承-5.仮面の下は
和室には、ヒナタと煌の言い合いが続き、それを横目に睡蓮がお茶をゆったりとすすっていた。
「二人共飽きないのう……所でよいのか? かなり時間が経っておる……皆が心配するのではないか?」
『あっ……』
ピタリと二人は動きを止めると、揃って睡蓮を見る。
すぐにバツが悪そうに煌が顔を歪め、サッとヒナタと睡蓮に背中を向けた。
「……チッ! ――とっとと帰んぞ」
煌はイライラした様子で、荒々しく先に玄関へ向かってしまう。
「煌君! ……あぁ、行っちゃった。睡蓮さん、長居してすみません、お邪魔しました!」
「何、気にするでない……それより――――」
慌てて煌を追おうとすると、睡蓮が“待つのだ”と引き止め、懐をガサゴソと探っている。
パアッと明るい表情で勢いよく取り出したのは、輪っか状の紐に小さな鈴が付いたもの。
しかし、そこにはもう一つ小さなぬいぐるみが付いている。
え、これ……さっきの……。
煌君に見付かったら――――。
困った表情で睡蓮を見るが、本人は実にいい笑顔で満足そうである。
「……睡蓮さん、私……怒られます」
「大丈夫じゃ、サイズもミニだから問題あるまい! これ以上の御守りはないと思うのだが?」
「……えっと、ありがとうございます」
「気を付けて帰るのだぞー!」
満面の笑みで手を振る睡蓮に色々諦めたヒナタは、スカートのポケットに貰ったものを入れ、軽く頭を下げて先に出ていった煌を追う。
玄関に着くとすでに煌の姿は無く、ヒナタはカラカラと扉を横に開き、辺りを見回した。
……いた。
赤い髪って目立つから、こういう時いいよね。
それにしても、木の上でキョロキョロして落ち着きがない。
トコトコと煌の居る木の下に行くと、ギロリとした瞳を向けられた。
「遅かったな……何してたんだよ」
「睡蓮さんが御守りくれたの」
「何だそりゃ……効果あんのか?」
疑いの目で見下ろす煌に、ヒナタは事を荒立てないように苦笑いだけをうかべる。
そのかいがあったのか煌の興味は無くなったようで、“まぁ、いーや”と呟くと一本先の木に飛び移った。
しかし、次々に先に行こうとしている。
……あれ、これって……私、全力疾走じゃないかな!?
お、置いてきぼりにされる!!
ヒナタが慌てて走り出すと、煌は軽く後ろを振り返り、何かに気付いたのかハッとした表情をしてその場に止まった。
「トロい……木とか飛び移れよな。お前、能力持ってんだろ?」
一瞬何を言われたか分からなかったヒナタだが、みるみるうちに険しい表情になると、そのまま煌の居る木を素通りした。
「え、おいっ! 無視かよ!」
そのままスタスタ先に歩いて行った事に、少しビックリした表情をしながらも、木々の間を飛び移りながら煌が追いかける。
しばらくその状態が続いたが、“無視すんなー!”という声に、ヒナタが不機嫌な表情のまま振り返った。
「私、木を飛び移る能力無いから! それに、森と一緒に育った煌君と一緒にしないで」
「はぁー!? んだと!?」
「先に酷い事言ったの煌君だからね!」
「あぁん!? ふざけん――――」
「……みゅっ」
「!」
本格的なケンカになろうとした時である。
ヒナタは鳴き声と共に、もぞもぞ動く感触を感じ、慌ててスカートのポケットを押さえる。
しかし、つい先程聞いたばかりの声に、煌が気付かないはずもなく、口許をひきつらせながら地面に降りてきた。
「おい、睡蓮から何貰いやがった?」
「な、何の事……? 私、分からな――――」
「みゅーっ」
きゃーっ!
お願いだから黙ってぇぇっ!
