承-4.白い、モフモフ
「忘れてた――――!」
竹林に囲まれた睡蓮の屋敷から煌の叫びが聞こえる。
和室には正座した睡蓮が美しい動作でお茶をすすり、その隣にはヒナタが困った表情で座っていた。
朔さんが言ってたのはこの事だったんだ……。
朝から皆は早く行けって感じだったし、ここに来るまで本当に何もなかったから、逆に不気味だったんだよね……。
「あわわわっ……」
「みゅーん!」
「く、来るな! 来るんじゃねぇ!」
煌は部屋の入り口で青白い顔だけを出し、完璧に怯えきっていた。
人の顔くらいの大きさがある、まん丸でフサフサな真っ白ボディーに、兎のような長細い二本の耳。
平たくて長い、ジャンプ力がありそうな足で、ピョンピョン跳びながら煌に群がっている生き物、それこそ――――白いモフの正体である。
「みゅーん! みゅーん!」
「やめろ! それだけはっ! イヤ――――――っ!」
クリクリとした黒い瞳と、可愛らしい鳴き声とは裏腹に、鋭そうなギザギザの口がカパッっと開くと、十匹程いるであろうモフは、一斉に煌に噛み付いた。
「ぎゃあああっ!」
「こ、煌君!」
「まぁ、まぁ……」
慌てて立ち上がったヒナタを睡蓮がとどめる。
「大丈夫じゃ、単なる甘噛みだからの」
「そっかー、じゃあ、大丈夫――――」
「んな訳あるか――――! ゴリゴリ音鳴ってるし、歯形くっきり血だらけだろが!」
「甘噛みじゃ」
「おいっ!」
煌がいまだに全身を噛まれていると、ヒナタの足元にも一匹寄ってくる。
しかし、口はギザギザからナミナミに変化すると、目を細めてみゅーみゅー鳴きながら、すりすりと体をヒナタの足に擦り寄せた。
「おー、おー、気に入られたようだの。可愛いだろう?」
「は、はいっ!」
ヒナタはフサフサの体を両手で持ち上げ、幸せそうに頬擦りをする。
その様子を煌がじいっと見つめたまま動かなくなると、睡蓮はニンマリと笑う。
「煌、“可愛らしい”だろう?」
「……あぁ」
どこかポケーとしていた煌だったが、“がぶっ”という音に我に返る。
「いってぇ――――っ! ……な、何で俺だけ……」
「はははっ! 相変わらず嫌われておるようだ。何故であろうなぁ? 煌にだけ、噛みっ……ぷふっ! あははははっ!」
床に倒れた煌に、睡蓮は腹を抱えて大笑いである。
「……イジメたとか?」
「みゅー」
「阿保か! イジメねぇよ!」
「シャー!! ガルルルルッ……」
「何なんだよ……」
ヒナタの腕の中で煌を威嚇していた白いモフは、優しく撫でられ、猫のように“ゴロゴロ”と喉を鳴らし始める。
「だあーっはははっ!」
「こ、の、野郎…………」
ちょっと止めた方がいいかも……煌君がかなり痛がっている。
特に、一番重傷なあの腕を狙われているからよけいに……。
ヒナタは抱えていたモフを下ろすと、煌に群がっているモフ達に近付く。
「皆、その腕はやめてあげてくれないかな?」
「!」
「みゅー、みゅーみゅー」
ヒナタの言葉にクリクリな瞳をぱちくりさせるモフ達。
すると次々と鳴き始め、まるで考えているかのように耳をピコピコ動かして揺れている。
「ダメかな?」
『みゅー!』
それはまるで“いいよー”という言葉のように、ヒナタには聞こえた。
腕には一切噛み付かず、他の部分を“ガジガジ”と噛み始めたのだから――――。
「……」
「……」
「はっ! 噛まないでって言うんだった! ご、ごめんね煌君」
「は、ははっ……いや、お前の優しさを身に染みて感じるぜ……なんだったら、ついでにそこの阿保をぶちかましてくんねーかな?」
睡蓮はいまだに腹を抱えて笑い、ゴロゴロと畳の上を転げ回っていた。
