転- 5.奥底の変化
朔さんと話していると部屋をノックする音がして、返事を待たずに煌君がズカズカ部屋に入ってきた。
「おーい朔、平気――――……」
「煌君」
「煌、返事を待たずに開けないで下さい。……聞いていますか?」
「……」
部屋の中央までやってきた煌の動きがピタリと止まる。
その視線は朔とヒナタの間にくぎ付けになっているようだ。
あれ、煌君の顔が赤い……。
って……そういえば、手! 握られたままだ!
「な、何して……んだっ!」
「な、何もしてないよ!?」
「嘘つけーーーー!」
顔を真っ赤にしてヒナタを指差す煌は、怒りか恥ずかしさなのか、わなわなと震えている。
その様子に手を引っ込めようとした瞬間、朔の握る力が強くなり、さすがのヒナタも顔が赤くなっていった。
「さ、朔さんっ! そろそろ部屋を出ますから、手、手をっ!」
朔は、あわあわしているヒナタを意地悪げな顔で見ると、ますますしっかり握る。
「さっきは抱きついてきたじゃないですか。このくらいは、可愛いものですよ」
「ちっ、違わないですが、朔さんの言い方はちょっと別の意味に聞こえますから!」
何だか朔さん、ちょっと機嫌悪いのか……意地悪な人になってる。
「――それで? いつまで居る気ですか? 空気読んで下さいよ」
朔は今にも頭から湯気がでそうな煌に向き直り、眉間にシワをよせてため息をついた。
その瞬間、“ボンッ!”という音がして、煌の頭から白い煙が出る。
「え?」
「煌、ここで発火は止めて下さい」
そっか、煌君の能力は体術+炎だから……って事は、制御出来てないって事かな?
……って、冷静に分析してる場合じゃない!
「煌く――――」
「っ!」
ヒナタが何か言おうとした時、煌が猛ダッシュで部屋を飛び出した。
瞳からキラキラと輝く雫を溢し――――。
「昴ーーーっ!! うああああぁぁぁぁんっっ!!」
泣き叫びながらあっという間に走り去ったのだった。
煌君!? 堂々と昴さんに愚痴り? チクリに行っちゃった。
今回は苦手分野で攻められてたしね……真っ赤な顔で“ハレンチ!!”とか言いそう。
後で私に八つ当たりしてきたりして……お菓子を持っていったら機嫌直るかな……。
――――それにしても、いつもの朔さんなら今回みたいなやり方しないんだけど……私の扱いに関しては、最初の頃それこそ昴さんに張り付く害虫並だった。
チラリと朔の様子を伺うと、いつも通りの執事の表情がそこにあったが、やはり少しだけ機嫌が悪そうにも見える。
「……朔さん、少し様子が違うみたいですがどうかしましたか?」
ヒナタがおずおずと聞くと朔はゆっくりヒナタの手を放し、横に転げ落ちていたタオルを拾ってヒナタに差し出す。
「気が変わりました。貴女の言うとおり、まだ熱があるみたいですから、ゆっくり休む事にしたんです」
「……だから煌君を追い出す為にわざとですか?」
「あのままでは、まだ騒ぎそうでしたからね」
うん、いつもの朔さんだ。
よかった……さっきみたいな妙な色気が常に出ていたら、きっと私が煌君みたいになるところだよ。
ヒナタは少し微笑み、朔から受け取ったタオルを、氷水が入ったたらいの中に浸して絞った。
その様子を朔が少し不服そうな表情で見つめている。
「楽しそうですね」
「え? あ……どっちかと言いますと、“嬉しい”でしょうか。最初の出会いからは考えられない状況ですから」
「……不信人物でしたからね、貴女は」
そう言い瞳を細める朔にヒナタは苦笑いするしかなかった。
しかし朔はフッと目元を緩めると、何かを思い出すように視線をヒナタからそらす。
「蛍は、記憶を無くしていても最初から貴女の傍に居ましたね」
「はい、今でも理由は分かりませんが……」
「本当に、知り合いではないのですか? 本当にあの奈落とも――――……」
「朔さん?」
朔は途中で言葉をきると、考え込むように目を閉じてヒナタに背中を向けてしまった。
……蛍と、朧さんの事かな?
何で急にそんな事聞いたんだろう?
「あの、朔さん……」
「……すみません、熱がまた上がってきたみたいです。もう休みますので、ヒナタさんも部屋に戻ってかまいません」
朔さんの耳が赤い……本当に熱が上がったんだ。
タオルを替えた方がいいかもしれないけど、何だかそっとしていてほしいのかもしれない。
ヒナタは静かに扉まで行くと振り返る。
「――――それじゃ、お休みなさい」
「はい、ありがとうございました……お休みなさい」
朔の返事を聞き、ヒナタは部屋から出て扉をゆっくり閉めた。
静かな廊下に“パタン”という音が響くと同時に、“カツン”と足に何かが当たり、ヒナタは暗がりの中で鈍く光る物を見つける。
これ……万年筆?
朔さんの部屋の前に落ちてたんだ……。
ヒナタはキョロキョロするが、近くに人の気配はない。
紺色、か……。
朔さんのかと思ったけど、違うような……。
とりあえず、持っておこう。
――――さて、皆の様子はあれからどうなったかな?
ヒナタはスカートのポケットに万年筆を入れると、三人を探しに食卓の部屋に向かって歩いて行った。
蛍「ヒナタ、二人の代わりに夕食作ったよ」
何故かモザイクがかかる物体……。
蛍「煌なんか、泣くほど美味しかったみたいで、一気に食べて昇天しちゃったよ」
床に横たわる煌……指文字で書かれた“help”
絶体絶命のヒナタの後ろから扉がゆっくり開き現れた昴。
“バアァン!”
――しかし、一瞬にして扉はまた閉まったのだった。
~ヒナタ・ある日の日記より~




