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黄昏の箱庭  作者: 天音凛
第三章・煌~対なる扉、想いの狭間で君を待つ~
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転- 7.記憶に無い落ち人

 “コンコン”とやけに控え目なノック音が、隣の昴の部屋から聞こえてきた。

 槐の存在が表沙汰になってから、ヒナタは自分の部屋に戻っており、その音に気付いて目を覚ましたのは、最近あまり深く寝られなかったからである。

 しかも皆が寝静まる頃に、昴の部屋を訪れる人物がいる事自体珍しい。


 ん……誰だろ?

 朔さん……? 

 違うかな……この時間は呼び出されないと行かないし、今日は早々に部屋へ帰ってから出てない……別の人だよね。


 気になったヒナタがベットから降り、扉に近付き耳を傾ける。

 それと同時に“カチャリ”と隣の扉が開くと共に、昴の声がした。


「……煌か、入れ」

「あぁ」


 煌君だ。

 ――こんな時間に、話?

 う~ん……気になる。


 隣の扉が閉まるのを確認し、音をたてないようにゆっくりと扉を開けると、忍び足で昴の部屋の前に移動する。

 中からは少しだけ会話が聞き取れるくらいではあったが、その中に“槐”という言葉が出てピクリと体が反応した。


「……もう…………らしい」

「なに? …………は…………る?」


 ううっ、聞こえない。

 もう少し近付いて……。


 ヒナタは扉に耳を当て、二人の声に集中する。


「――――槐は、さっき館を出て――――」


 えっ!?

 槐君が出て行ったって……何で!?


 ビックリした拍子に、足先が扉に軽く当たり音を立ててしまうと、中からの会話がピタリと止む。


「……誰だ、そこにいるのは」

「!」


 昴の冷たい声にヒナタはハッと我に返り、口を両手で覆って後ろに下がるが、その瞬間に扉が勢いよく開いて、険しい表情の煌が出てくる。


「お、お前っ……どっから聞いてた」

「……煌君っ、ごめん……でも、何で槐君出て行ったの……? どうして……?」


 煌はその言葉に、一瞬だけホッとした表情をうかべると、軽く頭を掻いて今度は困った顔をした。


「あ~、アイツにも色々あんだよ。心配すんなって」

「何言ってるの? 心配するよ! 私、連れ戻して来る!」


 ショックを受けた表情をしたヒナタは、身を翻して廊下を駆けて行こうとするが、あっという間に強く腕を掴まれて引き止められる。


「痛いっ! 放して煌君!」

「ダメだ! 槐の所には行かせねぇ!」


 腕から逃れようと暴れ、煌の胸を強く叩く。

 それでもその腕を放す事なく耐える様子を見て、昴は溜め息をつきながら部屋から出てきた。


「やめろ。槐の件は煌に一任している」

「――――昴さん達は、この世界の人間だから……突然別の世界に来た人の気持ちは分かりません! どれだけ心細いかっ……私は彼をほっとけません!」

「……っ」


 ヒナタが瞳に涙をうかべて叫ぶと、煌の手から力が抜けて、辛そうに顔を歪める。

 その瞬間に腕を引き離したが、いつの間にか背後に、ニッコリ微笑んだ蛍が立ち塞がっていた。


「……蛍っ!? ごめん、どいて」

「ダメだよ」

「ど、どうして!?」


 比較的味方だった蛍が、悪びれもせずに笑いながら行く手を阻む光景に、唖然とした表情で立ち竦む。

 そんな状態のヒナタから、下を向いて動かない煌へと視線を逸らすと、“うーん”と悩ましい声を出した。


「ヒナタ、さっきの言葉……煌にだけは言ってほしくなかったな」

「え?」

「忘れてるとはいえ、同じなんだから。……ね? 朔」

「……」


 突然の呼び掛けに他の全員が驚いて朔の部屋を見ると、それに応えるかのように扉がゆっくり開く。

 中から出て来た彼は片手を眉間に添えたまま、恨めしそうに蛍を見据える。


「説明が面倒な場面で私を使うのは止めて下さい」

「だって、僕じゃ昴が納得しないでしょ? ね?」

「……」


 蛍がそう言い“スススッ”と朔の背中に隠れると、昴は腕を組んで壁に寄り掛かる。

 そして片方の眉をピクリと吊り上げて、じぃっと二人に対し、射抜くかのような視線を向けた。


「……朔、何か言う事はあるか?」

「申し訳ありません。封印の玉を破壊して戻った記憶の一部でした。……隠していた訳では――――――」

「――――いや、待てよ! 訳が分かんねぇから! 何が同じなんだよ!?」


 二人の会話に割り込むように、混乱した煌が焦って話に入る。

 ヒナタも分かっていないのか、不安気な表情で朔を見つめた。


「…………貴方も、ヒナタさんと槐と同じ……という事です」

「は? 何処が?」


 いまだに理解しない煌に痺れを切らした蛍が、朔の背中からひょっこり顔を出す。


「だから、煌は“元落ち人”。そこから正気を保ったまま守護者になった、異例の異世界人なんだよ」

「………………は?」

「え……煌君も……落ち人……?」


 一瞬の静寂の後、“はあああぁっ!?”という煌の声だけが廊下に響いた。


「前にも言ったはずです。ヒナタさんと“同じ”なんですよ」

「どういう事だ……俺、覚えてない」

「記憶を変えられてるんだよ。力を授かった時に……」


 煌君も私や槐君と同じ世界から来たの!?

 でも、記憶を失っている。

 もしかしたら、煌君の封印に何か関わっているかも……だったら、無理に思い出さない方がいい。


 ヒナタは真剣な表情で、いまだ困惑している煌に近付く。


「煌君……槐君が出ていった後、どうするつもりだったの」

「!」


 その言葉に煌はハッとすると、勢いよく視線を逸らして歩き出し、何も言わずに朔と蛍の横を通り抜ける。


「煌君!」


 ヒナタが慌てて後を追おうとしたが、すぐさま二人に道を塞がれた。


「二人共どうして? ……まさか、何をするか分かってるの?」 

「……今回は、煌に全て任せた方が良いと判断しました」

「ごめんね、ヒナタ」

「そんなっ、待って! 煌君!」


 二人に体を押さえられながらも必死にもがき、廊下に響く程呼び掛けると、少しだけ煌が振り返る。


「悪いな……アイツと約束したんだ。ちょっと待っててくれ」


 心配させないようにする為か、いつものニカッとした笑顔を向け、今度は振り返る事なく走り去っていく。


「ヒナタ、煌が戻るまで部屋にいろ。朔と蛍は一応見張っておくように」

「待っ……」


昴の言葉にヒナタが何か言おうとしたが、すぐに朔と蛍が両脇に移動し、ぐいぐいと部屋に連れて行こうとした。


「承知致しました」

「分かった。さぁ、ヒナタ部屋に入ろう?」

「……」


 蛍に促され部屋に入ると、すぐに扉をしっかり閉められてしまい、廊下では朔と見張りの件を相談する声がする。


 廊下に見張り。

 窓からもたぶん無理……。


 ヒナタはベットに腰かけると、途方に暮れた様子で項垂れた。



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