決定的な鳴き声に、煌の拳に火が灯る。
ヒナタはポケットを押さえ込んだまま、ジリジリと後ろへと後退していくが、やがて一本の木に背中が当たって動けなくなった。
「こ、煌君……ごめんなさい! お、落ち着いて!」
「出せ……」
「ダメっ! む、無理っ!」
「いいから、出せ!」
煌の手がヒナタのスカートを握り、ぐいぐいと引っ張り始めると、ヒナタは別の意味で焦り始める。
顔が徐々に赤くなっていくが、そんな様子に怒り狂う煌は気付く事無く、さらに力を込めた。
「待って煌君! 破けちゃ……むしろ、脱げちゃうからぁっ!」
「――――!?」
ヒナタが若干涙目で叫ぶと、何故か煌が勢いよく飛び退く。
その瞬間、今まで煌が居た場所に蔓が強かに打ち付けられ、頭上から人が降り立った。
ヒナタを背に庇うような形で間に入った人物は、明らかに怒ったような声色を放つ。
「最低だな……」
「!」
煌を牽制するかのように蔓を向け、そのまま軽くヒナタの方を振り向く。
白い仮面に、若竹色の三つ編みがなびいている人物――――……
「無事? 朧様の命で迎えに来た」
「槐君!」
「てめぇ……出やがったな仮面野郎っ!」
「黙れ変態。僕言ったよね? 何かしたら、ただじゃおかないってさ」
「誰が変態だ! んな事言ったらお前はストーカーじゃねぇか! てめぇが変態だろが!」
「……うるさい」
二人の間に火花が散ると、同時に地面を蹴って飛び上がり、蔓と拳をぶつけ合う。
その度に激しい衝撃波が発生し、地面をえぐり、木の葉を散らしながら木々を大きく揺らす。
槐君が止めてくれて助かったけど、明らかに二人から殺気を感じる。
このままじゃどっちかが……どうしようっ……どうやって止めたらいいの!?
もう、こうなったら――――!
ヒナタが焦って二人の間に飛び出そうとした時である。
聞いた事がないような唸り声と共に、スカートのポケットから何かが飛び出した。
それは睡蓮に御守りとして貰った、小さな白いモフ。
しかし、瞳はつり上がって赤く変色し、ギザギザの歯をギリギリと動かしながら、元の大きさであった人間の頭程になった。
それどころか、白かったフサフサの毛も赤くなり鋭く尖る。
「ヴゥゥゥゥゥッ!!」
「何だ!?」
「!」
突然の唸りに二人の動きが止まり、振り返った時にはすでに遅く、モフは弾丸のような速さで煌と槐に襲いかかった。
「煌君! 槐君!」
「――――――くっそっ!!」
「っ!?」
煌は素早く身を翻し避けるが、反応が遅れた槐は避けきれず、真っ直ぐにモフが突っ込んだ。
“ガンッ!”という音をたてて仮面にモフが突き刺さり、勢いで木に背中を打ち付け地面に倒れる。
「ぐはっ!」
「槐君――――!」
「ダメだ! こっちに来るな! まだ襲ってくる!」
「!?」
慌てて槐に駆け寄ろうとしたヒナタを、鬼気迫る表情で止める。
モゾモゾとモフがまた動き出し、槐の仮面に刺さった毛を切り離すと、今度は煌に狙いを定めて跳んだ。
しかし、不意を突かれた先程とは違い軽々とかわすと、背中に木がある状態で待ち構える。
「ヴゥァァァッ!」
モフが真っ直ぐに突っ込んでいく――――だが、煌は不敵に笑っていた。
「――――甘いんだよ」
次の瞬間、煌がギリギリの間合いで横に避け、モフはそのまま木の幹に“ドォンッ!”という激しい音をたてて突き刺さる。
煌は避けると同時に素早く拳を振り上げ――――
「大人しく、なりやがれぇぇぇっ!」
モフに叩き込まれた拳からは爆音と共に風が吹き荒れ、一瞬にして木々が弾けとんだ。
「きゃああああっ!」
「――――あの、単細胞バカっ!」
木々の破片が凶器のようにヒナタに襲いかかったが、槐が素早く駆け付けると、蔓を素早く振るって一つ残さず叩き落とす。
「ありがとう、槐君……」
「うん。――っく……」
槐が苦しそうに呻いて片足を地面につくと、蔓が光の粒となって拡散する。
モフが刺さった仮面は額部分に大きな裂け目を作り、そこからゆっくりと“ピシッ、ピシッ”と縦に亀裂が入っていった。
「おいっ、モフは消えちまったぜ。とっとと続き――――」
「っ!」
煌が砂煙から姿を現した瞬間、“バキン!”という音が鳴り響き、真っ二つに割れた仮面が地面に落ちる。
仮面の下の額はやはり怪我をしており、血が鼻筋を辿って流れていた。
「槐、君……?」
「……」
ヒナタの呼び掛けに、痛みで閉じていたであろう瞳がゆっくりと開く。
長めな前髪からのぞく瞳は――――――……
「……お、前――――――まさか……“人間”だったのか?」
「……」
奈落の民の象徴である紅い瞳。
しかし、ヒナタの前にいる青年は、風になびく髪と同じ、鮮やかな若竹色をした瞳であった……。




