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黄昏の箱庭  作者: 天音凛
序章・黄昏の番人
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5話.守る者、壊す者

シルバーウィーク万歳

 ヒナタと5人の間の会話が途切れた時である。

 舞い散る竹の葉が、地に落ちることなく動きを止めた。

 岩壁から湧き出す水も落ちなくなる。


 ――え……風の音も、水の音も聞こえなくなった? 何これ、どうなって……。


「睡蓮! 結界はどうした!?」


 昴が焦ったように声をあげる。


「すまぬ。封印を優先したせいで、結界が不完全になりよった」


 そうこうしている間に、“サーッ”という砂のような音がして、辺りの景色から鮮やかな色彩が消えていく。


 何が起こってるの? 辺り一面、灰色になっていってる!


「ヒナタ、下がっておれ」


 ヒナタの傍に睡蓮が近寄り制した。


「おいおい、今日は出現率が高いんじゃないか?」


 煌は忌々しげに言うと、拳を握って構える。


「――チッ……。堕ち人より厄介な方か。」

「最近は静かだったんですが……やはり、彼女には何かあるんでしょうか?」


 チラリとヒナタを見ながら、朔は懐からナイフを複数取りだす。

 昴はその問いに黙ったまま、いつの間にか腰に差してあった刀をスラリと抜いた。


「ヒナタ、祠を狙うは堕ち人だけではない。堕ちたのではなく、底から生まれし者がこの世界には存在する。」

「底……? 人間じゃないんですか?」

「うむ、人にあらず。陰より生まれ、自我を持った者達――――」


 黒い霧が濃くなり、人影が見える。


「――――奈落の民だ」


 睡蓮がそう答えると黒い霧の中からゆっくりと、二人の人物が現れた。


「ひひ、相変わらずブッソウだねぇ……」


 片方の男が楽しそうに言う。

 小柄でかなり痩せ細り、骨ばった身体つきで、50代後半くらいの容姿である。

 髪はちょっと長めな白髪で紅い瞳がこちらを見ていた。


「あら、可哀想に……女の子なのに雑に扱われたのね――フフッ」


 もう一人の20代後半くらいの女が、口に手をあてながら笑って言った。

 背は高めでモデルのような姿である。

 栗色の腰の位置まである長い髪で、ウェーブがかかっていた。

 男と同じで瞳は紅い。


 ――二人とも格好が正装? みたいだからかなり目立ってる……。一人は燕尾服にシルクハット、ステッキも持ってるし、もう一人は真っ赤なアメリカンスリーブ風のドレスでスリットが入ってるし……。


 ヒナタがじっくりと観察している間にも、周りは緊迫した雰囲気になっていく。


「何のようだ」


 昴が冷めた表情で二人に刀を突き付ける。


「いやいや、今日は新しい住人が来たと知って、ご挨拶しに来ただけだがねぇ……ひひっ」

「そうねぇ……状況によっては、長ーいお付き合いになるかしらねぇ……フフッ」


 そう言って二人はヒナタを見ながら楽しそうに笑う。


 ……嫌な感じだな。


 ヒナタは前に立つ睡蓮の背に隠れた。


「何を企んでおる」

「私らは何も企んではいないさ…何かを企んでいるのは、あんたらの方じゃないかね?」

「うぜぇ」


 煌は我慢出来なかったのか、早くも飛びかかりそうであった。


「危ない坊やねぇ……。ねぇ、そこのお嬢ちゃん」


 女は睡蓮の背に隠れたヒナタに話しかける。


「私は椿つばき、こっちの男はおぎよ。この世界には女性があまり居なかったから、貴女に逢えて嬉しいわ」


 優しく微笑まれ、ヒナタはおずおずと顔を出す。


「……椿さんと荻さん、ですか。……私は、青葉ヒナタです。よろしくお願いします」

「お前ばっかじゃねぇの!? 出逢ったばっかでよろしくすんな!」


 つかさず煌の突っ込みが入る。


 無視する訳にはいかないし……それに、出逢ったばかりって――煌君達とも今日が初だよ! どっちもどっちだよ!


