表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の箱庭  作者: 天音凛
第三章・煌~対なる扉、想いの狭間で君を待つ~
79/133

転- 5.虚ろな若草

 早々と部屋を抜け出したヒナタは、キッチンへと急ぐ。

 目的は当然ながら槐の朝御飯確保であったが、食卓の間の扉を開けた瞬間、キッチンから漂う白米の匂いにガックリと肩を落とす。


「お、おはようございます、朔さん……」

「あぁ、おはようございます、ヒナタさん。早いですね」


 キッチンに入ると案の定朔の姿があり、ほとんど手伝いが必要ない状態まで料理が出来上がっていた。


「朔さん程早くはありませんよ……」

「?」


 とほほ……。

 普通に考えれば、朔さんより先にキッチンに入るなんて出来ないよね……。

 能力が無くなった分、前より起きる時間早いもの。

 ごめんね、槐君。


 すっかり落ち込んだヒナタに、朔が不思議そうな表情で首を傾げると、食卓の間に昴と蛍の声がし始めた。


「来たようですね。ヒナタさん、お手伝いならまだ間に合いますよ。昴様と蛍の分を運んでいただけますか?」

「あ、はい!」


 朔さんはどうやら手伝いが出来なかったから、落ち込んでいると勘違いしたらしい。

 私的には助かったけど…………二人分?

 ……煌君のは――――。


 “ツツ……”と他の場所もそっと見たが、人数分有りそうにない。

 ヒナタが気にしていると、朔がその様子に困った表情をした。


「……煌なら、ヒナタさんが来るちょっと前に来ましたよ。自分の部屋で食べるそうです」

「そう、ですか」


 私が部屋を出る時には寝てたから、着替えに自分の所へ行ってる間に、ここへ取りに来たんだ。

 槐君を匿ってから、まともに顔見てないな……。

 顔にすぐ出てしまうからと、煌君と目線を合わせる事に躊躇してしまう。

 とりあえず、今は槐君の事を一番に考えよう……彼には私しか頼れる人がいないのだから。


 昴と蛍の分を持って食卓の間にいき、ヒナタは部屋で食べると朔に伝えたが、やってもらいたい事があるからと、その場で一緒に食べる事になってしまった。


 これじゃ、槐君に分ける事も出来ない。


 ヒナタが軽く溜め息をつきながら箸を進めていると、昴と朔の会話が聞こえてくる。


「煌は、またか?」

「はい」

「まったく……見てられないな。加減を知らないのかアイツは……」

「如何致しましょうか?」

「…………おにぎりを用意しておけ。アイツが拒否するなら、俺がやる」


 深刻な顔しておにぎり?

 しかも、やるって――――。


 会話を聞いても訳が分からず、首を傾げるしかなかった。




 ***



 皆の食事がだいたい終わった頃、空になった器を持った煌が食卓の間に入って来た。

 扉が開いた音に皆が反応し、当然ヒナタもそちらを見たが、すぐに絶句する事になる。


 え……嘘っ……。


 青白い顔に、若干虚ろな瞳。

 ほんの少し痩せたようにも見える体を、怠そうにさせていた。


「煌、君」

「……おー」

「あ……」


 思わず口から煌の名を呼ぶ言葉が出てしまい、意外にもそれに反応した煌の瞳がこちらに向くのを感じたヒナタは、反射的に逸らしてしまう。


「……だ、大丈夫? 顔色悪いよ」

「……」


 視線を逸らしたまま煌の体調を心配する。


 あぁ、失礼な事してる……目を合わせないで会話なんてダメだよ!

 でも、どうしよ……まだ、バレる訳には――――。


 無言のまま立ち尽くす煌の表情は分からない。

 焦るヒナタが、チラリと別の方を向くと、背後に吹雪が荒ぶっている昴が目に映る。

 その瞳は今までで一番冷たく、近くにいる蛍が少し焦っている様子からして、そうとう怒っているらしい事は、誰の目から見ても明らかだった。

 ――――その瞳をヒナタに向け、舌打ちをする。


「っ……ご、ごめんなさ――――」

「心配してくれんの? サンキュ、ヒナタ……」

「!」


 昴の圧に真っ青な表情で謝ろうとした時、煌の声が弱々しく響く。

 驚いてそちらを見ると、久しぶりに視線が絡み、本人は気付いていないのか、凄く嬉しそうな表情をしながら、若草色の瞳から大粒の涙を流していた。


「…………煌君、何で泣いているの?」

「!?」


 戸惑いながらヒナタが席を立つと、ハッとした煌が慌てて自分の顔を触り、袖口でめちゃくちゃに拭う。

 しかし、その瞬間手にしていた器は床に落ち、激しい音を立てて粉々に割れてしまった。


「何事ですか!? ――――煌! 大丈夫ですか!」


 割れた音に反応した朔がキッチンから飛び出し、煌の姿を見て慌てて走り寄る。


「……わりぃ、朔……割っちまった」

「煌……良いのですよ。私のコレクションでかなり高かったんですが、全然気にしなくて良いです。二度と手に入らないでしょうが、大丈夫ですよ」

「…………ゴメンナサイ」


 朔の貼り付けたような微笑みに、煌は青ざめてプルプルと震えながら、割れた破片を集めようとした。

 しかし、朔はその手を止めると、代わりにおにぎりが二つ乗った皿を握らせる。


「……え」

「食べなさい」


 ……さっきのおにぎりって、煌君に?

