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黄昏の箱庭  作者: 天音凛
第三章・煌~対なる扉、想いの狭間で君を待つ~
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承-4.白い、モフモフ

「忘れてた――――!」


 竹林に囲まれた睡蓮の屋敷から煌の叫びが聞こえる。

 和室には正座した睡蓮が美しい動作でお茶をすすり、その隣にはヒナタが困った表情で座っていた。


 朔さんが言ってたのはこの事だったんだ……。

 朝から皆は早く行けって感じだったし、ここに来るまで本当に何もなかったから、逆に不気味だったんだよね……。


「あわわわっ……」

「みゅーん!」

「く、来るな! 来るんじゃねぇ!」


 煌は部屋の入り口で青白い顔だけを出し、完璧に怯えきっていた。

 人の顔くらいの大きさがある、まん丸でフサフサな真っ白ボディーに、兎のような長細い二本の耳。

 平たくて長い、ジャンプ力がありそうな足で、ピョンピョン跳びながら煌に群がっている生き物、それこそ――――白いモフの正体である。


「みゅーん! みゅーん!」

「やめろ! それだけはっ! イヤ――――――っ!」


 クリクリとした黒い瞳と、可愛らしい鳴き声とは裏腹に、鋭そうなギザギザの口がカパッっと開くと、十匹程いるであろうモフは、一斉に煌に噛み付いた。


「ぎゃあああっ!」

「こ、煌君!」

「まぁ、まぁ……」


 慌てて立ち上がったヒナタを睡蓮がとどめる。


「大丈夫じゃ、単なる甘噛みだからの」

「そっかー、じゃあ、大丈夫――――」

「んな訳あるか――――! ゴリゴリ音鳴ってるし、歯形くっきり血だらけだろが!」

「甘噛みじゃ」

「おいっ!」


 煌がいまだに全身を噛まれていると、ヒナタの足元にも一匹寄ってくる。

 しかし、口はギザギザからナミナミに変化すると、目を細めてみゅーみゅー鳴きながら、すりすりと体をヒナタの足に擦り寄せた。


「おー、おー、気に入られたようだの。可愛いだろう?」

「は、はいっ!」


 ヒナタはフサフサの体を両手で持ち上げ、幸せそうに頬擦りをする。

 その様子を煌がじいっと見つめたまま動かなくなると、睡蓮はニンマリと笑う。


「煌、“可愛らしい”だろう?」

「……あぁ」


 どこかポケーとしていた煌だったが、“がぶっ”という音に我に返る。


「いってぇ――――っ! ……な、何で俺だけ……」

「はははっ! 相変わらず嫌われておるようだ。何故であろうなぁ? 煌にだけ、噛みっ……ぷふっ! あははははっ!」


 床に倒れた煌に、睡蓮は腹を抱えて大笑いである。


「……イジメたとか?」

「みゅー」

「阿保か! イジメねぇよ!」

「シャー!! ガルルルルッ……」

「何なんだよ……」


 ヒナタの腕の中で煌を威嚇していた白いモフは、優しく撫でられ、猫のように“ゴロゴロ”と喉を鳴らし始める。


「だあーっはははっ!」

「こ、の、野郎…………」


 ちょっと止めた方がいいかも……煌君がかなり痛がっている。

 特に、一番重傷なあの腕を狙われているからよけいに……。


 ヒナタは抱えていたモフを下ろすと、煌に群がっているモフ達に近付く。


「皆、その腕はやめてあげてくれないかな?」

「!」

「みゅー、みゅーみゅー」


 ヒナタの言葉にクリクリな瞳をぱちくりさせるモフ達。

 すると次々と鳴き始め、まるで考えているかのように耳をピコピコ動かして揺れている。


「ダメかな?」

『みゅー!』


 それはまるで“いいよー”という言葉のように、ヒナタには聞こえた。

 腕には一切噛み付かず、他の部分を“ガジガジ”と噛み始めたのだから――――。


「……」

「……」

「はっ! 噛まないでって言うんだった! ご、ごめんね煌君」

「は、ははっ……いや、お前の優しさを身に染みて感じるぜ……なんだったら、ついでにそこの阿保をぶちかましてくんねーかな?」


