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黄昏の箱庭  作者: 天音凛
第三章・煌~対なる扉、想いの狭間で君を待つ~
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承-5.仮面の下は

 和室には、ヒナタと煌の言い合いが続き、それを横目に睡蓮がお茶をゆったりとすすっていた。


「二人共飽きないのう……所でよいのか? かなり時間が経っておる……皆が心配するのではないか?」

『あっ……』


 ピタリと二人は動きを止めると、揃って睡蓮を見る。

 すぐにバツが悪そうに煌が顔を歪め、サッとヒナタと睡蓮に背中を向けた。


「……チッ! ――とっとと帰んぞ」


 煌はイライラした様子で、荒々しく先に玄関へ向かってしまう。


「煌君! ……あぁ、行っちゃった。睡蓮さん、長居してすみません、お邪魔しました!」

「何、気にするでない……それより――――」


 慌てて煌を追おうとすると、睡蓮が“待つのだ”と引き止め、懐をガサゴソと探っている。

 パアッと明るい表情で勢いよく取り出したのは、輪っか状の紐に小さな鈴が付いたもの。

 しかし、そこにはもう一つ小さなぬいぐるみが付いている。


 え、これ……さっきの……。

 煌君に見付かったら――――。


 困った表情で睡蓮を見るが、本人は実にいい笑顔で満足そうである。


「……睡蓮さん、私……怒られます」

「大丈夫じゃ、サイズもミニだから問題あるまい! これ以上の御守りはないと思うのだが?」

「……えっと、ありがとうございます」

「気を付けて帰るのだぞー!」


 満面の笑みで手を振る睡蓮に色々諦めたヒナタは、スカートのポケットに貰ったものを入れ、軽く頭を下げて先に出ていった煌を追う。

 玄関に着くとすでに煌の姿は無く、ヒナタはカラカラと扉を横に開き、辺りを見回した。


 ……いた。

 赤い髪って目立つから、こういう時いいよね。

 それにしても、木の上でキョロキョロして落ち着きがない。


 トコトコと煌の居る木の下に行くと、ギロリとした瞳を向けられた。


「遅かったな……何してたんだよ」

「睡蓮さんが御守りくれたの」

「何だそりゃ……効果あんのか?」


 疑いの目で見下ろす煌に、ヒナタは事を荒立てないように苦笑いだけをうかべる。

 そのかいがあったのか煌の興味は無くなったようで、“まぁ、いーや”と呟くと一本先の木に飛び移った。

 しかし、次々に先に行こうとしている。


 ……あれ、これって……私、全力疾走じゃないかな!?

 お、置いてきぼりにされる!!


 ヒナタが慌てて走り出すと、煌は軽く後ろを振り返り、何かに気付いたのかハッとした表情をしてその場に止まった。


「トロい……木とか飛び移れよな。お前、能力持ってんだろ?」


 一瞬何を言われたか分からなかったヒナタだが、みるみるうちに険しい表情になると、そのまま煌の居る木を素通りした。


「え、おいっ! 無視かよ!」


 そのままスタスタ先に歩いて行った事に、少しビックリした表情をしながらも、木々の間を飛び移りながら煌が追いかける。

 しばらくその状態が続いたが、“無視すんなー!”という声に、ヒナタが不機嫌な表情のまま振り返った。


「私、木を飛び移る能力無いから! それに、森と一緒に育った煌君と一緒にしないで」

「はぁー!? んだと!?」

「先に酷い事言ったの煌君だからね!」

「あぁん!? ふざけん――――」

「……みゅっ」

「!」


 本格的なケンカになろうとした時である。

 ヒナタは鳴き声と共に、もぞもぞ動く感触を感じ、慌ててスカートのポケットを押さえる。

 しかし、つい先程聞いたばかりの声に、煌が気付かないはずもなく、口許をひきつらせながら地面に降りてきた。


「おい、睡蓮から何貰いやがった?」

「な、何の事……? 私、分からな――――」

「みゅーっ」


 きゃーっ!

 お願いだから黙ってぇぇっ!


