蓮であった。
「す、睡蓮さん!? ご、ご、ごめんなさい!!」
「ぐぇっ!」
飛び跳ねるように下りた為、また睡蓮を押し潰した事に気付かず、ヒナタはアワアワと慌てる。
「ヒ、ヒナタ……!? どうやってここに来たのだ? 護衛は……いや、そもそも突然上から降ってくるとは一体……?」
ん? ――――ってこの場所は睡蓮さんの屋敷!?
じゃあ、睡蓮さんが来たんじゃなくて、私が移動したって事になる。
もしかして……成功した!?
「や、やったぁ~! よし、じゃあ二人を捜しに行――――」
「待たぬかヒナタ! 説明なくば、ここから出さぬ」
うっ……やっぱり?
首根っこを掴まれたヒナタは苦笑いをし、また床に座り直すのだった。
***
ヒナタが簡潔に事のあらましを伝えると、睡蓮は深刻な表情をうかべる。
「うむ……暫く行かぬ間に色々あったのだな……。ヒナタにやった白いモフもあまり役に立たなかったうえ、逆に悪い状況になってしまったようだ」
そう言い、指先で紐を持ち上げると、鈴だけになった御守りが小さく揺れた。
「槐君に何かあったみたいなんですけど、煌君は何も言わずに行っちゃうし、他の三人は私を部屋に閉じ込めたんですよ!」
「……で、辛抱ならずに、能力を使って我の元に来たか」
「最初は失敗しちゃったんです。次に、睡蓮さんの屋敷をイメージしながら、“会いたいなぁ~”と思ってたら、いつの間にか移動してました」
“うむ”と言い目を閉じて暫く何か考えている様子に、ヒナタは固唾を飲んで見つめた。
「……椿の時もそうだったが、能力の発動には、漠然としたものではなく、“明確なイメージ”が必要みたいだの」
「じゃあ、場所とか具体的にイメージしないと、その場所に行けないんですね」
「そうじゃのぅ……それか、複数の対象が離れておると無理なのではないか?」
そっか……“煌君と槐君の元に行きたい”ってやり方はだめだったんだ。
でも、そうなると二人はまだ会ってない。
嫌な予感がするし、早く槐君を見つけないと……。
う~ん……場所と人物……イメージがはっきりとしていれば、出来るんだけど、場所が分からない。
「ヒナタ、もしや場所のイメージが分からなくて困っておるのか?」
「はい。出来れば槐君の所へ行きたいんですけど、何処にいるか分からないので、瞬間移動は出来ないなぁと……」
睡蓮は何て事無い様子でニンマリ笑うと、自分の胸に手を当てる。
「我は結界を張りし者ぞ。屋敷や館の辺り一帯には、敵が侵入した事を知らせる特殊な結界を張っておる。その中に二人が居れば、水面に映す事が出来るのだ」
「じゃあ、その映像を見て念じれば!」
「あっという間じゃ!」
キャーっと歓喜の声をあげ、ヒナタはガバッと抱きついた。
「よしよし、この我が力になろう。困った時の睡蓮じゃな」
「ありがとうございます! 睡蓮さん!」
「うむ」
突然ではあったが、睡蓮はしっかりと受け止め優しく抱き締めると、ゆっくりと体を離した。
「では、急ぐぞ。――――どうやら二人は近い。煌より先に槐に会うのだ」
「はい!」
睡蓮は急いで庭に降りると印を組む。
すると、庭の中央にある大きな池が光輝き、水面に大木が映る。
その大木には人が入れる位の穴が空いており、その中に槐の姿が現れた。
「居ったな……ヒナタ、おそらく我は共に移動できぬ。後で必ず追い付くが、それまでは一人になり、危険が及ぶかもしれん。心して行くがよい」
「はい、何かあったら無理せず睡蓮さんを待ちます」
「良い返事じゃな。……決して忘れるでないぞ。我は、そなたが望めばいつでも傍におる」
睡蓮の言葉を胸に刻み、ヒナタは力強く頷くと水面に映る槐を見つめる。
――――槐君、今行くよ!
辺りの音が消えてヒナタの体が軽くなった瞬間、水面の中の槐は驚愕の表情をうかべ、こちらを確かに見ていた。




