転-3.枯渇
暗闇の中、“チリン……チリン……”とずっと続いていた音は、別の音でかき消える。
“シャン!”と一回だけ鳴り響くと、清らかな雰囲気を放ち、瞬く間に真っ暗な視界を明るく照らした。
「すまぬな、ヒナタ」
何処からか声が聞こえたが、すぐに気配は薄れて真っ白な空間に一人取り残される。
ここは、何処なんだろう?
さっきの声も聞いたことがあるような……って、私掃除の途中だった!
こんな場所にいる場合じゃない。
戻りたいけど……どうやって――――。
ヒナタが困って辺りをキョロキョロしていると、フワリと空間に溶け込むような声が広がった。
「…………ヒナタさん、まだ目覚めないのですね」
あ、朔さんの声だ……“目覚めない”って事は、私はまた夢の中にいるんだね。
早く、起きなきゃ――――……
***
ヒナタはゆっくり瞳を開く。
軽く頭を動かして辺りを見回すと、自分の部屋である事が分かった。
いつの間にベットに寝たんだろう?
変な夢を見て、それから掃除をして…………ダメだ、そこから記憶が無い。
とりあえず、朔さんを捜さなきゃ。
きっと掃除の途中で居眠りをしてしまった私を、朔さんが運んだんだろうし――あぁ……かなり怒ってるよね。
ヨタヨタしながらベットを降りると、部屋を出る為にドアに近付く。
すると、微かに朔の声がドア越しに聞こえ、ヒナタは思わず立ち止まった。
「……――さんはまだ、眠っています。外傷は無いようですが、目に見えない何かを施されてしまった可能性もあります」
「そうか……様子をみるしかないな」
何だか、真剣な話みたい……出て平気かな?
「昴様、申し訳ありません……力が出れば、何か分かったのですが……」
「……ヒナタの事に夢中で僕が怪我したから、朔のせいじゃないよ」
「いや、あの場合しかたねぇよ。お前が止めてなきゃ、アイツは今頃……」
「とりあえず朔も休め。顔色が悪すぎる……治癒の力が枯渇したのはあまり気にするな」
朔さんが体調悪い!?
昴の言葉に、ヒナタはいてもたってもいられず、ドアを勢いよく開け放って朔に駆け寄る。
『!?』
「朔さん、すみません! 体調が悪いのに居眠りをして、負担をかけてしまいました! ごめんなさい!」
ヒナタは驚いた全員に頭を下げた。
すると朔は右手をヒナタの肩にのせ、ゆっくりと顔を横に振った。
「違いますよ、私の体調不良にヒナタさんは関係していません。しかも貴女は居眠りをしていないですよ。覚えていないかもしれませんが、私の管理不足でヒナタさんは倒れたのです」
「えっ、私がですか? ……朔さんの方が、倒れそうなくらい顔色が悪いです」
立っているだけで辛そうな朔の顔は青白く、今にも倒れそうなくらいにふらついていた。
「……蛍が少し怪我をしましてね。治癒の力は消耗が激しいので、私の体調不良は今だけですよ。ただ、その治癒の力は無くなってしまったので、もう怪我をしないで下さい」
「治癒の力が……」
朔さんの能力は他の三人より多才で、どれもかなり高い。
基本となるナイフの能力、驚異的な身体能力、体に空いた穴さえ塞ぐ治癒能力。
逆に、能力を持ちすぎな気がする……。
何かを犠牲にして扱えている能力なら、多才な朔さんはかなりの対価を払っているはず。
払っている対価は、封印の補助になってる……あれから封印は壊れていない。
――なら、朔さんは何を犠牲に能力を使っているの?
