転-4.暗がりの訪問
ベットサイドの小さなライトが灯り、部屋を仄かに照す。
いつも穏やかな風が入って夕陽で明るいその場所は、今はしっかり鍵のかかった窓に、厚いカーテンがついていた。
「あれから何日か分の時間が過ぎたけど、大丈夫なの? いつまでも立ち入り禁止のままじゃ怪しまれない?」
部屋の端にポツンとベットだけが置かれるその部屋で、槐の声が小さく響く。
「大丈夫だよ。煌君は本当に私に丸投げみたいで、あれからこの部屋の件で話してこないし……気には、してるみたいだけど……」
「? 丸投げしておいて? 変なの……」
そう……確かにあれから少し様子をみて、槐君をこの部屋に匿った。
不思議なくらいに煌君も含め、皆この部屋には近付かないし、進境はどうなのかも聞いてこない。
どうでもいいのかも……その方が助かるしね。
問題は、煌君が遠回しに気を使ってくることだ。
“何か、困ってるとか……必要な物とかあれば俺に言えよ”なんて、普段の煌君からはあり得ない言葉を言う。
まぁ、実際は何も頼めないので、冷や汗をかきながら全部断らないといけない。
それはそれで、疲れてしまうんだけどね。
……ともあれ、そろそろ私も煌君の部屋に戻らないと…………。
「戻るの?」
ソワソワし出したヒナタに槐が声をかけた。
「うん、煌君も寝る頃だし戻るね」
「……大丈夫なの? 何もない?」
ニッコリと微笑んだが、彼は一緒の部屋で寝ている事に、不安げな表情をうかべる。
「心配いらないよ。煌君寝るの早いから、私が部屋に行くともう寝てるんだ。ベットの横に私の布団もしっかり敷いてくれるんだよ」
「……普通は、仕切りとか考えるよね。気遣い出来てるような、出来てないような……ビミョー」
複雑な表情の槐に“ふふっ”と小さく笑うと、逆に溜め息をつかれた。
本当は槐君対策で一緒に寝てるんだけど、まさか皆に“槐君はここにいるから、煌君と寝なくてもいい”なんて言えないしね。
静かに扉を開いて廊下に誰もいない事を確認し、軽く振り返って手を振ると、彼は頷き“おやすみ”と呟く。
静かな廊下に“パタン”という音が響き、扉に貼られた“立ち入り禁止”という紙が少しはためいた。
――――とりあえず、明日重要なのはご飯だ。
朔さんの食料管理は徹底していて、少しでもなくなればすぐに気付かれてしまう。
最初は私の分を、この部屋に持って来て二人で食べてたけど、槐君がかなり遠慮して食べなくなった。
“誰かが部屋の前に置いてる”なんて言い始めるし…………。
「……もしかして、本当に誰かが……?」
ううん……頭を悩ませても仕方がない。
とりあえず、寝よう。
部屋の前に到着したヒナタが、ゆっくりとノブを回して扉を開くと、すでに煌はベットに入り、壁の方を向いて寝ているようであった。
その横にはいつものように、一つの布団が綺麗に敷かれている。
そのまますぐに布団に潜り込むと、ベットの方で煌が動く気配がした。
「なぁ……」
「! ごめん、起こしちゃった?」
寝ていたとばかりに思っていた為、突然の呼び掛けにヒナタの肩がビクリと跳ねる。
しばらく耳を傾けて続く言葉を待っていたが、ようやく聞こえてきたのは、会話の終わりを意味するものであり、煌は背中を向けたままで、“やっぱ、何でもない”と小さな声で言ったきり寝てしまった。
***
――――コン、コン…………と立ち入り禁止の部屋をノックする音が響く。
「……」
まるで来る事が分かっていたかのように、大して驚いた様子もなく槐は扉を開けた。
そこに立っていたのは蛍――――暗がりの中でも金色に輝くその髪はかなり目立つ。
じぃっと二人は見つめ合っていたが、蛍は琥珀色の瞳を僅かに細め、首を傾げながら優しげな表情をする。
「……どう? あまり自由には動けないだろうけど、慣れた?」
「…………お陰様で」
槐の言葉にニッコリと微笑むと、部屋の奥まで入って扉を閉めた。
「……僕が無理矢理――――」
