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黄昏の箱庭  作者: 天音凛
第三章・煌~対なる扉、想いの狭間で君を待つ~
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転- 6.ミチタリテ、堕ちる

 昴の判断で槐がいる部屋に行く事が出来なくなってから、ヒナタはちょくちょく様子を煌に聞くようになった。

 もちろん、煌もちゃんと食べてるか確認する為でもある。


「……大丈夫? 何か手伝おうか?」

「大丈夫だっての……毎日確認しなくてもちゃんと食ってる。手伝いとかも、食事置きに行くくらいだし必要ねぇよ」


 煌君の返答は毎日変わらない。

 “大丈夫”と“手伝いはいらない”の二種類。

 でも、私がやっていた時も、同じ事しか言ってない気がするんだよね。

 だから突っ込んで聞けない事が、こんなに歯がゆいなんて……煌君もこんな毎日だったんだろうか。

 おまけにちゃんと目を合わせなくなるとか、本当に槐君の事しか考えてなかった。


「…………」

「何だよ……落ち込むなよ。アイツは問題ねぇから、元気だせよ」


 ヒナタがしょんぼりとした表情で黙っていた為、心配そうに顔を覗き込む。

 少し体調が戻ってキリッとした煌の瞳と、しっかり目が合う事に、ヒナタはますます申し訳ない気持ちになった。


「ごめんね、煌君」

「……何だよ……らしくねぇな……。――何か、気持ち悪い(・・・・・)ぞ、お前」

「……」


 うん、これがなければ良かったんだけどね。

 口が悪いのは何があっても変わらないらしい。




 ***




「何だよ、しょんぼりしてたかと思ったら、いきなり怒り始めたし……精神的に不安定なのかアイツ」


 手に夕食が乗ったお盆を両手で持ち、ぶつぶつと言いながら煌は槐の部屋に向かっていた。


「心配なのは分かるけどよ、毎日飽きないのか?」


 廊下の突き当たりの角部屋。

 独り言を呟きながら進んでいると、いつの間にか目的の場所に着いていたらしい。

 そのままいつも通り部屋の前に食事を置き、軽くノックする。

 こちらからは声をかけないし、向こうからも返事はない。

 これが今までの食事の渡し方であり、今回もやる事はやったと、身を翻してその場から離れようとした。


「待って」

「!」


 突然の引き止める声に、煌の肩がビクリと跳ねる。

 一呼吸おいてからそっと部屋の前に行くと、扉一枚を隔てて人が微かに動く気配がした。

 そのままどう反応したらいいか分からずに立ち尽くし、向こうからの反応を窺う。


「……今まで自分の分を僕にくれてたんでしょ? 何で、敵だった僕にそこまでしたの…………同情でもした?」

「……」


 話しかけてきやがった……しかも、答えにくいやつ。

 確かに人間だと分かったり、朧に追い出された槐に同情した。

 だけど、そもそも大っ嫌いな奈落の民を匿おうと思ったのは……たぶん、こいつとの戦闘が楽しくなってきたからだ。

 こいつは強い。

 ただ、他の守護者も強いけど、俺と力が一番近いのは槐だと思う。

 何度か戦闘し、最後のあの戦いは、俺の中では互角の動きが出来ていた。

 どこか懐かしく、久しぶりに気持ちが沸き立つあの感覚。

 ――――ああ、答えは決まっているじゃないか。


「お前ともう一度、戦いたい」


 俺の心からの望みはそれだ。


「…………何、それ。やっぱりバカだね」

「ほっとけ」


 いつもは苛立つ言葉さえ今は照れ隠しだと思った。

 あいつがどんな表情かなんて分からねぇけど、喋り方で何となく察して、深くは突っ込まないでおく。

 扉一枚挟んで二人の野郎が笑いあってるなんて、本来ならあり得ねぇしな。


 ……。

 …………。

 ………………。

 何となく和やかな雰囲気の中、槐との会話は途切れて、それからは暫く沈黙が続いた。

 煌はすぐに去ろうとはせず、扉の前に座って背中を寄り掛けひたすら待つ。

 扉の向こうには相変わらず気配あった。


 ……背中がじんわりと暖かい気がする。

 もしかしたら、背中合わせに座ってんのかも。

 何だかな……これさえ、懐かしい。


 煌がまどろんでいると、布地が擦れる音と共に、扉から気配が少し遠退く。

 そして、少し苦しそうな声がうっすらと聞こえてきた。


「……おい、体調悪いのか?」

「!」


 慌てて立ち上がり、扉のノブに手をかけると、中から焦ったような声で“来ないで!”と言われる。


「大丈夫。開け、ないで……」

「大丈夫って……んな苦し気な――――」


 煌が槐の静止を無視して少し扉を開けた時だった。

 “ジ……ジ……”と小さな小さな音がしたのを聞き逃さなかった体は、反射的に扉をまた閉めてしまった。


「え、あ……?」

「――そう、それでいいよ」


 中からは安堵したような吐息を漏らす槐の気配がする。


「まさか……おい、何でだよ? 今まで大丈夫だったよな!? 嘘だろ?」


 目を見開き絶望したような表情で扉を見つめる。

 顔は青ざめ、背中には冷や汗が流れた。


「…………ようやく、分かったんだ。今の僕が朧様の傍に居られない理由が……あそこは、奈落の場所。――――人間の僕は、仮面無しじゃ居られない所だったんだ」


 少し落ち着いたのか、槐が再び扉に近付いてくる気配がした。


「お、れ……俺が……っ」


 俺が避けたから……仮面を失い、そのせいで槐が――――――――堕ちる。

 普通の人間は長い時間、破滅の神の気に耐えられない。

 最近落ち人がいないうえ、ヒナタが何ともなかったから油断していた。

 槐は仮面という条件付きで人間のままいられたんだ。

 ここまで正気を保っていたのは、おそらくこの場所と……ヒナタ。


「待ってろ。今、ヒナタを――――」


 煌が廊下を駆け出そうとした時、扉が“ダンッ!”と強く叩かれた。


「ダメ! かなり進行してるんだ……もう、無理。ヒナタが傍に居たままでも、結果は変わらなかったはずだから、遅かれ早かれ堕ちる日は必ず来る」

「でもっ!」

「連れて来ないで! 連れて来たら、絶対に許さない」

「……っ」


 鬼気迫る槐の気配に、その場を動けなくなった体は、扉に背を向けたまま固まってしまった。


「お願いがあるんだ」

「……」


 扉からの声に見えるはずがない状態で、嫌だと言うように首を横に振る。


「一つ、皆が寝静まった頃に僕はここを出ていく。そして、このことはヒナタには秘密にしておいて。理由は、分かるよね?」


 アイツが……ヒナタがこの事を知ったら、迷わず追いかける。

 槐が恐れているのは、堕ちた自分がヒナタを傷付ける事。

 それは、俺も避けたい。

 だけど……だけど――――その次はきっと……。


「二つ、万が一堕ちた僕と会ったら――――」

「嫌だ」

「君が……」

「嫌だって言ってるだろっ。 ――――何でだよ? こんな事になるなら、話さなきゃよかったじゃねぇか」


 悲痛な声は叫び出したいのを堪えて、小さく呟やかれた。

 その様子が分かるのか、扉の向こうからは微かに笑い声が聞こえる。


「――そうだよね、何か変なんだよ。僕もさ、君との戦闘が楽しかったのかも……凄く、懐かしい」

「!?」

「だからさ、お願いだよ。僕ともう一度戦って――――」



 ――――――――――殺してよ。




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