 決定的な鳴き声に、煌の拳に火が灯る。

 ヒナタはポケットを押さえ込んだまま、ジリジリと後ろへと後退していくが、やがて一本の木に背中が当たって動けなくなった。


「こ、煌君……ごめんなさい! お、落ち着いて!」

「出せ……」

「ダメっ! む、無理っ!」

「いいから、出せ!」


 煌の手がヒナタのスカートを握り、ぐいぐいと引っ張り始めると、ヒナタは別の意味で焦り始める。

 顔が徐々に赤くなっていくが、そんな様子に怒り狂う煌は気付く事無く、さらに力を込めた。


「待って煌君! 破けちゃ……むしろ、脱げちゃうからぁっ!」

「――――!?」


 ヒナタが若干涙目で叫ぶと、何故か煌が勢いよく飛び退く。

 その瞬間、今まで煌が居た場所に蔓が強かに打ち付けられ、頭上から人が降り立った。

 ヒナタを背に庇うような形で間に入った人物は、明らかに怒ったような声色を放つ。


「最低だな……」

「!」


 煌を牽制するかのように蔓を向け、そのまま軽くヒナタの方を振り向く。

 白い仮面に、若竹色の三つ編みがなびいている人物――――……


「無事? 朧様の命で迎えに来た」

「槐君!」

「てめぇ……出やがったな仮面野郎っ!」

「黙れ変態。僕言ったよね? 何かしたら、ただじゃおかないってさ」

「誰が変態だ! んな事言ったらお前はストーカーじゃねぇか! てめぇが変態だろが!」

「……うるさい」


 二人の間に火花が散ると、同時に地面を蹴って飛び上がり、蔓と拳をぶつけ合う。

 その度に激しい衝撃波が発生し、地面をえぐり、木の葉を散らしながら木々を大きく揺らす。


 槐君が止めてくれて助かったけど、明らかに二人から殺気を感じる。

 このままじゃどっちかが……どうしようっ……どうやって止めたらいいの!?

 もう、こうなったら――――!


 ヒナタが焦って二人の間に飛び出そうとした時である。

 聞いた事がないような唸り声と共に、スカートのポケットから何かが飛び出した。

 それは睡蓮に御守りとして貰った、小さな白いモフ。

 しかし、瞳はつり上がって赤く変色し、ギザギザの歯をギリギリと動かしながら、元の大きさであった人間の頭程になった。

 それどころか、白かったフサフサの毛も赤くなり鋭く尖る。


「ヴゥゥゥゥゥッ!!」

「何だ!?」

「!」


 突然の唸りに二人の動きが止まり、振り返った時にはすでに遅く、モフは弾丸のような速さで煌と槐に襲いかかった。


「煌君! 槐君!」

「――――――くっそっ!!」

「っ!?」


 煌は素早く身を翻し避けるが、反応が遅れた槐は避けきれず、真っ直ぐにモフが突っ込んだ。

 “ガンッ!”という音をたてて仮面にモフが突き刺さり、勢いで木に背中を打ち付け地面に倒れる。


「ぐはっ!」

「槐君――――!」

「ダメだ! こっちに来るな! まだ襲ってくる!」

「!?」


 慌てて槐に駆け寄ろうとしたヒナタを、鬼気迫る表情で止める。

 モゾモゾとモフがまた動き出し、槐の仮面に刺さった毛を切り離すと、今度は煌に狙いを定めて跳んだ。

 しかし、不意を突かれた先程とは違い軽々とかわすと、背中に木がある状態で待ち構える。


「ヴゥァァァッ!」


 モフが真っ直ぐに突っ込んでいく――――だが、煌は不敵に笑っていた。


「――――甘いんだよ」


 次の瞬間、煌がギリギリの間合いで横に避け、モフはそのまま木の幹に“ドォンッ!”という激しい音をたてて突き刺さる。

 煌は避けると同時に素早く拳を振り上げ――――


「大人しく、なりやがれぇぇぇっ!」


 モフに叩き込まれた拳からは爆音と共に風が吹き荒れ、一瞬にして木々が弾けとんだ。


「きゃああああっ!」

「――――あの、単細胞バカっ!」


 木々の破片が凶器のようにヒナタに襲いかかったが、槐が素早く駆け付けると、蔓を素早く振るって一つ残さず叩き落とす。


「ありがとう、槐君……」

「うん。――っく……」


 槐が苦しそうに呻いて片足を地面につくと、蔓が光の粒となって拡散する。

 モフが刺さった仮面は額部分に大きな裂け目を作り、そこからゆっくりと“ピシッ、ピシッ”と縦に亀裂が入っていった。


「おいっ、モフは消えちまったぜ。とっとと続き――――」

「っ!」


 煌が砂煙から姿を現した瞬間、“バキン!”という音が鳴り響き、真っ二つに割れた仮面が地面に落ちる。

 仮面の下の額はやはり怪我をしており、血が鼻筋を辿って流れていた。


「槐、君……?」

「……」


 ヒナタの呼び掛けに、痛みで閉じていたであろう瞳がゆっくりと開く。

 長めな前髪からのぞく瞳は――――――……


「……お、前――――――まさか……“人間”だったのか?」

「……」


 奈落の民の象徴である紅い瞳。

 しかし、ヒナタの前にいる青年は、風になびく髪と同じ、鮮やかな若竹色をした瞳であった……。


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