***
ようやく睡蓮の笑いが止まった頃には、床で倒れたままの煌の上にモフ達が乗っかり、スヤスヤ寝息をたてていた。
「――っとすまんすまん。本題がまだだった……一旦モフ達には帰ってもらおうか」
睡蓮が右手を前に出し、ついっと横に動かすと、“ポポポンッ”という音をたてて、次々と白いモフ達が消えていく。
「あ、消えちゃった……睡蓮さんが呼び出していたんですね」
「そうだの……正確に言えば、我に何かあると勝手に出てくるのだ」
「ふふっ、主人想いな生き物ですね。可愛い」
「可愛かねぇよ……毎度毎度俺だけこんな扱いだしよ。――はぁ、モフの存在を忘れてなかったら来なかったのに……」
煌は完全に不機嫌なオーラを放ち、ブスッとした表情で縁側に座っている。
「煌、そんなに拗ねるでない。ちゃんと本題の件は準備しておる。そろそろ機嫌を直すのだ」
「散々転げ回っておいてよく言うぜ。話が終わったら即行帰んからな!」
そう言うと煌はまたプイッと背を向ける。
あちゃー完璧にへそ曲げちゃってるよ……これは帰り道の方が大変かも。
ヒナタの考えに気付いたのか、睡蓮は申し訳なさそうな表情で、“すまぬ”と声は出さずに口だけを動かした。
あぅ……帰りは私が何とかするしかないな。
とりあえず、無事に館に帰る事が優先だしね。
――――そこからの話はスムーズに進んだ。
部屋の結界は朔の調べから判断して、設置に問題ない事。
後日、睡蓮の体調が整いしだい行う事。
結界が張り終わるまでは、誰かの部屋で一緒に寝る事――――……
――――ん?
一緒に、寝るって言った?
ヒナタが思考を停止させ固まると、縁側に寝転がっていた煌が慌てて飛び起きる。
「うおぃっ! ちょっと待て!! ね、ね、寝るだと!?」
「なんじゃ煌……聞いておったのか。そのように顔を赤らめよって……純情じゃのっ」
「なに考えてんだよ! 一緒の部屋とか駄目だろ!」
「何を言っておる。前回部屋に居たヒナタが槐に連れて行かれたじゃろう? よもや、また簡単に侵入させる気ではあるまいな?」
睡蓮の言葉に“ぐっ”と口をつぐみ、煌が反論出来ないでいると、睡蓮が名案を発表するかのように、満面の笑みで言い放つ。
「とまぁ、煌も納得したようだ。では、煌の部屋で仲睦まじく過ごすのだ!」
「え?」
「んなっ!? 何でだよ!」
“決まっておろう”と言いながら、睡蓮は煌ににじり寄る。
「我が何も気付かぬと思うておるのか? 蛍は最初からダメじゃ。朔にいたっては、初めは安全じゃったが今は危ない。非常に危ない。分かるな?」
「…………ん、いや、うっ…………す、昴はどうなんだよ」
「昴が自分のテリトリーに他人を入れるわけなかろう」
睡蓮の言葉に、煌もヒナタも“そりゃそうだ”と納得した表情をする。
蛍や朔さんはよく意味が分からなかったけど、昴さんは納得。
“俺に近付くな、部屋に入るな”って感じだもんね。
それに味噌汁の具の件もあって気まずい。
ここはもう、煌君しか!
「煌君お願い! 端っこでいいから、場所貸して下さい!」
ヒナタは顔の前で両手を合わせ、必死にお願いをした。
「煌が一番安心であろう?」
「……いや、でも……」
「煌君っ……」
「う、あ、やめろ! 分かったから、んな顔で見んな!」
「こ、煌君! ありがとう!」
「!?」
キラキラ~ウルウル~な瞳に、煌が根負けして了承すると、嬉しさのあまりヒナタはガバッと抱き付く。
「ば、バカ野郎! 簡単に抱き付くな! 恥じらいを持ちやがれっ!」
「怒鳴んなくてもいいでしょ!」
「はぁ? ……お前、女じゃねぇだろ」
「酷い!」
またまたケンカを始めた二人に、睡蓮は“純情じゃのう、青春じゃの”と楽しげに微笑んでいた。