 ヒナタは目を細めて煌を見た。

 煌も負けじとガッツリ睨む。


 ――皆の視線が二人にそれた時であった。

 昴が素早く刀を降り下ろす。

 そこに居た椿は難なくその刀を飛び抜いてかわし、軽やかに着地した。


「あぁっ……困るわ、せっかく良いところだったのに――残念」

「ひひっ、失敗したなぁ、椿」


 ゆっくりと立ち上がる椿の爪は異様に伸び、鋭く尖っていた。


「煌、油断するな」

「……チッ」


 昴の言葉に煌は自分の失態に気付き、苦い顔をしている。


 え……つまり、椿さんが煌君を傷付けようとしたって事? 荻さんも楽しそうに笑ってる……。


「挨拶ついでに一人でも殺れるかと思ったが……また、今度だなぁ……くくく」


 荻の言葉にヒナタは煌の身が危なかった事を理解し、背筋が凍った。

 荻と椿は少しずつ後ろに下がり始める。


「逃がすと思うか? 今ここで、二人共闇に還してやる」


 昴は刀を構え直して体勢を低くし、地面を力強く踏み締める。

 その後ろから、不意討ちの如く朔のナイフが二人に飛んでいった。

 二人は一斉に避け、ナイフは“カカッ”と乾いた音をたてて木に刺さる。

――しかし、椿が避けた先には昴の刀が迫っていた。


「あ、らぁ……」

「終わりだ」


 刀が椿を引き裂こうとした――――その時である……茂みから蔓が飛び出して刀に巻き付いた。

 その隙に、椿は刀から離れる。


 あれは……煌君の拳を止めた……


 煌も気付いたのか目がつり上がった。


「出てこいよ!」

「……」


 その声に応えるように、茂みを揺らしながら出てきたのは――――。


「……槐君?」


 ヒナタを暗闇から出した槐であった。

 槐は蔓をしならせ刀を弾き返すと、追撃してきた朔のナイフも全て叩き落とした。


「新参の奈落か」

「あまり表に出てこないと思ってましたが……」


 朔は何か言いたげにヒナタを見た。

 しかし、睡蓮は納得がいったように頷いている。


「そうか、ヒナタを導いたのはそなただったのか」

「うん。槐君、口は悪いけどいい人だよ」

「馬鹿じゃねぇの!? 奈落の奴らに良い奴がいるか! お前だろ! さっき邪魔しやがったのは!」


 興奮そのままに煌は叫んだ。


 あ。

 槐君――――――きっと、呆れてる。

 仮面したままだけど、分かるよ。


 ヒナタの想像通り、槐は頭を軽く振り言い放つ。


「あんた――――馬鹿でしょ?」


 辺りは静寂に包まれた。


 仮面は相変わらず着けたままだけど、もう雰囲気でそう言ってる。

 ……たぶん今は、単細胞とか思っているのかもしれない。

 煌君をチラリと見る――――うん、怒るよね。


「てめぇ、馬鹿にすんじゃ――……!」

「うるさいよ。――――単細胞」


 あ、本当に言った。


 槐は煌の言葉を遮ると、椿と荻を見る。


「――二人共、勝手な事しないでくれる? 今度やったら見捨てるから」

「ひひっ…こっちにも物騒な子が居たなぁ」

「お迎えありがとう、槐君。――――ヒナちゃん、また会いましょう」


 二人はそう言って、森の中に姿を消した。


 ヒナちゃんって私の事だよね……あの人、危ない感じだったけど、槐君の知り合い?


 槐はヒナタを見た。


「そんな祠……守るなんて本当に馬鹿」

「え?」

「あんたもついでにバカ」

「何だか分からないけど、槐君性格が悪いよ!」

「……」

「ツンデレには、デレも必要なの」


 ヒナタは真剣な顔で言う。


「――――やっぱり、バカだね」


 ヒナタと槐が話していると、煌が痺れを切らし槐に飛びかかっていく。


「ちんたら話してんな! 仲間逃がして、お前も無事に逃げられると思うなよ!」

「――逃げる? 違うね」


 槐は焦った様子も無く、蔓をしならせ素早く煌の胴部に打ち付ける。


「ぐっあっ!」

「煌!」


 勢いよく地面に叩きつけられた煌の元に、昴と朔が駆け寄る。


「無鉄砲に突っ込むな」

「……悪い」

「ですから単細胞とか言われるんです」

「……オイ」

「朔、今はよせ」

「申し訳ありません、昴様」

「俺に謝れよ!」


 あっち何かコントやってる……無事だね。


 ヒナタは煌がたいしたケガが無いことを確認すると、槐の方に顔を向けた。


「あれ? 槐君? 槐君何処に行ったの!?」


 そこに居たはずの槐は姿を消してしまっていた。

 それと同時に、景色に鮮やかさが戻り、水の音や風の音など全てが動き出す。


「槐君……待っ――――」

「……」


 消えた槐を捜そうと、森に入ろうとしたヒナタの腕を誰かが掴む。


「え?」


 振り返ると、それまで空気のように黙ったままだった蛍であった。

 仮面のような微笑みをうかべている。


「ダメ」

「蛍、さん」

「ダメ」

「わ、分かりました。行かないので、放して下さい」

「ダメ」


 蛍は“ダメ”しか答えなくなり、ギリギリとヒナタを掴む手に力が入る。


「蛍さん、……痛っ! お願いっ、やめて!」

「やめよ蛍!」


 ヒナタの叫びに睡蓮が真剣な顔付きで、蛍に制止をかける。


「ヒナタは行かぬ。放すのだ」

「……うん、睡蓮」


 ゆっくりと力が弱まり、蛍は掴んでいた腕を離した。


「ヒナタ、すまぬ。蛍の代わりに詫びよう。後々、詳しく話すが……蛍に悪気は無いのだ」

「だ、大丈夫です! 蛍さん、心配してくれてたんだと思いますから」

「蛍の馬鹿が心配するわけ無いっての……ケッ」


 ……煌君の悪態は無視しよう。

 槐君に見逃されたから機嫌が悪くて、八つ当たりだし。


「皆の者、一度我の屋敷に来るがよい。少し落ち着くとしよう」

「そうだな。煌、悪態ついてないでさっさと立て」

「何で行かなきゃ――」

「朔。引きずってこい」

「承知致しました」


 睡蓮は道案内で先に進み、それに昴が続く。

 朔は昴の指示通り、煌の襟首を掴み、引きずって行く。


「なぁっ!? マジで引きずんな! ってか苦しいっての! 放しやがれバカ朔!」

「昴様のご要望なので、聞き入れる事は出来ませんね」


 煌達の声は森の中に消えていった。

 残った蛍は、ヒナタが動くのを待つかのように、その場に佇んでいる。

 チラリと槐が消えた森の方に視線を向けた。


 煌君の時も守ってくれたみたいだし……。

 槐君……なんとなく、まだ居るような気がするんだよね。


 ヒナタは反対側の森に脚を向ける。


 今は……睡蓮さん達に付いて行くしかないみたいだね。


「蛍さん、道案内をお願いします」


 ヒナタがそう言うと、蛍は槐が消えた森から視線をずらし、ヒナタに微笑む。


「うん、ヒナタ」


 蛍は背を向けて、睡蓮の屋敷に進み始め、ヒナタはその後を付いて行った――――――。



何だかんだで、難産な話でありました……。

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