 でも、何で……。


 戸惑うヒナタと同じように、困った表情でおにぎりの皿を朔に突き返す煌。

 しかし、朔は悲しげな表情でもう一度“食べなさい”と言う。


「な、何言ってんだよ。さっき食った――――」

「――――――いい加減にしろ!!」

「!?」


 押し問答を繰り返していると、“バン!”とテーブルを叩く音と共に、昴の一喝が食卓の間に響き渡って、一斉に皆動きを止めた。

 険しい表情のままツカツカと煌の傍まで一気に詰め寄り、驚きで後退しかけた彼の腕を左手で掴んで、右手でおにぎりを一つ持ち上げる。

 鋭い気迫でポカンとしたその半開きの口に狙いを定めると、そのまま素早く押し込んだ。


「す、ばっ――!」

「黙って食え」

「むごっ! むごごっ!」


 押し込まれたおにぎりは、確実に煌の気道を塞いでいるようだった。


「昴様! やり過ぎです!」

「俺に意見するな」

「そういう問題じゃないよ! 煌が死んじゃうから!」


 朔と蛍が二人がかりで引き剥がすと、煌は口からおにぎりを取り、大きく咳き込んだ。

 つかさずヒナタがその背を優しく擦り、少しずつではあったが呼吸が落ち着いてくる。


 ……煌君、やっぱり痩せたみたいだ。

 今までのやり取りから考えて、煌君はずっと食べないで過ごしていた。

 自分の分を食べない理由……もう一つしか考えられない。

 “誰かが部屋の前に食事を置いてる”

 もっと、ちゃんと槐君の話を聞いて、深く考えるべきだった。

 もっと、普段と行動の違う煌君に気を配ればよかった。

 後悔しても遅い。

 陰で支えていた彼から視線を逸らしたのは……私だから。


 昴はいまだに険しい表情で二人を見つめる。


「煌、そんな有り様でいざという時戦えるのか? こいつを守れると思うのか?」


 煌は俯いたまま、力なく横に首を振る。

 “ごめん”という言葉が絞り出され、それを聞いた昴はすでに悟っているヒナタに対して口を開いた。


「ヒナタ……気付かれないと思っていたなら、お前は守護者を甘く見すぎだ。珍しく煌が必死に隠していたから静観していたが、そいつが原因で一人の守護者が潰れるくらいなら、俺は一切の慈悲無く切り捨てる」


 ヒナタは何か言おうとしたが、固まったように唇は動く事はなかった。


「やり方を間違えるな……人間一人が出来る事など限られている。 全てを欲するなら、頭を使え」


 昴はいつもの涼しい表情に戻ると、身を翻して扉へと歩き出す。

 しかし、途中で何か言い忘れたのか軽く振り返る。


「ヒナタには暫くの間、立ち入り禁止部屋の接近を禁止する。その間、その部屋は煌が担当しろ」

「そ、そんなっ……昴さ――――」


 すがり付こうとしたヒナタの前に、朔が立ちはだかって首を振る。


「俺に隠し事をした罰だ。……蛍、お前もまた許可なくあの部屋に近付いたら、今度は地下牢にぶち込む」


 ポカンとしている蛍を冷めた表情で一見すると、静かに部屋を出ていく。


「え……バレてるの? 何で?」


 蛍は困った表情で頬を掻くと、慌てて駆け“昴待ってよ~誤解だよ~”と叫びながら後を追う。


「何が誤解だ、この道化師ピエロがっ! 企むにも程があるぞ!」

「酷いよ~煌が可哀想だったから動いたのに~」

「嘘臭い演技をするな! もう黙れ!」


 二人の会話は暫く聞こえ、だんだんと遠ざかっていく事で、食卓の間は静けさを取り戻した。

 安心したのも束の間、朔の深ーい溜め息に、二人の肩がビクリと同時に跳ねる。


「昴様のご心労が増えただけでしたか……今回はお二人が悪いですね。煌、貴方はどれだけ不器用なんですか……彼の事は後程話し合うと言ったでしょう? それなのに、一人で抱え込んでそんなになって。すぐに感付くくらい、貴方の行動は全て異常でしたよ……まぁ、それを凌駕する鈍感さんがいた事にビックリですが」


 うっ……朔さんの視線が痛い。


「普段、貴女の鈍感さに助けられてますが、今回ばかりは煌があまりに不憫なので、味方出来ませんよ」

「……? えっと……やっぱりあの部屋には行っちゃダメですか?」

「ダメです。これは、昴様の温情あっての御判断ですよ。でなければ、ヒナタさんもここには居られなかったはずですから」


 鈍感で助かってた……っていうのは、よく分からなかったけど、とりあえず私も槐君も叩き出されなかっただけ、良かったって事だよね。

 “全てを欲するなら、頭を使え”か……今回はやり方を間違えた。

 この経験を生かさないと――――じゃなきゃ、また別の誰かを傷付ける。


「煌君、気付けなくてごめんね……色々、ありがとう。あと、お願いします」

「…………あぁ」


 煌はヒナタの目を見て頷くと、すぐに視線を床に戻す。

 俯いた顔は暗く、暫く時間が経ってもその表情が変わる事はなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