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黄昏の箱庭  作者: 天音凛
第三章・煌~対なる扉、想いの狭間で君を待つ~
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転-4.暗がりの訪問

 ベットサイドの小さなライトが灯り、部屋を仄かに照す。

 いつも穏やかな風が入って夕陽で明るいその場所は、今はしっかり鍵のかかった窓に、厚いカーテンがついていた。


「あれから何日か分の時間が過ぎたけど、大丈夫なの? いつまでも立ち入り禁止のままじゃ怪しまれない?」


 部屋の端にポツンとベットだけが置かれるその部屋で、槐の声が小さく響く。


「大丈夫だよ。煌君は本当に私に丸投げみたいで、あれからこの部屋の件で話してこないし……気には、してるみたいだけど……」

「? 丸投げしておいて? 変なの……」


 そう……確かにあれから少し様子をみて、槐君をこの部屋に匿った。

 不思議なくらいに煌君も含め、皆この部屋には近付かないし、進境はどうなのかも聞いてこない。

 どうでもいいのかも……その方が助かるしね。

 問題は、煌君が遠回しに気を使ってくることだ。

 “何か、困ってるとか……必要な物とかあれば俺に言えよ”なんて、普段の煌君からはあり得ない言葉を言う。

 まぁ、実際は何も頼めないので、冷や汗をかきながら全部断らないといけない。

 それはそれで、疲れてしまうんだけどね。

 ……ともあれ、そろそろ私も煌君の部屋に戻らないと…………。


「戻るの?」


 ソワソワし出したヒナタに槐が声をかけた。


「うん、煌君も寝る頃だし戻るね」

「……大丈夫なの? 何もない?」


 ニッコリと微笑んだが、彼は一緒の部屋で寝ている事に、不安げな表情をうかべる。


「心配いらないよ。煌君寝るの早いから、私が部屋に行くともう寝てるんだ。ベットの横に私の布団もしっかり敷いてくれるんだよ」

「……普通は、仕切りとか考えるよね。気遣い出来てるような、出来てないような……ビミョー」


 複雑な表情の槐に“ふふっ”と小さく笑うと、逆に溜め息をつかれた。


 本当は槐君対策で一緒に寝てるんだけど、まさか皆に“槐君はここにいるから、煌君と寝なくてもいい”なんて言えないしね。


 静かに扉を開いて廊下に誰もいない事を確認し、軽く振り返って手を振ると、彼は頷き“おやすみ”と呟く。


 静かな廊下に“パタン”という音が響き、扉に貼られた“立ち入り禁止”という紙が少しはためいた。


 ――――とりあえず、明日重要なのはご飯だ。

 朔さんの食料管理は徹底していて、少しでもなくなればすぐに気付かれてしまう。

 最初は私の分を、この部屋に持って来て二人で食べてたけど、槐君がかなり遠慮して食べなくなった。

 “誰かが部屋の前に置いてる”なんて言い始めるし…………。


「……もしかして、本当に誰かが……?」


 ううん……頭を悩ませても仕方がない。

 とりあえず、寝よう。


 部屋の前に到着したヒナタが、ゆっくりとノブを回して扉を開くと、すでに煌はベットに入り、壁の方を向いて寝ているようであった。

 その横にはいつものように、一つの布団が綺麗に敷かれている。

 そのまますぐに布団に潜り込むと、ベットの方で煌が動く気配がした。


「なぁ……」

「! ごめん、起こしちゃった?」


 寝ていたとばかりに思っていた為、突然の呼び掛けにヒナタの肩がビクリと跳ねる。

 しばらく耳を傾けて続く言葉を待っていたが、ようやく聞こえてきたのは、会話の終わりを意味するものであり、煌は背中を向けたままで、“やっぱ、何でもない”と小さな声で言ったきり寝てしまった。



