結-4.九分咲き
食卓に夕御飯が並ぶ。
いつも通り、昴さんが好む和風中心の料理だ。
焼き魚や冷奴、菜の花のおひたしに味噌汁などがあるが、味噌汁の具は何故か私が切るようにと言われた。
どうやら昴さんの希望らしい……何故……?
「……」
一番に席についた昴は、真っ先に味噌汁を手に取る。
右手に持った箸で味噌汁を軽く混ぜると、中の具を一つ持ち上げて目の高さに移動させた。
「……」
「……?」
そのまま動かない昴に、朔もヒナタも黙ったまま様子を窺っていると、食卓の間に煌もやってくる。
「一応、蛍にも声かけたぜ。いい加減に出て来て、一緒に飯食えって」
「煌君、ありがとう。私はあれから蛍の姿を見ていないから心配してたの」
「おう。今日は絶対来るぜ! お前が泣きながら心配してて、ご飯もろくに食ってないって事にしといたからよ!」
親指を立てて輝かしくグッジョブする煌に、ヒナタは乾いた笑みをうかべる。
「嘘は、良くないよ……?」
「大丈夫だって! これくらいしないと、蛍はいつまでも出てこねぇから…………つか、いい加減昴に誰か構ってやれよ」
「……」
煌の言葉に昴はチラリとヒナタを見る。
「今回は……花……か?」
味噌汁の中から取り出され、箸の先に摘ままれた人参。
それを食べる事なく真顔で聞いてきた昴に、“ピシリ”と幻聴が聞こえるくらいに場の空気が凍る。
もしかして昴さん……前に私が切った大根の形を、当てられなかった事気にしてた!?
ううん、まさかね……昴さんがそんな事――――――
「……気にしてらっしゃったんですね、昴様」
「……気にしてたのかよ、昴」
「………………」
「………………」
「悪いか」
気にしてた――――――――!
ヒナタの全身を、雷が落ちたような衝撃が貫く。
しかし昴の瞳は、そんなヒナタを追い詰めるように鋭さを増し、場の緊張感は高みに達した。
ヒナタは意を決し、震える唇から何とか言葉を紡ぐ。
「……さ、さすがです昴さん。大正解、です!」
「!」
その瞬間、昴の眉がピクリと反応し、唇は僅かに甲を描いた。
「ふっ……」
喜んでる……昴さん大丈夫かな……キャラ的に。
ヒナタが別の心配をしている中、“カチャ”と控えめな音で扉が開く。
そこには気まずそうな表情の蛍が立っていたが、部屋の中が、何ともいえない雰囲気で満たされている事態に首を傾げる。
『……』
「?」
その視線が昴の持っていた人参に移ると、“あっ”と小さく声を出した。
「ヒナタ、今回は色も工夫したんだね。ちゃんと形もキレイだし、昴に“紅葉”だってわかってもらえたんだ? 良かったね」
「!!」
『!!!!!!』
“ポチャン”と味噌汁の中に人参が落ちる。
固まる昴を尻目に、蛍が席に着いて食事を始めると、煌も慌てて席に座り、無言でご飯を口に掻き込んだ。
「デジャブを感じます」
「……すみません」
いまだ動く気配がない昴に、朔は額に手を当ててため息をついた。
***
あの後、皆が食事を終えてそれぞれ移動していく時、蛍には“心配させてごめん”と謝られたが、朧さんについては聞けない雰囲気だったから、そのまま見送るしかなった。
煌君はさっさと食後の運動をしに窓から出ていき、昴さんは……私の要らぬ気遣いでもっと深い傷がついたらしい。
何も言わず出ていった昴さんを追おうとしたけど、朔さんに止められた。
「昴様は御一人になりたい時は書斎に閉じ籠りますので、そっとしておいた方が良いでしょう」
「はい……」
「それより、この後は昴様から自由時間を頂いております。ご相談したい事がありますので、貴方の部屋に伺ってもよろしいですか?」
「え、私の部屋にですか? いいですけど、珍しいですね……朔さんが私の部屋に来るなんて」
キョトンとしたヒナタに、朔は少し頬を染める。
「あ、いえ、本来ならあまり良くないと思いますが、睡蓮が貴女の部屋に感知系の結界を張るそうで……家具の配置など、不都合がないか見て欲しいと言われています。ですから、その、変な意味ではありません」
「……え? はい、大丈夫ですよ?」
「………………では、後程お邪魔します」
――――という事があり、現在に至る。
朔さんは一度執務室に寄ってから来ると言っていたし、そろそろだと思うんだけど……。
ヒナタが扉に近付き、廊下の様子を見ようとドアノブに手をかけたと同時に、“コンコン”と音がする。
「ヒナタさん、朔で――――」
「はいっ!」
朔の声を聞くやいなや、待ってましたとヒナタは勢いよく扉を開ける。
そこには、扉をノックした体勢で呆気にとられている朔が居たが、ヒナタは気にする事なく、満面の笑みで部屋に招いた。
「ヒナタさん、館の中とはいえ開けるのが早すぎます。無用心ですよ」
「す、すみません。丁度開けようとした所で朔さんの声が聞こえて、すぐに開けちゃいました。次は気を付けます!」
朔は困った表情をしながら、部屋の中に足を踏み入れ、懐から小さな紙を取り出すと、部屋と紙を見比べながら頷いている。
「家具を初期に配置された通りにお使い下さったお蔭で、特に問題ありませんね」
「あの、睡蓮さんもあれからここに来てないですよね?」
「えぇ、前回の戦闘で負傷していましたし、力の消耗も激しいので、屋敷で療養中なんですよ」
「え!? じゃあ、一人で大変です! 私今から行って来ます!」
驚いたヒナタが駆け出そうと身を翻すと、朔は慌てて腕を掴んで引き止める。
「大丈夫です。睡蓮にはちゃんと普段から世話役がいます。ちょっと変わった生き物で……白いモフッとしたモノが……」
「……白い、モフッ?」
“とにかく、大丈夫です”と強く言う朔に、ヒナタはガックリと肩を落として床を見つめた。
「それに、今出て行って貴方に何かあっては困ります」
「!」
朧さんの事だ……。
異世界に来る直前に出会った、昴さんそっくりな奈落の民の人。
蛍と何かしら関わりがあって……私とも――――。
「ヒナタさん」
静かな声で呼ばれ、ヒナタはゆっくりと朔と視線を合わせる。
窓から差し込む光が朔を包み、逆光で表情が見えにくい中、強い意思を秘めたような蒼い瞳がヒナタを見つめていた。
「傍に、居てくれますよね? だって――――守ってくれるのでしょう?」
「はい、私が朔さんを守ります」
朔は微笑みながら、両手でヒナタの頬を包み込む。
「約束ですよ……何処にも行かないで下さい。貴女が傍に居て笑ってくれるなら、奈落だろうと、神だろうと――――その他の全てから貴女を守りますから」
「……はい、朔さん」
朧さんや槐君、破滅の神を警戒して、心配しているのだと思った。
だけど、涼やかな蒼い瞳に宿る強い何かに、いつもとは違う想いがあるのかもしれない。
それが何なのか――――私に分かるのは、朔さんが“生きる”という未来を選んだ事だけだった。