「ふふっ、別にヒナタを責めに来たんじゃないよ……ヒナタが君を匿っても気にしないから」
「?」
意味が分からず怪訝な表情をしていると、“その話は後で”と言われる。
「ここに来たのは朧の事。……朧、一人になったから……大丈夫かなって。まぁ、君もここに居るって事は、一人でいる朧が何してるとか、分からないと思うけどね」
「……」
蛍の言葉に思わず俯き唇を噛み締めたが、意を決したようにガバッとふたたび顔を上げた。
「朧様には、何か考えがあると思う。じゃなきゃ、わざわざ彼女の所へ行くように、なんて言わない」
「……そうだね……朧は言葉が足りない癖に、説明しようとしないから。でも、君を大事にしているのは分かるよ……君が持ってたあの仮面、もともとは肉体がまだ不安定だった朧が着けてたんだ」
「!」
ビックリして目を見開く槐に、“やっぱり、知らなかった?”と言って、唇に人差し指を当てて“内緒”とやると、戸惑いながらも頷く。
「君が着けてる時はビックリしたよ。朧はあの仮面を大事にしていたからね」
「でも、僕はその大事な仮面を壊して……朧様を怒らせた……」
しょんぼりする槐に蛍は首を横に振る。
「たぶん、怒ってない。怒るくらいなら最初から貸さないよ。雑に扱ったなら話は別だけど、激しい戦闘の中で壊れる可能性を考えないなんてありえない」
「……」
「あの仮面は君に必要だったんだ。――――朧の傍にいる為に」
まるで励ますかのような言葉に、目を丸くする槐。
「僕には相変わらず冷たいのにね……仕方ないと思わない? 記憶なくなってたんだから、そんな拗ねなくても……」
唇を尖らせてムスッとしている蛍に、“拗ねてるの、アンタじゃ……”と言いかけたが、何を思ったか少し微笑む。
「ん? 僕の顔に何か付いてる?」
「いや、お互いに大事にしてるって思った……朧様は暇さえあれば、こっそり空間にアンタの様子を映し出してた。彼女がこの世界に来る前から……ずっと」
「…………そう、だったんだ」
軽くうつ向き、“遠回りしてるよね……朧も、僕も”と、寂しげな表情で笑った。
「……朧が動きを見せるまで、ゆっくりしているといいよ。ヒナタが必至に隠してるなら、“僕は”何も言わない」
「! “僕は”?」
蛍の言葉の意味を察して、槐の顔色がサッと変わる。
「……食事を部屋の前に置いたの、アンタじゃないの?」
「ん? 僕じゃないよ……そっか、そんな事もしてたんだね」
「誰が――――」
不安げな表情で扉を見ていた槐は、少し考えてからハッとした表情で蛍の顔をまじまじと見た。
「彼は侵入者の気配には一番敏感なんだ。僕が気付くくらいだから、ヒナタが匿ってるのを知っていて君を助けてるんだよ。ただ……普段はやらない事やってるせいで、朔に感付かれているだろうし、昴には気持ち悪がられてるんじゃないかな?」
「何で……敵だった奴にそこまで――――」
「素直じゃないし、不器用。――――だけど、君達をほっとけないんだろうね……面倒見は良かったから」
蛍の言葉に思わず視線を逸らして床を見る。
そこにはほんの少しだけ変色した板があり、その部分こそ、この部屋が立ち入り禁止になった理由。
本当は直す程でもなく、人が歩いても問題ないその部屋を、槐の隠れ場所にしたのは紛れもなく煌であった。
「でもさ、一番気付いて欲しい人はすんごい鈍感だから……」
「?」
声のトーンが若干下がり、何事かと視線を戻して気付く……うっすらと笑っている事に。
怪しく光る琥珀の瞳に、戸惑いの表情をうかべる槐が映ると、蛍はクルリと背中を向けて扉へ向かい、振り返る事なく開けた。
「もうすぐで爆発するよ」
「え?」
「僕、ずっと待ってたんだよ……この時を」
唖然とした表情の槐を残し、スルリと部屋を出ていった訪問者は、扉の閉まる音を聞かずに、静かに遠ざかっていく。
「アンタが一番危ない奴じゃん……てか、扉閉めて行ってよ……」
部屋に一人残された呟きは、誰にも伝わる事はなく、暗がりの中でゆっくりと溶けるように消えた。




