小話.煌2
――――本当はすぐに気付いた。
ヒナタの部屋に槐が入り込んだ事に。
俺は部屋の準備をするという理由をつけて、二人がいる部屋に向かった。
自分の気配を消し、物音をたてないようにゆっくりと扉に近付くと、聞こえてきたのは押し殺したような泣き声。
俺はいつでも開けられるように握っていたノブから手を放し、すぐ横の壁に寄り掛かった。
朧の元へ帰れなくなった槐に対して、“傍にいて”と言ったアイツの言葉にモヤモヤとする。
何となくいい気分ではなかったが火傷の件もあり、匿う事をこっそり手助けする事にした。
槐は人間だった。
だけど散々敵対してきた奴に、急には態度を変えられそうにない。
俺はそこまで器用じゃないし、正面からいけばひねくれた性格が災いして勢いで、またヒナタに怪我をさせるかもしれないからだ。
槐もそうとう素直じゃない事は分かる……とても似ているのだ。
それに、問題はそれだけじゃない。
アイツに……隠し事出来るのか……?
――――予想はすぐに現実になった。
三人の視線に怖じ気付いて後ろに下がりかけたヒナタの背を受け止める。
“しっかりしろよ。ここを乗り越えなきゃ槐を守れない”
そんな感情が自分の中に湧き出た事に驚きだが、何とか立ち入り禁止の部屋の管理を手に入れた。
それからヒナタは合間を縫って槐がいる部屋に通い、俺も他の奴らに気付かれないように部屋の前に飯を置く。
もちろん、朔にバレる訳にはいかないから、俺の分を槐にやった。
細い腕のヒナタがますます痩せこけるのは見たくないし、傍にいるアイツも気にするだろう。
ただ――――。
“グキュルル……”と不満気に俺の腹が鳴る。
水で誤魔化してるのも限界だな……。
どうしようもない気持ちと、槐の存在を堂々と受け入れられないかという考えがせめぎあう。
――――しかし、そんな考えはある日を境にグニャリと捻れた。
俺が遠回しに助けても、ヒナタは気付かない。
俺が手を差し出しても、ヒナタはその手を握らない。
アイツの目に映るのは、守らないといけない槐だけ。
だけど、これは今までの事を考えれば当たり前の結果だった。
蛍のように、最初から優しくなかった。
朔のように、素直に行動しなかった。
昴のように、完全に一線を引けなかった。
中途半端に行動し、一線に踏み込んだ。
おそらく、初めてヒナタの名を呼んだ時から、何かが変わってしまったのかもしれない。
“俺は、別に何とも思ってねぇーし”
“蕾がつけば時間はそれぞれでも、いつか花は開きます。先程の言葉……いつか後悔する日が来るかもしれませんよ”
いつぞやの朔との会話だ。
……絶対認めたくなくて、最近はヒナタと二人になると、頑なに全てを否定してケンカになっていた。
――――そんな状態なのに槐の件が舞い込んで……ヒナタが背中を向ける事が多くなり、耐えられなくなった俺は思わず……。
「なぁ……」
「! ごめん、起こしちゃった?」
――――何でこっち向かないんだよ……一緒の部屋で、こんなに近いのに。
俺は限界だったのかもしれない。
だからその日、いつも忘れる夢を見た。
映像が黒くなり、叫び声が聞こえる場面。
何故かこちらを見る槐が映し出され、その瞬間俺の横を駆け足でヒナタが通り過ぎる。
今も、俺には背中しか向けない。
槐の差し出した手を迷いなく握り、去って行くアイツを見て、カラカラな口は何も言葉を紡ぐ事はなかった。
再び黒い映像の中に一人立ち尽くす。
必死に口をパクパクさせ、二人が去って行った方向に何かを伝えようとする。
やめろ。
やめろ……っ。
「やめろぉぉぉぉっ――――――!! 連れて行くなぁぁぁぁぁっ!」
……。
…………。
“バチン”とまるで電源が落ちたような音がする。
気付けば起き上がって荒い呼吸を繰り返し、汗をビッショリとかいていた。
どうやら現実で叫びながら飛び起きたらしい。
しかし、息を調える前に自分が発した言葉にハッとした。
――――――あぁ、ずっと最後に叫んでいたのは俺だったのだと。
しかも、最悪な事に今日は夢を見た事を覚えている。
夢の詳細を思い出そうとするとグラリと視界が揺らぎ、体を支えて手をついた拍子に、隣にヒナタがいないと気付いた。
「……」
また、今日もヒナタの顔が見えない――――。