 ***



 ――――コン、コン…………と立ち入り禁止の部屋をノックする音が響く。


「……」


 まるで来る事が分かっていたかのように、大して驚いた様子もなく槐は扉を開けた。

 そこに立っていたのは蛍――――暗がりの中でも金色に輝くその髪はかなり目立つ。

 じぃっと二人は見つめ合っていたが、蛍は琥珀色の瞳を僅かに細め、首を傾げながら優しげな表情をする。


「……どう? あまり自由には動けないだろうけど、慣れた?」

「…………お陰様で」


 槐の言葉にニッコリと微笑むと、部屋の奥まで入って扉を閉めた。


「……僕が無理矢理――――」

「ふふっ、別にヒナタを責めに来たんじゃないよ……ヒナタが君を匿っても気にしないから」

「?」


 意味が分からず怪訝な表情をしていると、“その話は後で”と言われる。


「ここに来たのは朧の事。……朧、一人になったから……大丈夫かなって。まぁ、君もここに居るって事は、一人でいる朧が何してるとか、分からないと思うけどね」

「……」


 蛍の言葉に思わず俯き唇を噛み締めたが、意を決したようにガバッとふたたび顔を上げた。


「朧様には、何か考えがあると思う。じゃなきゃ、わざわざ彼女の所へ行くように、なんて言わない」

「……そうだね……朧は言葉が足りない癖に、説明しようとしないから。でも、君を大事にしているのは分かるよ……君が持ってたあの仮面、もともとは肉体がまだ不安定だった朧が着けてたんだ」

「!」


 ビックリして目を見開く槐に、“やっぱり、知らなかった?”と言って、唇に人差し指を当てて“内緒”とやると、戸惑いながらも頷く。


「君が着けてる時はビックリしたよ。朧はあの仮面を大事にしていたからね」

「でも、僕はその大事な仮面を壊して……朧様を怒らせた……」


 しょんぼりする槐に蛍は首を横に振る。


「たぶん、怒ってない。怒るくらいなら最初から貸さないよ。雑に扱ったなら話は別だけど、激しい戦闘の中で壊れる可能性を考えないなんてありえない」

「……」

「あの仮面は君に必要だったんだ。――――朧の傍にいる為に」


 まるで励ますかのような言葉に、目を丸くする槐。


「僕には相変わらず冷たいのにね……仕方ないと思わない? 記憶なくなってたんだから、そんな拗ねなくても……」


 唇を尖らせてムスッとしている蛍に、“拗ねてるの、アンタじゃ……”と言いかけたが、何を思ったか少し微笑む。


「ん? 僕の顔に何か付いてる?」

「いや、お互いに大事にしてるって思った……朧様は暇さえあれば、こっそり空間にアンタの様子を映し出してた。彼女がこの世界に来る前から……ずっと」

「…………そう、だったんだ」


 軽くうつ向き、“遠回りしてるよね……朧も、僕も”と、寂しげな表情で笑った。


「……朧が動きを見せるまで、ゆっくりしているといいよ。ヒナタが必至に隠してるなら、“僕は”何も言わない」

「! “僕は”?」


 蛍の言葉の意味を察して、槐の顔色がサッと変わる。


「……食事を部屋の前に置いたの、アンタじゃないの?」

「ん? 僕じゃないよ……そっか、そんな事もしてたんだね」

「誰が――――」


 不安げな表情で扉を見ていた槐は、少し考えてからハッとした表情で蛍の顔をまじまじと見た。


「彼は侵入者の気配には一番敏感なんだ。僕が気付くくらいだから、ヒナタが匿ってるのを知っていて君を助けてるんだよ。ただ……普段はやらない事やってるせいで、朔に感付かれているだろうし、昴には気持ち悪がられてるんじゃないかな?」

「何で……敵だった奴にそこまで――――」

「素直じゃないし、不器用。――――だけど、君達をほっとけないんだろうね……面倒見は良かったから」


 蛍の言葉に思わず視線を逸らして床を見る。

 そこにはほんの少しだけ変色した板があり、その部分こそ、この部屋が立ち入り禁止になった理由。

 本当は直す程でもなく、人が歩いても問題ないその部屋を、槐の隠れ場所にしたのは紛れもなく煌であった。


「でもさ、一番気付いて欲しい人はすんごい鈍感だから……」

「?」


 声のトーンが若干下がり、何事かと視線を戻して気付く……うっすらと笑っている事に。

 怪しく光る琥珀の瞳に、戸惑いの表情をうかべる槐が映ると、蛍はクルリと背中を向けて扉へ向かい、振り返る事なく開けた。


「もうすぐで爆発するよ」

「え?」

「僕、ずっと待ってたんだよ……この時を」


 唖然とした表情の槐を残し、スルリと部屋を出ていった訪問者は、扉の閉まる音を聞かずに、静かに遠ざかっていく。


「アンタが一番危ない奴じゃん……てか、扉閉めて行ってよ……」


 部屋に一人残された呟きは、誰にも伝わる事はなく、暗がりの中でゆっくりと溶けるように消えた。



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