蛍の時より、もっと大きな何かを失っているのかもしれない。
「すみません昴様……少し、休ませていただきます」
「あぁ、ゆっくり休め」
朔は壁に手を置きながら、ゆっくり自室へと歩いていく。
その様子を昴はじっくり見つめた後、顎に左手を近付けて考え込む仕草をしている。
「身体能力も落ちている……か?」
「あ、そういや……さっきの、朔は気付かなかったみたいだぜ」
昴の呟きに、煌がチラリとヒナタを見てから、思い出したように言う。
煌の言葉に、ヒナタが首を傾げる中で話は続く――――。
「音も、ダメみたい」
「……気配に、音もか」
少しの間沈黙が辺りを包み込んでいたが、意を決したように昴が蛍と煌を見つめる。
「……朔にあまり能力を使わせないようにしたい。朔の対価はおそらく大きすぎる」
「そうだね。僕みたいに対価を取り戻すには、封印を解かなきゃいけないし……そもそも自分の対価が何かを知り、封印の場所を思い出さないといけない」
「蛍、やめてくれよ……これ以上封印解けたらヤバイぜ?」
「でも、最悪解かなきゃいけない日がくるかも」
「おいおい……」
蛍と煌が話している中、昴がヒナタに近付く。
「お前は狙われやすい。今何かあったら朔は、お前を守ろうとするはずだ」
昴さんの言いたい事は分かった。
朔さんが能力を使う可能性を出来るだけ低くしたいのに、私が傍にいれば確実に消耗してしまう。
でも、朔さんは……
「どちらかと言うと、朔さんは何があっても、昴さんを優先するはずです。自分を犠牲にしても、貴方を守ります」
「――俺に……前に出るなと言っているのか?」
ヒナタは顔を横に振り否定した。
そんなヒナタに昴は、意味が分からないというような表情である。
二人の会話を途中から聞いていた、蛍と煌も不思議そうにしていた。
ヒナタは決心したような強い意思を瞳に宿し、昴と向き合う。
「昴さんは昴さんのしたいようにして下さい。出来る限りではありますが、私が朔さんを守ります」
「――っ!」
昴は驚愕の表情を浮かべ、ヒナタを真っ直ぐに見つめた。
「……?」
「おい、どうした昴?」
そのまま固まってしまった昴に、蛍と煌が囲んで、顔の前で手を振ったりしているが、ヒナタを見つめたまま動かない。
「え……? 昴さん?」
「……」
ヒナタが呼んでも反応が無い昴に、どうしようか困っていると、蛍が助け船を出す。
「ヒナタ、朔の様子を見てきて。寝てるなら、問題ない」
「何かよくわっかんねーけど、固まってんし、行けよ」
煌君、そんな“シッ、シッ”ってやらなくても……。
とりあえず、昴さんは二人に任せて、朔さんが部屋にたどり着けているか確認しよう。
あ、飲み物も必要かも……持っていこう。
自分の部屋に一度戻り、紅茶が入ったポットを取りに行く。
部屋の前では、いまだに三人がいるようで話し声もする。
「……だ……」
「何だよ昴、頭かかえて……いてーの?」
「何か言ってるよ」
「ん?」
ポットを持ち、“ガチャリ”とドアを開けると、ちょうど昴と目が合う。
その目は、ヒナタの向こう側を見ているかのように虚ろであった。
「……――お前が……」
「?」
昴がヒナタに向かって呟くと、“ピシッ……”とヒビが入ったような音が聞こえる。
え、なんの音?
――って、蛍何で鎌を構えて……。
「――ぐっ!?」
何故か鎌を出現させた蛍は、昴の頭めがけて持ち手の部分で殴り付ける。
突然の出来事に対応出来なかった昴は、後頭部に直撃を受けてそのまま倒れ込んでしまった。
「……」
「蛍!?」
「な、何やってんだよ!? しっかりしろ昴!」
ぐったりした昴を抱えて慌てる煌をよそに、蛍はニッコリと微笑む。
「うん、嫌な音したから気絶させてみたよ。……ヒナタにも聞こえた?」
「う、うん。ヒビが入ったような……」
「……あれね、多分ダメだよ。僕、最近同じ音聞いたばかりだからね。煌もさっき困るって言ってたし、これで良かったんだよ」
蛍の言葉に煌は困惑した表情で、戸惑っているようである。
「じゃ、ここは僕達に任せて、ヒナタは朔をお願いね。昴には後で怒られておくよ………………煌が」
「って、おい! ざっけんな蛍! 毎度の流れだが、今回は身代わりなんざやらねぇぞ!」
「ははは」
抱えていた昴を勢いよく床に落とし、逃げる蛍を追う煌。
……煌君今のそれ、絶対怒られるよ?
蛍に殴られた場所以外にタンコブ出来てそう……。
むしろ、床に転がされた昴さんを朔さんが見たら発狂する。
足止めもかねて、早く朔さんの所に行こう。
ヒナタはポットを抱え直すと、騒ぐ二人を横目に、朔の自室へと向かった。