 睡蓮はいまだに腹を抱えて笑い、ゴロゴロと畳の上を転げ回っていた。



 ***



 ようやく睡蓮の笑いが止まった頃には、床で倒れたままの煌の上にモフ達が乗っかり、スヤスヤ寝息をたてていた。


「――っとすまんすまん。本題がまだだった……一旦モフ達には帰ってもらおうか」


 睡蓮が右手を前に出し、ついっと横に動かすと、“ポポポンッ”という音をたてて、次々と白いモフ達が消えていく。


「あ、消えちゃった……睡蓮さんが呼び出していたんですね」

「そうだの……正確に言えば、我に何かあると勝手に出てくるのだ」

「ふふっ、主人想いな生き物ですね。可愛い」

「可愛かねぇよ……毎度毎度俺だけこんな扱いだしよ。――はぁ、モフの存在を忘れてなかったら来なかったのに……」


 煌は完全に不機嫌なオーラを放ち、ブスッとした表情で縁側に座っている。


「煌、そんなに拗ねるでない。ちゃんと本題の件は準備しておる。そろそろ機嫌を直すのだ」

「散々転げ回っておいてよく言うぜ。話が終わったら即行帰んからな!」


 そう言うと煌はまたプイッと背を向ける。


 あちゃー完璧にへそ曲げちゃってるよ……これは帰り道の方が大変かも。


 ヒナタの考えに気付いたのか、睡蓮は申し訳なさそうな表情で、“すまぬ”と声は出さずに口だけを動かした。


 あぅ……帰りは私が何とかするしかないな。

 とりあえず、無事に館に帰る事が優先だしね。


 ――――そこからの話はスムーズに進んだ。

 部屋の結界は朔の調べから判断して、設置に問題ない事。

 後日、睡蓮の体調が整いしだい行う事。

 結界が張り終わるまでは、誰かの部屋で一緒に寝る事――――……


 ――――ん?

 一緒に、寝るって言った?


 ヒナタが思考を停止させ固まると、縁側に寝転がっていた煌が慌てて飛び起きる。


「うおぃっ! ちょっと待て!! ね、ね、寝るだと!?」

「なんじゃ煌……聞いておったのか。そのように顔を赤らめよって……純情じゃのっ」

「なに考えてんだよ! 一緒の部屋とか駄目だろ!」

「何を言っておる。前回部屋に居たヒナタが槐に連れて行かれたじゃろう? よもや、また簡単に侵入させる気ではあるまいな?」


 睡蓮の言葉に“ぐっ”と口をつぐみ、煌が反論出来ないでいると、睡蓮が名案を発表するかのように、満面の笑みで言い放つ。


「とまぁ、煌も納得したようだ。では、煌の部屋で仲睦まじく過ごすのだ!」

「え?」

「んなっ!? 何でだよ!」


 “決まっておろう”と言いながら、睡蓮は煌ににじり寄る。


「我が何も気付かぬと思うておるのか? 蛍は最初からダメじゃ。朔にいたっては、初めは安全じゃったが今は危ない。非常に危ない。分かるな?」

「…………ん、いや、うっ…………す、昴はどうなんだよ」

「昴が自分のテリトリーに他人を入れるわけなかろう」


 睡蓮の言葉に、煌もヒナタも“そりゃそうだ”と納得した表情をする。


 蛍や朔さんはよく意味が分からなかったけど、昴さんは納得。

 “俺に近付くな、部屋に入るな”って感じだもんね。

 それに味噌汁の具の件もあって気まずい。

 ここはもう、煌君しか!


「煌君お願い! 端っこでいいから、場所貸して下さい!」


 ヒナタは顔の前で両手を合わせ、必死にお願いをした。


「煌が一番安心であろう?」

「……いや、でも……」

「煌君っ……」

「う、あ、やめろ! 分かったから、んな顔で見んな!」

「こ、煌君! ありがとう!」

「!?」


 キラキラ~ウルウル~な瞳に、煌が根負けして了承すると、嬉しさのあまりヒナタはガバッと抱き付く。


「ば、バカ野郎! 簡単に抱き付くな! 恥じらいを持ちやがれっ!」

「怒鳴んなくてもいいでしょ!」

「はぁ? ……お前、女じゃねぇだろ」

「酷い!」


 またまたケンカを始めた二人に、睡蓮は“純情じゃのう、青春じゃの”と楽しげに微笑んでいた。


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