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黄昏の箱庭  作者: 天音凛
第二章・朔~秘めたる大華、君に捧ぐ~
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転-6.呪印

 あれから何事もなく時間が過ぎていく中、突然館に睡蓮が訪ねて来た。

 応対したのは、たまたま玄関ホールに下りてきた昴である。

 その顔は無表情に近く、じっとりとした目で睡蓮を見ていた。


「お前はいつも突然だな」

「うむ、刺激があって楽しかろう? それにしても昴が応対するとは珍しい……朔はどうしたのだ?」

「さぁな」


 素っ気ない様子の昴に、睡蓮は目をパチクリとまばたきさせると笑いながら首を傾げる。


「機嫌が悪いのだな?」

「……嬉しそうに言うな。朔ならキッチンに居るはずだ」


 “着いてこい”と言わんばかりにさっさと前を歩きだした昴を、ゆったり追いかける睡蓮。

 しばらく進むと広い部屋にテーブルが置かれている部屋に着いた。

 扉の開閉音が聞こえたのか、キッチンから朔が手を拭きながら姿を現し、驚いたように少し目を見開く。


「――――睡蓮!? あ……昴様、申し訳ありません」

「いや、洗い物をしていたなら仕方ない」


 軽く会話をしている二人を、睡蓮は顎に手を当て交互に見る。

 それに朔が気付き怪訝な表情を浮かべていると、昴も朔から睡蓮の方に視線をずらす。


「……ふむ」

「何だ、睡蓮。言いたい事があるなら今すぐ言え」


 目を吊り上げ睡蓮に詰め寄ろうと昴が動くと同時に、別の部屋の扉が開きヒナタが入って来た。

 朔の影に隠れて睡蓮が見えないのか、ヒナタは真っ直ぐ朔の側に歩いて行く。


「朔さん! お掃除終わりましたよ!」

「ヒナタさん、お疲れ様です。だいぶ早く終わるようになりましたね」


 嬉しそうに話すヒナタに朔の顔が僅かに和らぐ。

 しかし、やんわりした空気の中、睡蓮は我慢出来なくなったのか、勢いよくヒナタと朔の間に割り込む。


「ヒナタ!」

「!? 睡蓮さん!?」

「ちょっ……」


 不服そうな朔を気にする事なく、割り込んだままニコニコする睡蓮。


「中々会いに来ぬゆえ、我自ら会いに来たのだ。無論、ヒナタにな!」


 “はっはっはっ”と笑う睡蓮に苦笑いを浮かべ、ヒナタは朔に視線を向ける。

 朔は右手を額に当て深いため息を一つつき、顔を上げると頷いた。


「ちょうど一息つく予定でしたし、紅茶を淹れたので少し休みなさい」

「朔さんが飲むはずの紅茶じゃ……」

「遠慮は要りません。前のように倒れられたら敵いませんから」


 言葉は少しきつめであったが、朔の表情を見れば優しく微笑んでいて、労りの言葉だとわかる。


「さぁ、このポットを持って客間に睡蓮を案内して下さい。カップは部屋にあるものを使用してかまいませんから」

「ありがとうございます、朔さん。睡蓮さん、こっちです」

「うむ」


 ヒナタは朔から白いポットを受け取ると、睡蓮を伴って部屋を出ていった。

 広い食卓の間に朔と昴だけの静かな時間が流れ、朔は不安げな表情でゆっくり昴と向き合う。


「――昴様……何故、そのようなお顔をなさっているのですか?」

「……」


 昴は朔の言葉の意味がわからないのか、僅かに眉をひそめる。


「何か、お怒りのご様子で――――」

「――朔」


 朔の問いかけを遮ぎり、昴は真剣な表情で真っ直ぐに蒼い瞳を見つめる。

 困惑な表情を浮かべる朔に、昴はゆっくりと口を開く。


「――――お前……いつからそんな顔で笑えるようになった?」

「……昴、様?」


 朔と昴の間にピンとはりつめた空気が流れ、食卓の間にある大きな振り子時計の音だけが響く。

 その中で朔は、真っ直ぐ貫くような視線を向ける昴をただ見つめ、動く事はなかった。


 ***


 ヒナタはカップに紅茶を注ぎ、差し出す。

 それを睡蓮は嬉しそうに受け取ると香りを楽しみ、そっとカップに口を寄せて一口飲んだ。


「うむ、朔の淹れるものは美味であるな」

「そうですね。私ももっと練習しないと……」

「待て待て……本格的にメイドにならんでもよいではないか。強要されておるのではなかろう?」

「もちろん、私が望んでやっている事です。私に出来る事をやっているだけなんですけどね」

「……ふむ、一時はどうなる事やらと考えておったが――――」


 ふと、紅茶を持ったまま睡蓮の動きが止まる。

 その視線はヒナタの首筋から離れず、鋭く細められた瞳は動かない。


「睡蓮さん?」

「それが原因か……容易くここに入り込めたのは」


 睡蓮は勢いよく立ち上がると、ヒナタの手を引いて鏡の前に連れていき、髪で隠れていた右側の首筋を晒す。


「何……これ……」


 そこには禍々しく咲き誇る、黒い椿の痣があった。




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